第17話 一号店は、俺の店ではない
「《ノマド》の手代として、俺を雇ってくれませんか! あんたのやり方で串とパイを焼いて、村で売ります。給金は安くていい!」
広場に飛び込んできた若者の言葉に、俺は少しだけ呆れて息を吐いた。
昨日の串焼きに感銘を受け、商売の熱に浮かされているのは分かる。だが、彼の提案は根本的に間違っていた。
「駄目だ。あんたを雇う気はない」
「えっ……だ、駄目ですか? もっと安くても、いや、最初はタダ働きでも――」
「給金の問題じゃない」
俺は若者の言葉を遮り、はっきりと告げた。
「俺はこの村に支店を出して、自分の店を増やすつもりはない。人を雇って管理する手間は、うちの規模じゃ抱えきれないからな。あんたがやりたいなら、雇われるんじゃなく、あんた自身の店を持て」
「俺自身の……店?」
若者が目を丸くする。
「そうだ。俺はレシピそのものの使用料は取らない。灰角兎も赤根菜も、元々あんたたちの村の森で採れるもんだ」
俺は黒板の裏に、チョークで三つの条件を書き出した。
「ただし、この串とパイを売るための『提携条件』を三つ定めている」
俺は一つずつ指を折った。
「一つ、うちの衛生管理責任者であるフィーナが定めた『衛生基準』を厳守すること。二つ、うちの整備士ボルグが作る『共通調理台』を適正な価格で買い取ること。三つ、これらを守り、品質を維持する限りにおいて、屋台に《ノマド》の『提携印』を掲示すること」
若者はゴクリと喉を鳴らした。
「俺が売った分の利益は、どうなるんですか?」
「食材の原価と屋台の代金を除けば、すべてあんたのものだ。だが、もし食中毒を出したり、腐った肉を客に食わせるような手抜きをすれば、即座に提携印を剥奪する。客がつくのも責任を被るのも、あんた自身だ」
これは、利益を吸い上げるための従属契約ではない。品質と安全を担保し、彼らが自立して商売を続けるためのルールだ。
若者はその重さに一瞬だけ身をこわばらせたが、すぐに顔を上げ、強く頷いた。
「やります! 俺に、その屋台を売ってください!」
「よし、商談成立だ」
俺が振り返ると、ボルグはすでに腕まくりをしてニヤリと笑っていた。
「へっ、ドワーフの腕の見せ所だな。村にある手押し荷車と廃材を集めな。日が暮れる前に、最高の屋台を組んでやる!」
ボルグの作業は素早く、かつ理にかなっていた。
《ノマド》のような高価な魔石機関や魔導冷却庫を積むわけではない。だが、荷車の車台を補強し、薄い鉄板で囲った炭火台と、火の粉を防ぐ防火板を絶妙な隙間で配置していく。
さらに手洗い用の水桶と、油や灰を落とすための溝までがコンパクトに収められていた。
「どうだ。壊れても素人がその辺の木材で直せる。だが、火だけは絶対に燃え広がらねえ設計だ。これを『規格屋台』の基本形とする」
半日もかからずに完成した屋台を叩き、ボルグが胸を張った。移動販売において、安全で規格化された設備は、店を増やすための絶対的な基礎となる。
夕方。
広場に持ち出された真新しい規格屋台に、若者が炭火をおこした。
俺が教えた通りに、香草の絞り汁に漬け込んだ灰角兎の肉を串に刺し、焼き台に並べる。
串から落ちた脂に炭が小さく爆ぜ、白煙が香草の酸味を運ぶ。火力の調整に悪戦苦闘しながらも、若者は必死に串をひっくり返した。
「よし、焼けたぞ。ニア、食べてみてくれ!」
若者が差し出した最初の一本を、ニアが受け取る。
彼女は鼻をヒクつかせて匂いを確認し、端の一切れにパクリと噛みついた。
「……うん!」
ニアが尻尾をピンと立てて笑った。
「脂の落とし方もバッチリ。酸味もちゃんと効いてる。うちの味と変わらないよ!」
「よっしゃあああ!」
若者が歓声を上げる。
「おう、俺にもその串を一本くれ!」
「こっちにはパイを頼む!」
匂いと活気に引き寄せられ、村人たちが次々と若者の屋台に銅貨を握りしめて集まってきた。
彼は雇われの身ではない。彼自身の屋台で、彼自身の客に、自分の手で稼いだ誇らしい商品を売っているのだ。
「いい顔で焼いているな」
リシアが俺の隣に並び、若者の屋台を見つめながら言った。
「ああ。自分で汗を流して売った飯が、客を笑顔にする。あの快感を知っちまったら、もう商売はやめられない」
一台のキッチンカーが、自分一人で利益を独占するのではなく、他者が成功するための仕組みを作った。
《ノマド》一号店ではなく、最初の提携屋台が誕生した瞬間だった。
村は活気を取り戻し、広場には笑顔が溢れていた。
明日の仕入れの算段をしようと俺が黒板の数字を消していた、その時だ。
「大変だ!! 誰か、村長を呼んでくれ!」
村の入り口から、血相を変えた自警団の男が転がり込むように走ってきた。
広場の喧騒が、一瞬にして凍りつく。
「どうした、何があった!」
長老が駆け寄ると、自警団の男は息を切らしながら、絶望的な声で叫んだ。
「ベルクの町からこっちに向かっていたはずの、穀物輸送隊が……街道で魔物に襲われて、消えちまったんだ!!」
俺は手に持っていた黒板消しを下ろした。
食料不足の村を救うはずだった輸送隊の消失。
ただの魔物の襲撃にしては、あまりにも間が悪すぎる。俺の背筋に、嫌な予感が冷たい汗となって走った。




