表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
客が二万人、競合店はゼロ。異世界の戦場にキッチンカーごと転移した俺、剣聖も魔王も最後尾です  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/40

第17話 一号店は、俺の店ではない

「《ノマド》の手代として、俺を雇ってくれませんか! あんたのやり方で串とパイを焼いて、村で売ります。給金は安くていい!」


 広場に飛び込んできた若者の言葉に、俺は少しだけ呆れて息を吐いた。


 昨日の串焼きに感銘を受け、商売の熱に浮かされているのは分かる。だが、彼の提案は根本的に間違っていた。


「駄目だ。あんたを雇う気はない」


「えっ……だ、駄目ですか? もっと安くても、いや、最初はタダ働きでも――」


「給金の問題じゃない」


 俺は若者の言葉を遮り、はっきりと告げた。


「俺はこの村に支店を出して、自分の店を増やすつもりはない。人を雇って管理する手間は、うちの規模じゃ抱えきれないからな。あんたがやりたいなら、雇われるんじゃなく、あんた自身の店を持て」


「俺自身の……店?」


 若者が目を丸くする。


「そうだ。俺はレシピそのものの使用料は取らない。灰角兎も赤根菜も、元々あんたたちの村の森で採れるもんだ」


 俺は黒板の裏に、チョークで三つの条件を書き出した。


「ただし、この串とパイを売るための『提携条件』を三つ定めている」


 俺は一つずつ指を折った。


「一つ、うちの衛生管理責任者であるフィーナが定めた『衛生基準』を厳守すること。二つ、うちの整備士ボルグが作る『共通調理台』を適正な価格で買い取ること。三つ、これらを守り、品質を維持する限りにおいて、屋台に《ノマド》の『提携印』を掲示すること」


 若者はゴクリと喉を鳴らした。


「俺が売った分の利益は、どうなるんですか?」


「食材の原価と屋台の代金を除けば、すべてあんたのものだ。だが、もし食中毒を出したり、腐った肉を客に食わせるような手抜きをすれば、即座に提携印を剥奪する。客がつくのも責任を被るのも、あんた自身だ」


 これは、利益を吸い上げるための従属契約ではない。品質と安全を担保し、彼らが自立して商売を続けるためのルールだ。


 若者はその重さに一瞬だけ身をこわばらせたが、すぐに顔を上げ、強く頷いた。


「やります! 俺に、その屋台を売ってください!」


「よし、商談成立だ」


 俺が振り返ると、ボルグはすでに腕まくりをしてニヤリと笑っていた。


「へっ、ドワーフの腕の見せ所だな。村にある手押し荷車と廃材を集めな。日が暮れる前に、最高の屋台を組んでやる!」


 ボルグの作業は素早く、かつ理にかなっていた。


《ノマド》のような高価な魔石機関や魔導冷却庫を積むわけではない。だが、荷車の車台を補強し、薄い鉄板で囲った炭火台と、火の粉を防ぐ防火板を絶妙な隙間で配置していく。


 さらに手洗い用の水桶と、油や灰を落とすための溝までがコンパクトに収められていた。


「どうだ。壊れても素人がその辺の木材で直せる。だが、火だけは絶対に燃え広がらねえ設計だ。これを『規格屋台』の基本形とする」


 半日もかからずに完成した屋台を叩き、ボルグが胸を張った。移動販売において、安全で規格化された設備は、店を増やすための絶対的な基礎となる。


 夕方。


 広場に持ち出された真新しい規格屋台に、若者が炭火をおこした。


 俺が教えた通りに、香草の絞り汁に漬け込んだ灰角兎の肉を串に刺し、焼き台に並べる。


 串から落ちた脂に炭が小さく爆ぜ、白煙が香草の酸味を運ぶ。火力の調整に悪戦苦闘しながらも、若者は必死に串をひっくり返した。


「よし、焼けたぞ。ニア、食べてみてくれ!」


 若者が差し出した最初の一本を、ニアが受け取る。


 彼女は鼻をヒクつかせて匂いを確認し、端の一切れにパクリと噛みついた。


「……うん!」


 ニアが尻尾をピンと立てて笑った。


「脂の落とし方もバッチリ。酸味もちゃんと効いてる。うちの味と変わらないよ!」


「よっしゃあああ!」


 若者が歓声を上げる。


「おう、俺にもその串を一本くれ!」


「こっちにはパイを頼む!」


 匂いと活気に引き寄せられ、村人たちが次々と若者の屋台に銅貨を握りしめて集まってきた。


 彼は雇われの身ではない。彼自身の屋台で、彼自身の客に、自分の手で稼いだ誇らしい商品を売っているのだ。


「いい顔で焼いているな」


 リシアが俺の隣に並び、若者の屋台を見つめながら言った。


「ああ。自分で汗を流して売った飯が、客を笑顔にする。あの快感を知っちまったら、もう商売はやめられない」


 一台のキッチンカーが、自分一人で利益を独占するのではなく、他者が成功するための仕組みを作った。


《ノマド》一号店ではなく、最初の提携屋台が誕生した瞬間だった。


 村は活気を取り戻し、広場には笑顔が溢れていた。


 明日の仕入れの算段をしようと俺が黒板の数字を消していた、その時だ。


「大変だ!! 誰か、村長を呼んでくれ!」


 村の入り口から、血相を変えた自警団の男が転がり込むように走ってきた。


 広場の喧騒が、一瞬にして凍りつく。


「どうした、何があった!」


 長老が駆け寄ると、自警団の男は息を切らしながら、絶望的な声で叫んだ。


「ベルクの町からこっちに向かっていたはずの、穀物輸送隊が……街道で魔物に襲われて、消えちまったんだ!!」


 俺は手に持っていた黒板消しを下ろした。


 食料不足の村を救うはずだった輸送隊の消失。


 ただの魔物の襲撃にしては、あまりにも間が悪すぎる。俺の背筋に、嫌な予感が冷たい汗となって走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