第28話 三千食を、四十八時間で
「四十八時間後。停戦会場となる平原で、三千人全員の腹を、お前の店で満たしてくれ」
魔王アシェリアから提示されたのは、一介の移動料理店が受けるにはあまりにも絶望的な規模の発注だった。
兵士、使節団、避難民、労働者。それらが入り乱れる停戦会場で、三千人分の食事を用意する。
「……正気か?」
助手席側で聞いていたボルグが、顔を引きつらせて声を上げた。
「うちの魔導厨房なら、効率よく回して一日で六百食が限界だぞ。いくらなんでも三千食を四十八時間で用意するなんて、魔法を使っても不可能だ!」
フィーナも青ざめた顔で計算を始める。
「食材の量も桁違いです。三千人分の肉と根菜を冷やし続けるには、私の魔力でも限界が……」
車内に重苦しい空気が流れる中、アシェリアは楽しそうに目を細めた。
「どうした? さすがの強気な店主も、この数には尻込みするか? もし無理だと言うなら、やはり金環商会から粗悪な軍用食を高値で買い叩くしかないのだがな」
挑発だ。だが、彼女は俺が断らないことを分かって言っている。
「誰が断ると言った」
俺は黒板をひっくり返し、チョークで大きく『3000』という数字を書き殴った。
「一台で不可能なら、一人で抱え込まずに他人の力を借りる。それが商売の鉄則だ。俺は自分が厨房に立って何千食も作るような、ヒロイックな真似はしない。俺の仕事は、三千食を作る『仕組み』を設計することだ」
俺は仲間たちに向き直り、即座に指示を飛ばした。
「ボルグ。あんたは今すぐ人間領へ戻り、ベルク周辺で稼働している八台の『規格屋台』の店主たち全員に招集をかけろ。三千食の大口依頼だ、破格の日当を出すと伝えろ」
「おう! 八台集めりゃ、単純計算で千五百食はいけるな!」
「足りない分は現地で増設する。車台と鉄板の予備をありったけかき集めろ」
「フィーナ、ニア。あんたたちは魔王領側の食材の調達と、衛生基準の確認だ。魔族向けの食材は、人間領の食材より扱いが難しいはずだ。毒性や腐敗のチェックを徹底しろ」
「はいっ! 温度管理の範囲を最大まで広げます!」
「任せてよ、店長! この鼻で一番いい食材を見つけてくるから!」
仲間たちがそれぞれの役割を理解し、一斉に動き出す。
俺は最後にアシェリアに向き直った。
「あんたは共同出資者だ。食材の仕入れ資金と、魔王領側での料理人を集めてくれ」
「ふふっ、人使いの荒い男だ。よかろう、腕の立つ者を十人ほど見繕ってやろう」
アシェリアはそう言うと、背後の護衛たちに指示を出し、自らも準備のために去っていった。
残された俺とリシアは、停戦会場となる国境付近の平原へと《ノマド》を走らせた。
四十八時間は、準備としてはあまりにも短い。
俺は運転席で、頭の中で三千食の提供に必要なプロセスを極限まで分解し、再構築し続けた。
必要食材の総量。火力を維持するための魔石と薪の配置。給水ポイントの確保。そして何より重要なのは、三千人という巨大な『客列』をどう制御し、食事制限や種族ごとの違いにどう対応するかだ。
「……店主」
沈黙を破ったのは、助手席のリシアだった。
「三千人というのは、ただの数字ではない。金環商会の兵糧攻めによって、限界まで飢え、疲弊し、憎しみ合っている人間と魔族の群れだ。もし、食事の場で争いが起きれば……停戦交渉そのものが吹き飛ぶぞ」
リシアの言う通りだ。
空腹は人間の理性を奪う。敵同士が同じ場所で飯を待つという極限状態。そこで少しでも配給に不満や不公平が生じれば、一瞬で暴動に発展する。
「だからこそ、絶対に待たせない、絶対に争わせない『仕組み』が必要なんだ」
俺はハンドルを握りしめた。
「料理の味だけじゃ戦争は止められない。だが、飯を食うための『秩序』を作り出すことはできる。それが俺の仕事だ」
翌日。
停戦会場となる平原には、すでに両軍の先遣隊や、避難民のテントが設営され始めていた。
その中央に位置する広大な空き地に、俺たちの《ノマド》が到着する。
そして、俺たちの到着から数時間後。
「店長ーっ! 連れてきたぜ!」
ボルグの声と共に、土煙を上げて八台の『規格屋台』が平原に到着した。
パン屋の親方、村の若者、獣人の行商人。彼らは皆、かつて俺が技術と提携印を渡した、独立した屋台の店主たちだった。
「おお、すげえ数の兵士たちだな……ここで俺たちが飯を売るのか!」
村の若者が興奮気味に声を上げる。
さらに、アシェリアが手配した魔族側の料理人十人も到着し、用意された食材の山が次々と運び込まれてきた。
人間領の黒麦、獣人集落で採れた香草、そして魔王領独自の巨大な魔根菜。
「よし、全員集まったな」
俺は《ノマド》の展開式カウンターの上に立ち、集まった二十人以上の料理人と店主たちを見下ろした。
「これより、四十八時間の時間制限付きで、三千人分の食事の準備に入る。メニューは、これらの食材をすべて使った『三境のとろ火シチュー』だ」
俺の言葉に、人間と魔族の料理人たちがざわめいた。
「三つの領地の食材を混ぜてシチューにするだって?」
「待ってくれ、店主。人間の舌と魔族の舌は違う。人間向けに味付けをすれば魔族には薄すぎるし、魔族向けにすれば人間には香りがキツすぎるぞ!」
魔族の料理人が、鋭い指摘を投げかける。
その通りだ。種族ごとの味覚の違い。それは、大量調理において最も厄介な問題だった。
「ああ、分かっている」
俺は黒板をひっくり返し、あらかじめ書いておいた調理工程の図解を指差した。
「だから、一つの完成された味を三千人に押し付けるような真似はしない。俺たちがここで作るのは、たった一つの『未完成のスープ』だ」
俺の宣言に、料理人たちが首を傾げた。
三千人の腹を満たすための、未完成のスープ。
それが、種族の壁を越え、暴動を防ぐための俺の解答だった。




