第34話 二十四台の小さなキッチンカー
「集まった規格屋台は八台。ただの荷車が十六台」
俺は広場に並んだ車輪の数を数え、黒板に数字を書いた。
「どうだ、店長。これだけいりゃあ、ガレスの野郎の鼻を明かせるだろ!」
村の若者が息を弾ませて言う。
「八台じゃ足りない」
俺は即答した。
「フル稼働しても、さばけるのは千五百から二千だ。三千食には届かない」
若者が言葉に詰まる。
「じゃあ、やっぱり《ノマド》を直さねえと……」
「直さない。いや、直せない」
俺はスクラップになった車体を親指で指した。
「魔石機関も冷却庫も、一晩じゃ元には戻らない。だから、あの車はもう忘れる」
俺は黒板の『8』の横に、『+16』と書き足した。
「ボルグ。あんたが作った共通規格の調理台だ。あそこにある十六台の荷車、全部屋台にできるか」
「……」
ボルグは無言で荷車を見渡し、次に《ノマド》の残骸を見た。
「廃材はある。鉄板の予備も持ってきている。ドワーフの仲間も呼んである」
ボルグが工具箱を蹴り開けた。
「日が傾くまでに、使える屋台を十六台組んでやる」
総力戦が始まった。
ボルグの怒号が飛び交い、ドワーフたちが解体場の廃材を切り出して荷車を補強する。
火の粉を防ぐ防火板。洗い水用の桶。簡易的な排煙筒。村で最初の屋台を作った際に定めた規格が、ここで短時間の組み立てを可能にした。
「食材が足りないぞ! 三千人分だ!」
パン屋の親方が叫ぶ。
「心配無用だ」
荷車の列の向こうからアシェリアが現れた。背後には、魔王軍の輸送部隊が連なっている。
「我が領地の根菜と、極上の魔石を持ってきた。共同事業者に投資するのは当然だろう」
「助かる。だが、大鍋や水樽みたいな重い設備はどうする。数が足りない」
空から地鳴りのような羽ばたきが応えた。
「我を運送屋扱いしたのだ。最後までこき使え、人間!」
古竜ヴァルガルドが舞い降り、巨大な爪から鉄の大鍋と水樽の束を放り投げた。
山岳輸送の契約は、こんなところでも生きていた。
人間、獣人、ドワーフ、魔族。
言葉も文化も違う連中が、一つの目的のために火をおこし、食材を刻み、鉄を叩く。
俺は各所の作業を確認して回る。
「焦がすな。灰汁はこまめに取れ」
「了解!」
「刃物は使ったら拭け」
「おう!」
午後。
平原を冷たい風が吹き抜ける。
傾き始めた日に照らされ、広場には二十四台の屋台が並んでいた。
二十四台の小型キッチンカー。
統一された規格。整然と並んだ焼き台。立ち上る二十四筋の煙。
ガレスは法と権力を使って、俺の店を一台壊した。
だが、その結果生まれたのは、絶対に一つの組織では管理しきれない二十四台の店だった。
「壮観だな」
リシアが俺の隣に立ち、目を細めた。
「ああ。これなら三千人を待たせずに済む」
俺は満足して頷いた。
停戦会場の開場まで、残り時間はわずか。
俺は黒板へ二十四台分の指示系統を描いた。
食材の追加、火力変更、味の調整、客列の変更、設備故障。すべての矢印を、中央指揮台に立つ俺へ集める。
「温度が外れた時も、最初に店長へ報告するんですか」
フィーナが確かめた。
「本番前の試験だ。最初は俺が全部承認する。店ごとに判断が変われば、品質を揃えられない」
一つの基準には、一人の最終判断者が必要だ。
俺はそう考えた。
「よし。本番前に、オペレーションのテストをする。俺の合図で全屋台、火を入れろ。架空の注文を回すから、手順通りにスープを仕上げて配給口へ出せ」
「「「おう!!」」」
二十四台の屋台が一斉に稼働し始めた。
熱気と活気が平原を包む。
だが、五分も経たないうちに異変が起きた。
「店長! 肉の煮え具合、これでいいか!」
「拓海さん、こっちの塩分濃度を確認してくれ!」
「店長、薪が足りない! どこから補充する!」
「客の列が乱れたら、どの順番で誘導すればいいんだ!」
声が四方八方から飛んでくる。
右から魔族。左からパン屋。正面から村の若者。
俺は走り回り、一つずつ答える。
「肉はあと三分煮ろ!」
「塩分は規定通りだ!」
「薪は裏の荷車から持っていけ!」
答えても、答えても、新しい質問が飛んでくる。
「店長! こっちの火力が落ちた!」
「店長! 水が足りねえ!」
「店長!」
「待て! 一度に喋るな!」
俺は声を張り上げた。
二十四人の店主たちが、一斉に俺を見て動きを止めた。
屋台の火が弱まる。
仕込みの手が止まる。
俺の指示がなければ、この二十四台は一歩も動けない。
「……」
一台のキッチンカーなら、俺一人で状況を把握し、すべてを指示できた。
だが、ここは違う。
二十四台の店、三千人の客。
情報と判断の量が、俺一人の処理能力を超えていた。
「店主」
リシアが静かに言った。
「お前一人で、全員を動かす気か」
俺の指示待ちにより、二十四台の屋台が動けなくなりかけていた。




