第37話 剣を抜く前に、食券を見ろ
「武器を返せ!」
「停戦は罠だったのか!」
食いかけの椀が地面へ落ち、人間兵と魔族兵が武器預かり所へ殺到した。
その前へ、リシアとアシェリアが並んで立つ。
「真偽を確かめるまで、一本も返さない」
「私の客席で戦を始めたい者だけ前へ出ろ」
剣聖と魔王の圧力に、先頭の兵士が足を止めた。
俺は中央の足場へ上がり、拡声用の魔導具を取った。
「伝令。攻撃時刻と、攻撃した部隊名を言え」
人間側は、午後一時半に魔族軍第三大隊が補給隊を襲ったと答えた。
魔族側は、同じ午後一時半に王国軍第七小隊が使節を拘束したと答える。
「フィーナ。第三大隊と第七小隊の記録を」
フィーナは自分で束を探さなかった。
三つの区域へ手を上げる。
「北区域、青札第三大隊。東区域、赤札第七小隊。担当記録員は原簿を封じて中央へ。写しはその場に残してください」
六名の魔導師が動いた。その中には、かつて彼女を除籍した上官もいる。
「青札第三大隊、午後一時二十分から三十七分。三番屋台で受取済み」
「赤札第七小隊、同時刻に四番屋台。鍋の測温記録と受取印が一致します」
元上官が記録板を掲げた。
「測定は我々王国軍の魔導師も行った。クライス責任者の記録に改変はない」
フィーナは礼を言わず、確認を続ける。
今この場では、彼女が責任者だった。
三番と四番の屋台は向かい合っている。
「第七小隊なら、俺たちの前で食っていた」
魔族兵が言った。
「第三大隊もいた。あの辛そうな赤い油を入れてた連中だ」
人間兵が応じる。
敵同士の目撃が、互いの不在を否定した。
「紙切れで軍の報告を覆す気か!」
伝令が叫ぶ。
「紙だけじゃないよ」
ニアが二人の馬の前へ出た。
「あんたたち、どの道を通ってきたの」
「北峡路だ。急げば半刻で――」
「嘘。北峡路は朝から水樽の荷車十六台で塞いでる。通行責任者はあたし。鳥一羽ならともかく、馬は通れない」
ニアは伝令の腰から通行札を抜いた。
王国印と魔王領印。見た目は別だが、裏面には同じ番号列が刻まれている。
「これも偽物。あたしの認証印は山猫のひげが左右三本。これは四本ある。それに今日の通行番号は百番台。二人とも五百七十二番なんて、同じ番号を持つはずがない」
伝令の一人が馬首を返そうとした。
「西を塞げ!」
ニアの声で、獣人の行商人と人間の荷運び人が荷車を動かし、逃げ道を閉じた。かつて彼女を危険な先触れにしていた商隊主も、迷わず指示に従う。
「ニア責任者、確保した!」
二人の伝令は馬から引きずり下ろされた。
ポーチを改めると、削り直した軍印の下から金色の封蝋が現れた。さらに、二人とも金環商会の北倉庫で使う荷役札を持っていた。
食券は、攻撃部隊がここにいたことを示した。
温度記録と目撃者は、食券が後から作られていないことを示した。
ニアの通行管理は、伝令が名乗った経路そのものを否定した。
一つの証拠ではない。
別々の責任者が残した記録が、同じ嘘を包囲していた。
「剣を返せ」と叫んでいた兵士たちが、今度は伝令へ疑いの目を向ける。
俺は拡声具を握り直した。
「攻撃は確認できない。確認できたのは、両軍へ同じ時刻に嘘を運んだ二人と、同じ番号の偽通行札だ」
武器預かり所へ押し寄せていた流れが止まった。
だが、金環商会の手代が群衆をかき分けて進み出る。
「料理屋の記録と獣人の札だけで、商会を陥れるつもりか!」




