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客が二万人、競合店はゼロ。異世界の戦場にキッチンカーごと転移した俺、剣聖も魔王も最後尾です  作者: 他力本願寺


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第2話 剣聖でも、割り込みは禁止です

「そこを退け! 貴様ら、軍の規律を忘れたか!」


 販売口の正面に割り込んできたのは、豪奢な軍服を着た恰幅の良い男だった。


 腕には補給将校を示す腕章が巻かれている。後ろには、槍を構えた数人の私兵を連れていた。


 男は《ノマド》の車体を舐め回すように見つめ、傲慢な笑みを浮かべた。


「ほう、見たこともない鉄の馬車だが、中にはまだ食料があるようだな。私は王国軍補給将校ドレイクだ。軍の権限において、その車両と積荷をすべて徴発する。貴様ら、さっさと車を置いて立ち去れ!」


 ドレイクと名乗った男の言葉に、列に並んでいた人間軍の兵士たちが悔しそうに顔を歪めた。


 だが、軍の階級という絶対的な力の前では、誰も表立って反論できない。


 俺は鉄板の上で肉を焼く手を止めず、ドレイクの顔ではなく、彼の背後にいる兵士たちの視線と補給袋を見た。


 頬には程よく肉がつき、肌つやも悪くない。少なくとも、目の前に並んでいる泥だらけの兵士たちのように、何日も飢えに苦しんでいる人間の顔ではなかった。


「おい、聞こえなかったのか! さっさと中身を引き渡せ!」


「悪いが、あんたに売る商品はない」


 俺の簡潔な返答に、ドレイクは目を丸くした。


「なんだと?」


「ここは俺の店で、目の前にいるのは俺の客だ。軍の命令だろうが何だろうが、列に割り込む奴に渡す飯はない」


 そう言って、俺はカウンターの前に立っていた客に向き直った。


 一番先頭にいたのは、順番を守って並んでいた魔王軍の兵士だった。頭に黒い角を持つ彼は、ドレイクの怒声に萎縮しながらも、カウンターの上に規定の銅貨をきっちりと三枚並べていた。


