第38話 三千枚の食券が、戦争の嘘を暴く
「料理屋の記録と獣人の札だけで、商会を陥れるつもりか!」
金環商会の手代は、兵士たちへ向かって声を張った。
「帳簿は店の者が書き、札は仲間が作った。口裏を合わせれば、どんな嘘でも作れる!」
疑いはもっともだった。
俺たちだけが正しいと言い張れば、今度は金環商会と同じになる。
「だから、一枚の札を信じろとは言わない」
俺は食券を掲げず、フィーナへ中央を譲った。
「記録の保全手順を説明してくれ」
「はい。食券は受取時に屋台の印を押し、控えを客、屋台、記録所の三か所へ残しています。鍋の測温記録は王国軍と魔王領の魔導師が交代で測定し、原簿には互いの封印を付けました」
フィーナの合図で、三種類の記録板が別々の方向から運ばれてきた。
一つを直せば、残る二つとの時刻がずれる。三つとも直すには、敵対していた両軍の記録員と二十四台の屋台を、配給開始前から抱き込まなければならない。
かつてフィーナを除籍した魔導師が、人間軍の封印を確かめて前へ出た。
「王国軍側の原簿は、私の隊が保管した。クライス責任者の記録と一致している」
魔王領の測定官も続く。
「こちらの控えにも欠落はない。問題の時刻、第三大隊と第七小隊は確かに配給区域にいた」
フィーナは二人へ礼を述べる代わりに、次の指示を出した。
「食券の番号を、食材搬入記録と照合してください。受取印だけでなく、その時刻に鍋が提供温度へ戻っていたかも確認します」
彼女はもう、命令されて冷やすだけの魔導師ではなかった。
二つの軍の記録員が、彼女の基準で動いている。
「三番屋台、午後一時二十四分に六十七度まで復帰。青札第三大隊の最初の受取時刻と一致」
「四番屋台も同じです。赤札第七小隊の控えに、魔族兵二名の証人印があります」
向かい合う列で食べていた兵士たちが、一人ずつ名乗り出た。
「俺はあいつの向かいにいた。辛い油を入れすぎて、咳き込んでいたのを覚えてる」
「お前こそ、肉を落として拾っていただろう」
笑いは起きなかった。
だが敵の顔を、襲撃者ではなく同じ時間に飯を食っていた相手として思い出した。その事実が、抜きかけた憎悪を押し戻していく。
「まだだ」
手代が食い下がった。
「部隊が食事を受けた後で、一部だけ抜け出したのかもしれない!」
「それも無理だよ」
ニアが平原の地図を地面へ広げた。
彼女は鼻を利かせなかった。
北峡路の通行台帳、水樽隊の停止時刻、各門で切った認証札を順に並べる。
「襲撃地点まで馬を潰して走っても一刻半。偽伝令が言った道は、水樽の荷車で塞がってた。迂回路は二本あるけど、片方は崩落、もう片方はあたしの検問を通る。今日そこを通った馬は三頭だけで、全部ここにいる」
「獣人一人の証言だ!」
「一人じゃない」
以前ニアを危険な先触れにしていた商隊主が、通行台帳を抱えて進み出た。
「街道商人七組が共同で確認した。現在の通行責任者はニアだ。彼女の認証なしに荷車も騎馬も通していない」
別の商隊主たちも、それぞれの控えを掲げた。
かつて一人で危険な道へ追いやられた少女の判断を、今は街道を使う大人たちが証明している。
ニアは偽通行札の裏を見せた。
「番号は両方とも五百七十二。軍は違うのに同じ。これを作った倉庫の荷役札も、捕まえた二人が持ってた」
荷役札には金色の環と、北倉庫の番号が刻まれていた。
そこへ、検査官イルダが馬車で駆け込んできた。抱えているのは、金環商会から押収した統制令の副本と倉庫台帳だった。
「この番号列は北倉庫の内部書式です。移動竈の没収命令へ添付された偽造文書にも、同じ五百番台が使われています」
食券だけではない。
温度、鍋、目撃者、街道、倉庫。互いに独立した記録が、同じ一点を指していた。
俺が作ったのは、誰かを信じ込ませる料理ではない。
腹を満たし、武器を預け、敵の姿を見ながら順番を待てる場所。
誰が、いつ、どこで食べたかを、別々の人間が確かめられる仕組み。
その仕組みが、戦争を始めるための嘘を逃がさなかった。
手代が後ずさる。
「支部長を呼べ」
俺は言った。
「ガレス・ローン本人に、自分の商売を説明してもらう」




