↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
客が二万人、競合店はゼロ。異世界の戦場にキッチンカーごと転移した俺、剣聖も魔王も最後尾です  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/40

第30話 王国の剣を、今日で辞める

「直ちに剣を置き、我々と共に王都へ戻りなさい! 拒否すれば、貴官から剣聖の称号を剥奪し、反逆者として拘束する!」


 王国騎士の張り上げた声が、停戦会場となる平原に重く響き渡った。


 周囲で仕込みの作業をしていた料理人たちの手が止まる。魔族の料理人たちは警戒を露わにし、人間領から来た屋台の店主たちは青ざめて後ずさった。


 俺は無言で黒板のチョークを置いた。


 ガレスの狙いは明確だ。俺の商売の最大の物理的抑止力であり、看板でもあるリシアを、国家の法と軍規を使って剥がしにきたのだ。


 商売において、抱えきれない損害が出た時の最も合理的な判断は「損切り」だ。


 帰還を拒否すれば、リシアは「剣聖」という称号、地位、そしてレガリア王国でこれまで積み上げてきた人生のすべてを失う。いくら腕の立つ護衛とはいえ、彼女個人の人生を台無しにしてまで、俺の店に付き合わせる権利はない。


「リシア、あんたは――」


 俺が契約解除の言葉を口にしようとした、その時だった。


「断る」


 俺の言葉を遮り、リシアが静かに、だが一切の迷いがない声で騎士に告げた。


「正気か、リシア殿! 貴官は王国の剣としての誇りを捨てる気か!」


 騎士が信じられないものを見るように目を剥いた。


「誇りなど、最初から持たされていなかった」


 リシアは灰青色の瞳で、かつての同僚たちを冷徹に見据えた。


「王国は私を一人の人間として扱わず、ただの破壊の兵器として消費してきた。飢えを訴えても聞き入れられず、補給将校の横領すら見て見ぬふりをした。私はすでに、王国に忠誠を誓う理由を失っている」


「なっ……! では、本当に反逆者となり、その怪しげな料理人の下へ下るというのか!」


 騎士の怒声に対し、リシアは振り返り、真っ直ぐに俺を見た。


「店主。私は昨日、お前からあの携帯保存食を受け取った」


 彼女は胸元の内ポケットに触れた。『超高圧縮・獣脂干し肉ブロック』が入っている場所だ。


「お前はただの商品開発だと言ったがな。王国が私に与えたのは、使い潰すための命令と粗悪な飯だけだった。だが、お前は私の生存率を上げるために、貴重な時間と労力を割いてくれた。私の命を、剣ではなく一人の仲間として扱ってくれた」


 リシアは一歩、俺の方へ歩み寄った。


「だから、これは護衛契約を盾にした義務ではない。私が、私の意志でここにいたいのだ」


 純粋で、計算の欠片もない感情のぶつけ方だった。


 俺は瞬時に在庫の数や原価計算を弾き出すことはできるが、他人の重い感情や人生の選択を正面から受け止めるのはひどく苦手だ。自分の疲労や他人の感情を、すべて「役割」と「契約」という枠に押し込めて処理しようとする。それが俺の最大の欠点だ。


 俺は気の利いた言葉を返すこともできず、帽子のつばを深く下げて視線を逸らした。


「……うちの警備責任者が今抜けられたら、三千人の導線の整理が間に合わなくなる」


「……」


「称号を捨ててまで残るって言うなら、しっかり働いてもらうぞ。休憩時間以外はな」


 俺が不器用に役割の言葉へ逃げると、リシアはふっと表情を和らげた。


「望むところだ。給金と、毎日の美味い食事さえあればな」


 彼女が自らの意志で王国の武器であることを辞め、《ノマド》を自分の居場所として選んだ瞬間だった。


「ええい、狂ったか! ならば力ずくで連行するまでだ!」


 屈辱に顔を赤くした騎士たちが一斉に剣を抜いた。


 その直後、騎士たちの足元からゾワリとした悪寒が立ち上った。


「その剣を抜けば、この停戦会場にいるすべての魔族に対する宣戦布告と見なすが、構わないか?」


 俺とリシアの横に、アシェリアが優雅な足取りで並び立った。


 彼女の頭部に生えた黒い角と、その身から放たれる圧倒的な魔王の覇気に、騎士たちは弾かれたように後ずさった。


「ま、魔王……! なぜこんな所に!」


「言ったはずだ、私はただの客だと。お前たちの私情のせいで、私の頼んだスープの仕込みが遅れるのは我慢ならんのでね。去れ。ここで騒ぎを起こせば、お前たちの首が飛ぶだけでは済まんぞ」


 アシェリアの冷酷な宣告に、騎士たちはギリッと奥歯を噛み締めた。


 停戦会場での軍事衝突は、最悪の国際問題を引き起こす。彼らにそれ以上の強行手段に出る権限はなかった。


「……リシア・ヴァレン! この決断、必ず後悔することになるぞ!」


 彼らは捨て台詞を残し、土煙を上げて平原から退却していった。


「よし、邪魔者は消えたな」


 俺は気を取り直し、手を叩いて料理人たちの注目を集めた。


「手元を止めるな。四十八時間は切っている。基礎スープの火加減を落とすなよ!」


「はいっ!」


 料理人たちが安堵の表情と共に再び調理に取り掛かる。リシアの表情も晴れやかだった。


 だが、俺たちが再び配給の準備を本格化させようとした矢先。


 平原の入り口から、今度は先ほどの騎士たちとは比べ物にならないほど大規模な一団が現れた。


 先頭を進むのは、金色の環の紋章を掲げた馬車。


 それに続くのは、重武装の私兵たちと、巨大な空の荷車を引いた数十人の男たちだった。


「……金環商会か」


 ボルグが険しい顔でレンチを握りしめる。


 馬車から降りてきたのは、ガレスの手代らしき男だった。男は巻物を広げ、周囲の人間と魔族、そして俺たちに向けて高らかに宣言した。


「全軍、および商人たちに通達する! 本日、ガレス・ローン支部長の要請により、この地域一帯に『戦時食糧統制令』が発動された!」


「統制令だと!?」


 広場に集まり始めていた避難民や兵士たちがどよめく。


 手代の男は冷酷な笑みを浮かべ、俺たちの《ノマド》と八台の規格屋台を真っ直ぐに指差した。


「停戦前の不測の事態と、飢餓による混乱を防ぐためだ。この場にあるすべての食材、および調理器具・設備は、我々金環商会が一括して集中管理する! 直ちに屋台を引き渡し、食材を我々の荷車へ積み替えよ!」


 ガレスの次の一手。


 個別の買収も、軍を通じた切り崩しも通用しないと悟った奴は、いよいよ法を捻じ曲げ、戦時下の緊急命令という大義名分を使って、俺の店と事業そのものを根こそぎ奪いにきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。