 俺は焼き上がったばかりの『炙り角兎と飴色玉葱の肉汁包み』を耐油紙で包み、その魔族の兵士へと差し出した。


「待たせたな。熱いから気をつけろ」


「あ、ああ……か、かたじけない」


 魔族の兵士は信じられないものを見る目で俺と商品を見比べた後、震える手でそれを受け取った。


 彼が包みに噛みつくと、湯気と香草の匂いが顔を包んだ。熱さに目を白黒させながらも、塩気の利いた肉を飲み込み、空いていた手に力が戻っていく。


 その表情に浮かんだのは、極限の空腹が満たされていく純粋な安堵だった。


「き、貴様ぁっ! 王国軍の補給将校たるこの私を無視し、あろうことか敵軍の魔族に食料を渡すというのか! これは明らかな反逆だ!」


 ドレイクが顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、腰の剣に手をかけた。


 私兵たちも一斉に槍の穂先を俺のキッチンカーへ向ける。


 俺はトングを手にしたまま、ため息をついた。


 商売において、クレーム対応は日常茶飯事だが、権力で列を乱そうとする輩は一番タチが悪い。


「反逆も何も、俺はただの料理人だ。先に代金を払って並んだ客に商品を渡す。それがこの店の規則だ。あんたも買いたいなら、武器を収めて最後尾に並べ」


「ふざけるな! 斬り捨てろ!」


 ドレイクが叫んだ、その時だった。


「剣を収めろ、ドレイク補給将校」


 低く、しかし戦場の空気を一変させるほど冷ややかな声が響いた。


 声の主は、先ほど俺の店で最初の客となった銀髪の女騎士――剣聖リシアだった。


 彼女はまだ口の端に少しだけソースをつけたままだが、その瞳に宿る光は先ほどまでの虚ろなものではなかった。


 たった一個の肉汁包み。だが、適切な炭水化物と脂質、塩分が彼女の巨大な魔力炉に火を入れたのだろう。全身から立ち上る魔力の圧が、周囲の空気をピリピリと震わせている。


「け、剣聖様……! なぜ止めるのです、こ奴は魔族に寝返った反逆者――」


「列を乱すなと言っている。それに、この者は私に温かい食事を出した。それを斬り捨てるというなら、私が貴殿の相手になろう」


 リシアが腰の長剣の柄に手をかけると、ドレイクの私兵たちは顔を引きつらせ、後ずさった。


 さらに、列に並んでいた数千の兵士たち――人間も魔族も関係なく――が、一斉にドレイクたちへ底知れぬ憎悪の視線を向けていた。


 彼らにとって、今の俺は命を繋ぐ唯一の希望だ。それを奪おうとするドレイクは、両軍共通の敵となっていた。


「くっ……憶えておけよ!」


 圧倒的な不利を悟ったドレイクは、捨て台詞を吐いて逃げるように立ち去っていった。


 列に再び安堵の空気が戻り、俺は営業を再開しようと鉄板に油を引いた。


 だが、厄介事は続くものらしい。


 風向きが変わり、生臭い獣の臭いが戦場に流れ込んできた。


「グルルルルル……!」


 荒野の向こう、立ち込める土煙の中から姿を現したのは、異様に発達した顎を持つ魔物の群れだった。


 灰色の体毛に覆われた四足獣――戦場の死体や弱った者を狙う、ハイエナのような魔物の群れだ。その数、およそ五十。


 俺の店から漂う強烈な肉の匂いと、大勢の人間が集まっている喧騒に引き寄せられてきたに違いない。


「魔物の群れだ! 迎撃陣形をとれ!」


 両軍の指揮官たちが叫ぶが、兵士たちの動きは鈍かった。


 列の前方にいて食事にありつけた者はともかく、後方に並んでいる兵士たちはまだ極限の空腹状態だ。武器を構えることすらままならず、次々と膝をついていく。


 魔物が一直線に、崩れかけた陣形へと殺到してくる。


「くっ、私の魔力はまだ完全には戻っていないが……!」


 リシアが剣を抜き、前に出ようとした。


 だが、今の彼女が前に出れば、背後にいる動けない兵士たちを守りながら戦うことになる。守るべき面積が広すぎた。いくら剣聖でも、後方を庇いながらの乱戦になれば被害は免れない。


 俺は即座に状況を計算した。


 戦う力は俺にはない。だが、客の安全な導線(動線)を確保し、店舗の被害を最小限に抑える配置なら誰よりも知っている。


「全員、動ける奴は怪我人と空腹の奴を抱えて、この車の後ろに回れ! 荷馬車を寄せて壁を作れ!」


 俺は販売口から身を乗り出し、声を張り上げた。


「馬鹿な、それでは前衛が薄くなる!」と人間の指揮官が叫ぶが、俺は無視した。


「前衛なんかいらない! 弓を持ってる奴と魔法を使える奴は、車の屋根か荷馬車の上に上がれ! 早くしろ!」


 俺の指示の明確さと、先ほどの食事の恩義があったからだろう。兵士たちは弾かれたように動き出し、《ノマド》と周囲に放棄されていた荷馬車を利用して、即席の半円形の防壁――安全な客席イートインスペースを作り上げた。


