第18話 輸送隊は、魔物に襲われたのではない
「ひどい有様だ……護衛の傭兵たちは全滅。馬車も木っ端微塵に砕かれている」
灰風街道の半ば。村の自警団に案内されて現場に到着したリシアが、無惨に破壊された荷馬車の残骸を見て顔をしかめた。
地面には生々しい血痕が広がり、巨大な爪や牙で引き裂かれたような跡が周囲の木々に残っている。自警団の男たちは「凶暴な魔物の群れだ」「これで村の備蓄は本当に終わりだ」と頭を抱えて絶望していた。
「店長、あまり前に行かないで。まだ魔物の臭いが残ってる」
ニアが俺の前に立ち、鼻をヒクつかせて周囲を警戒する。
俺一人の目では断定できない。まず、破壊された荷馬車の残骸と、地面に残った積荷の量を見比べた。
護衛が全滅し、馬車が壊されているのは間違いない。だが、俺の目には一つの決定的な違和感が映っていた。
「……なぁ。魔物ってのは、穀物を麻袋ごと綺麗に食い尽くすのか?」
俺の問いに、自警団の男がポカンとした顔を向けた。
「え?」
「馬車は粉々にされているのに、周囲に散らばっている穀物が少なすぎる。魔物が袋を引き裂いて中身を食ったなら、地面はもっと麦や豆で散らかっているはずだ。それに、壊された車軸の断面が綺麗すぎる。魔物の爪じゃなく、斧か何かで意図的に割られたような跡だ」
俺の指摘に、リシアがハッとして残骸の車軸を調べに走った。
「……本当だ。刃物による切断面がある。魔物の仕業に見せかけているが、これは……!」
「積荷の穀物は魔物に食われたんじゃない。人間が持ち去ったんだ。だが、魔物がここを襲ったこと自体は事実だろう」
俺は腕を組んだ。
被害額の多寡は問題ではない。なぜこのタイミングで、村へ向かう独立商人の輸送隊だけが、ピンポイントで魔物の群れに襲われたのか。その「理由」を解明しなければ、今後の商売の流通網そのものが維持できなくなる。
「ニア、あんたの鼻を貸してくれ」
俺は獣人の少女を振り返った。
「魔物や血の臭いじゃない。この現場に、何か『不自然な臭い』が残っていないか? 客の需要を嗅ぎ分けるあんたの鼻で、この現場の裏にあるものを探ってほしい」
「不自然な臭い……わかった、やってみる」
ニアは真剣な顔で頷くと、四つん這いになって残骸の周辺を嗅ぎ回り始めた。
彼女は草むらや、血痕の残る土、そして荷馬車の御者台の破片に鼻を近づけていく。
「……うん、血の臭いの下に、何かある。すごく薄いけど、甘ったるくて、でも鼻の奥をツンと刺すような……」
ニアは御者台の破片を拾い上げ、俺の前に持ってきた。
「これ、魔物が興奮して集まってくる『誘引香』の臭いだよ。街道を歩く商人が、こんなもの自分から持ち歩くはずがない」
やはりか。魔物は偶然この輸送隊を襲ったのではない。人為的に誘導されたのだ。
俺が確信を得たその時、ニアが眉根を寄せて、もう一度その破片の臭いを深く吸い込んだ。
「あれ……? でもこの臭い、どっかで嗅いだことがある。ええと……」
ニアの尻尾がパタパタと左右に揺れる。彼女の脳内で、過去に嗅いだ無数の匂いの記憶が照合されているのだろう。
「あ、思い出した」
ニアが御者台の破片を持ち上げた。
「人間軍と魔族軍が持ってた、金色の環の保存食。あの干し肉の香料にも、これと似た甘い臭いが混じってた」
俺とリシアは顔を見合わせた。
戦場で拾った金環商会の保存食と、魔物を誘う香りに共通点がある。
「では、商会が襲わせたのか」
リシアが低く問う。
「まだ断定できない」
俺は首を振った。
「香料そのものを別の人間が買った可能性もある。似ているというニアの記憶だけで、殺人の責任までは決められない」
分かったのは、魔物が人為的に誘導され、襲撃後に誰かが穀物を運び去ったこと。そして、その誘引香と金環商会の流通品に接点があることだけだ。
「現場の木片を封じて持ち帰る。フィーナに保存食の残りと比較してもらう。それから、穀物を積める荷車がこの道を通った時刻を調べる」
ニアは少し不満そうに耳を伏せた。
「あたしの鼻、信じてないの?」
「信じてる。だから、あんた一人の証言だけに責任を背負わせない。別の記録で支える」
彼女は一度瞬きをし、やがて木片を布で包んだ。
「分かった。じゃあ臭いが消える前に、通った荷車の方も探す」
俺たちは誘引香の木片、切断された車軸の一部、地面に残る車輪幅を記録して村へ戻ることにした。
犯人はまだ捕まっていない。輸送隊も、失われた穀物も戻らない。
だが、ニアが見つけた細い糸を、ここで切らせるつもりはなかった。
だが、村の広場に戻ろうと街道を抜けたところで、俺たちの前方に土煙を上げて接近してくる一団があった。
立派な装飾が施された大型の商隊馬車と、それを取り囲むように進む十数人の重武装の護衛たちだ。
「おい、そこを退け!」
商隊の先頭を進む馬から、丸々と太った豪奢な服の男が見下ろすように声を張り上げた。
「我々はこれから、この新しい安全な街道を通って先の町へ向かう! 通行の邪魔だ!」
その男の顔を見た瞬間、俺の隣を歩いていたニアの体がビクッと硬直した。
耳が伏せられ、尻尾が股の間に巻き込まれる。先ほどまでの誇らしげな態度は消え失せ、かつて虐げられていた頃の怯えた獣の顔に戻っていた。
「……あいつ、あたしの元雇い主だ」
ニアが震える声で呟いた。
「あたしを危険な道に先触れとして歩かせて、使い捨ての道具みたいに扱ってた……商隊主のバラン」
男――バランはこちらの存在に気づくと、馬上から嫌悪感を露わにした。
「なんだ、移動竈の余所者か。その横にいるのは……おい、ニアじゃないか! 逃げ出したと思ったら、こんなところで油を売っていたのか!」
バランは馬の手綱を引き、俺たちの目の前で傲慢に立ち塞がった。
「ちょうどいい、この先の街道の魔物の状況はどうだ。お前の鼻で安全を確認しろ。商隊を通らせるための先触れの仕事をくれてやる!」
バランの言葉は、雇い主の提案ではなく、所有物への命令だった。
かつてニアを裏口に回し、正当な対価も払わずに危険地帯へと放り込んでいた男が、俺たちが切り開いた安全なルートに只乗りしようと現れたのだ。




