第31話 食料を一か所へ集めれば、私が管理できる
「停戦前の不測の事態と、飢餓による混乱を防ぐためだ。この場にあるすべての食材、および調理器具・設備は、我々金環商会が一括して集中管理する! 直ちに屋台を引き渡し、食材を我々の荷車へ積み替えよ!」
手代の宣言と共に、金環商会の私兵たちが重い柵や馬車を動かし、停戦会場へ通じるいくつかの搬入口――食料門を物理的に塞ぎ始めた。
広場に集まっていた避難民や兵士たちの間に、絶望と怒りのどよめきが広がる。
「ざけんな! 俺たちの飯を商会が独り占めする気か!」
「静まれ! これは戦時食糧統制令に基づく正当な措置である。個別の配給を許せば奪い合いになる。食料は一つの管理下へ置かなければならないのだ!」
抗議の声を上げる労働者たちを、私兵たちが槍の柄で威嚇して黙らせる。
飢餓による暴動を防ぐという大義名分のもと、ガレスは市場の供給線を掌握しようとしていた。ここで《ノマド》の周りに食材を置いたままにすれば、合法的にすべてを差し押さえられて終わる。
「店長、どうする! このままじゃ食材も屋台も全部持っていかれちまうぞ!」
ボルグが焦燥感を露わにして工具箱を掴んだ。
「一か所に集めるから管理されるんだ」
俺は即座に指示を飛ばした。
「規格屋台の店主たち! 出来上がっている基礎スープの寸胴と、残りの食材を各屋台に限界まで積み込め! 終わったら、八方向に散らばれ!」
「さ、散らばるって……どこへ行くんだい?」
村から来た若者が戸惑いながら尋ねる。
「食料門が塞がれてるなら、避難民のテント村の裏手や、会場の外周に回って店を開け。客が来られないなら、客のいる場所へ店から出向く。それが移動販売だろうが!」
俺は八人の店主たちの顔を見渡した。
「絶対に火事を起こすな。衛生管理に手を抜くな。どんな状況でも、腹を空かせた客を待たせるな。行け!」
「おう!」
「任せな、店長!」
店主たちは一斉に《ノマド》から食材を積み替えると、荷車を引いて四方八方へと散開していった。
商会の手代たちが「待て、逃げるな!」と慌てて私兵に追わせようとしたが、八台がバラバラの方向へ向かったため、すぐに見失ってしまった。
「よし、これで供給網は止まらない。あとは……」
俺が《ノマド》の販売口を閉めようとした、その時だ。
「見事な判断だ。だが、親玉がここに残っていては意味がないのではないかな」
背後から、静かで穏やかな声が響いた。
振り返ると、重武装の私兵たちを従えたガレス・ローン本人が立っていた。彼は散っていった規格屋台には目もくれず、真っ直ぐに《ノマド》を見据えている。
「源流を断てば、いずれ末端も干上がる。まずはその移動式の竈を管理下に置かせてもらおう」
ガレスは懐から、王国軍の正式な封蝋が押された統制令の書状と、別紙を取り出した。
「戦時統制令の付属命令により、貴君のその『魔導厨房』を危険設備として没収する」
「危険設備だと?」
俺が眉をひそめると、ガレスは淡々と説明を続けた。
「いかにも。これだけの密集した野営地において、固定されていない強力な魔石火炉を用いることは、火災や爆発の甚大な危険を伴う。よって、緊急無力化の対象と認定された」
「ふざけるな!」
横から鋭い声が飛んだ。竈印組合のイルダだ。
彼女は厳しい顔つきでガレスの前に歩み出た。
「その車は、私自身が立会いのもと、防火・衛生の厳しい公開試験を通過し、竈印組合から正式な『移動竈営業許可』を得た安全な設備だ! 違法でも危険でもない!」
「平時であれば、組合の許可も尊重されよう」
ガレスはイルダの抗議を、感情を一切交えずに論理的に退けた。
「だが、ここは戦時下の統制令が敷かれた野営地だ。軍事命令は組合の権限より上位にある。書類の偽造や不当な手続きは何一つない。法と秩序に従い、設備を没収する」
ガレスの提示した書類には、確かに軍の上層部の署名が揃っていた。
偽造された付属命令だろうが、公の場では本物として機能する。
「……ッ!」
リシアが大剣の柄を握りしめ、アシェリアも瞳に危険な光を宿した。
だが、二人とも動けない。ここで武力抵抗すれば、それは軍への明確な反逆行為となり、目前に迫った停戦交渉そのものが破綻する。ガレスはそれを見越して、法的な逃げ道を塞いでいる。
「武力は無意味だ、店主。君の敗北だ」
ガレスが冷たく見下ろす。
「敗北?」
俺は鼻で笑った。
「あんたの耳には、これが聞こえないのか?」
俺が顎でしゃくった先。
平原の遥か向こうのあちこちから、八筋の細い煙が立ち上っていた。
そして風に乗って、炭火で焼ける香草の匂いと、客の活気ある声が微かに届いてくる。
「何……?」
ガレスの表情が、初めてわずかに歪んだ。
「あんたは法を使って俺の店を一つ潰したかもしれない。だが、俺が権限と技術を渡した八人の責任者たちは、今この瞬間も客の腹を満たしている。あんたが一か所で食料を管理しようとしたところで、俺の作った供給網は止まらない」
俺が一人ですべてを抱える店主のままなら、ここで事業は終わっていただろう。
だが、俺の技術と意志を継いだ屋台は、俺の手を離れて自立して機能している。
「……なるほど。確かに、あの小規模な屋台群は厄介だ」
ガレスはすぐに冷静さを取り戻し、冷徹に告げた。
「だが、本体である君の車と大量の食材を押さえれば、明日の配給は不可能になる。私兵たちよ、その車を牽引しろ。緊急無力化のため、直ちに解体場へ運べ」
私兵たちが《ノマド》の車台に太い鎖をかけ、軍馬に繋いだ。
俺は抵抗せず、仲間たちと共に車から降りた。
武力で奪い返すことはできない。法的な不服申し立てをするには時間がかかる。
ガレスは、俺の商売の象徴である《ノマド》を、無慈悲に平原の彼方へ牽引していった。