「上がった奴から、これを受け取れ!」


 俺は鉄板の上にあった残り数個の肉汁包みと、寸胴鍋で作っておいた『塩入りの白湯』をカップに注ぎ、荷馬車の上に配置についた弓兵や魔導師たちへ次々と放り投げた。


「今は味わうな、噛んで飲み込め! 塩と脂が動く熱になる! 後方の安全は確保した、上から牽制しろ!」


 弓兵の一人が、俺から受け取った湯を一気に飲み干した。


 適切な塩分と温かい水分が、干からびていた彼らの細胞を叩き起こす。肉を喉の奥に押し込んだ魔導師の目にも、確かな光が戻っていた。


「……なるほど。そういうことか」


 最前線に一人取り残された形になったリシアが、背後を振り返ってふっと笑った。


 動けない弱者はすべて車の後ろの安全地帯に収容され、高所には弓兵と魔導師が配置され、牽制の準備が整っている。


 つまり、彼女は背後を庇わず、攻撃へ集中できる。


「いい采配だ、店主。背中を気にせず剣を振るうなど、いつぶりか思い出せん」


 リシアは長剣を上段に構え、深く息を吸い込んだ。


 その瞬間、彼女の周囲の大気が爆発的に膨張した。


 魔物の群れが一斉にリシアに飛びかかる。


 だが、遅い。


 銀色の閃光が走った。ただの一振り。それだけで、先頭を走っていた巨大な獣が三頭同時に両断され、血飛沫を上げて地に伏した。


「放て!」


 上空からは、息を吹き返した弓兵と魔導師たちの矢と炎が降り注ぎ、魔物の足を止める。


 その隙を縫って、リシアが群れの中央へ躍り出た。


 舞うように剣が振るわれるたび、魔物たちが次々と沈んでいく。俺の采配がなければ、彼女は背後を気にしてこれほどの機動力を発揮できなかったはずだ。


 ものの数分で、五十頭近い魔物の群れは物言わぬ骸と化した。


「……すげえ」


「あんな動き、人間ができるのかよ……」


 避難していた客たちが、息を呑んでその光景を見つめている。


 俺は小さく頷き、再び鉄板の前に戻った。戦闘はリシアたちの仕事だが、俺の仕事はまだ終わっていない。


「よし、安全は確保された! 営業を再開する、列を乱さず並び直せ!」


 俺の言葉に、兵士たちが歓声を上げて再び列を作り始めた。


 魔物の血の匂いなど気にも留めず、彼らはただ温かい食事を求めて銅貨を握りしめている。


 それから二時間。


 俺はひたすらに肉を焼き、包み続けた。


 そして、用意していた百二十食分の食材が、ついに底を突いた。


「悪いが、今日の分はこれで完売だ」


 俺がそう告げると、列の後ろの方に並んでいた数百人の兵士たちから、絶望の混じった落胆の溜息が漏れた。


 暴動が起きないのは、俺が全員に公平に「一人一個」を貫き、魔物の襲撃から彼らを守る配置を組んだことへの信頼があるからだろう。


「すまんな。明日はもっと用意しておく」


 兵士たちに頭を下げ、俺は販売口のドアを閉めた。


 車内に静寂が戻る。売り上げの入った箱には、ずっしりとした重みの銅貨や銀貨が詰まっている。


 だが、俺の心に達成感はなかった。


 百二十食を売り切った。現代のイベントなら大成功だ。


 しかし、外にはまだ飯を食えなかった客が山のように残っている。


 売り切れは成功じゃない。食べられなかった客を放置しているだけだ。


「……さて、問題は明日だな」


 俺は厨房の奥にある冷蔵庫のパネルに目を向けた。


 中には、明日仕込む予定だった予備の未処理食材が四十食分ほど入っている。


 だが、パネルの横に取り付けられた小型発電機のインジケーターは、赤いランプを点滅させていた。転移してきた時から予感はしていたが、やはり燃料の消費が早すぎる。


「冷蔵設備は……残り十八時間で止まるか」


 俺は独り言ちた。


 明日の昼には、冷蔵庫はただの鉄の箱になる。この異世界の気温では、残った四十食分の食材はすぐに腐り始めるだろう。


 現代の燃料を補充する当てはない。


 食材を守るためには、新たな保存方法を見つけるか、この車を動かすための別の手段を探すしかない。


 十八時間以内に。

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