第14話 無料で配れば、次の冬に店がなくなる
《ノマド》が灰風街道沿いの村に到着した時、広場に集まっていた村人たちは、亡霊のような目をしていた。
泥だらけの使者の言葉通り、村の備蓄は底をついているようだった。家の影や広場の隅には、やせ細った子どもや老人たちが蹲り、苦しそうに荒い息を吐いている。
金環商会からの穀物輸送が途絶え、魔物の脅威で森への狩りにも出られない。それが辺境の村の現実だった。
「フィーナ、冷蔵庫の端にある野菜を刻んでくれ。ボルグは火を最大に。リシアは列の整理だ」
俺は車を停めるなり、展開式カウンターを下ろして即座に指示を出した。
正式な改装を終えた魔導厨房の効率は桁違いだ。排煙筒が白煙を空へ逃がし、四人が同時に動いても動線がぶつからない。
細かく刻んだ野菜と少量の獣脂を塩水で柔らかくなるまで煮込み、フィーナが魔力でちょうど飲みやすい温度にまで下げた温かいスープを作る。
「病人や子どもを前へ連れてこい! これは緊急の救護だ、金はいらない!」
俺が声を張り上げると、村人たちがすがるようにして子どもたちを運んできた。
温かい塩気と、野菜の甘みが溶け出したスープを一口飲んだ子どもたちの顔に、少しずつ血の気が戻っていく。
「美味しい……あったかい……」
それを聞いた健康な大人たちが、たまらず《ノマド》の販売口に殺到した。
「頼む、俺たちにも恵んでくれ!」
「金はないんだ、少しでいいからタダで分けてくれ!」
飢えのパニックが暴動に変わりかける。リシアが大剣の柄に手をかけて前に出たが、彼女の顔にも迷いがあった。
「……店主。食材に余裕があるなら、少しだけなら……」
リシアは戦場での惨状を知っているからこそ、目の前の飢えた村人たちに同情しているようだった。
だが、俺は首を横に振った。
「駄目だ。大人にはタダで配らない」
俺の冷酷な言葉に、村人たちから絶望と怒りの声が上がる。
「なんでだ! 料理の余りくらいあるだろうが!」
「見殺しにする気か!」
俺はカウンターをドンッと強く叩き、騒ぎを沈黙させた。
「よく聞け。今日、俺がタダで飯を配ったとする。あんたたちは腹が膨れて感謝するだろう。だが、俺の店は移動販売だ。いずれ別の町へ行く」
俺は村人たちの顔を順番に見据えた。
「俺がいなくなった次の冬、あんたたちはどうやって生きていくんだ? タダの飯に慣れちまったら、誰も働かなくなる。商会に足元を見られても逆らえなくなる。俺はあんたたちを乞食にするために来たんじゃない。商売をしに来たんだ」
善意の施しは、一時的な自己満足にはなるが、長期的には地域の経済と自立を損なう。それが商売の鉄則だ。
「じゃ、じゃあどうしろって言うんだ……! 俺たちには銅貨一枚ないんだぞ!」
「あんたたちには手足があるだろうが。俺の店は今、人手と材料が足りていない」
俺は黒板をひっくり返し、チョークで文字を書き殴った。
「あんたたちの『仕事』を俺が買う。その報酬で、飯を買え」
俺が提示したのは、単純だが店に必要な作業だった。
調理に使う大量の薪集め。浄水器に通すための井戸水の運搬。《ノマド》の走行で傷んだ街道の瓦礫撤去。
「俺の車の整備を手伝う奴には、日当を出してやるぞ! 手先が器用な奴はこっちに来な!」
ボルグが工具箱を叩いて声を上げる。
「森の浅いところならあたしが安全を確認するから、食材探しを手伝って! 食べられる草の見分け方は教えるよ!」
ニアも、村の若者たちを集めて指示を出し始めた。
最初は戸惑っていた村人たちも、明確な「仕事」と「対価」を提示されたことで、目の色を変えて動き始めた。
「俺は薪を割る!」
「私は水を運ぶよ!」
広場に、木を割る音や、掛け声を交わしながら働く村人たちの活気が戻ってきた。
夕暮れ時。
働き終えて汗まみれになった村人たちが、一列に並んで《ノマド》の前にやってきた。
俺とフィーナは、彼らの仕事量に応じて、ベルクの町で使われているのと同じ交易銅貨を一人一人に手渡した。
「さあ、あんたたちが自分の手で稼いだ金だ。今日は何を買う?」
俺が尋ねると、先頭の男は誇らしげに胸を張り、握りしめた銅貨を三枚、カウンターの上に置いた。
「一番腹にたまるやつをくれ!」
「毎度あり」
俺は、ベルクのパン屋組合から仕入れてきた黒麦生地を使い、急造オーブンでこんがりと焼き上げた『黒麦チーズと燻製肉の焼きパイ』を差し出した。
男は受け取った熱いパイを両手で持ち、大きく口を開けてかぶりついた。
ザクッという生地の音に続き、溶けたチーズと燻製肉の旨味が広がる。男は熱さに目を白黒させながらも、涙を浮かべて咀嚼した。
「うめえ……! なんだこれ、うめえよ!」
男の叫びに、後ろに並んでいた村人たちも次々と銅貨を払い、パイを受け取っていく。
彼らの顔にあるのは、施しを受けた惨めさではない。自分の労働で正当に対価を得て、美味い飯を食うという「客としての誇り」だった。
「すごいですね、店長」
フィーナが売上記録をつけながら、嬉しそうに微笑んだ。
「無料のスープを配った時よりも、みんなずっといい顔をして食べています」
「当然だ。タダの飯より、自分で稼いで選んだ飯の方が何倍も美味く感じる。それが人間のまともな精神の働きだからな」
善意だけで地域を壊さず、俺の店には利益が入り、村には経済の循環が生まれた。
俺が商売人としての手応えを感じていた、その時だった。
「店長ーっ! 見て見て、食材山ほど見つけてきたよ!」
森の探索に向かっていたニアが、若者たちを引き連れて広場に帰ってきた。
彼女が背負っていた大きな麻袋をドサリと地面に下ろすと、中からゴロゴロと赤い色をした泥だらけの植物の根と、野ウサギのような魔物――灰角兎の死骸が大量に転がり出た。
「すごいだろ! 森の奥に群れがいたから、罠を張って捕まえてきたんだ!」
ニアが尻尾をピンと立てて誇らしげに報告する。
明日の仕入れに必要な品は揃った。俺がそう思ってニアを労おうとした瞬間。
パイを食べていた村の大人たちの顔色が一斉に青ざめ、彼らは怯えたように後ずさった。
「馬鹿な……それを村に持ち込むな!」
村の長老らしき男が、震える指で赤根菜と灰角兎を指差した。
「それは、数年前の大飢饉の冬に、俺たちが泥水をすすって生き延びるために食った、忌まわしい雑草と臭い肉だ! そんなもの、金をもらっても二度と食いたくねえ!」
村人たちが口々に同調し、嫌悪の表情を浮かべる。
食材は豊富にある。だが、客はそれを「食べ物」として認識することを強烈に拒絶していた。




