第10話 十二食売れ残った。でも、一人見つけた
試験営業三日目の夕暮れ。
広場から客が消え、冷たい風が吹き抜ける中、鉄板の横には『黒麦チーズと燻製肉の焼きパイ』が十二個残っていた。
「店長……私の声掛けが足りなかったんでしょうか」
フィーナが肩を落とす。
「違う。商品設計の問題だ」
「味は悪くありません。残りを半額にすれば――」
「それはやらない。閉店前に値を下げれば、明日から客は安くなる時刻まで待つ。定価で買った客にも失礼だ」
俺は冷めかけたパイを割った。
黒麦の香ばしさ。燻製肉の塩気。山羊乳チーズの厚いコク。味そのものは悪くない。
悪くない商品が、売れる商品とは限らない。
翌日の昼、俺は販売口をフィーナへ任せ、鉱夫たちの食べ方を見た。
広場の端で、赤銅色の肌をした男がパイを二つに割り、仲間と分けている。一人では量が多いのか。それとも銅貨三枚が高いのか。
俺は「量と価格」が障害だと仮説を立てた。
その夜、パイを三分の二まで小さくし、銅貨二枚の商品へ作り直した。休憩の短い鉱夫でも食べ切れ、買いやすくなるはずだった。
試験営業四日目。
小型パイは開店直後こそ動いた。だが、二度目の列ができない。
食べた鉱夫は必ず水筒を長くあおり、舌を拭うように口を動かしてから仕事場へ戻っていく。午後の交代鐘が鳴る頃、鉄板の横にはまだ八個残っていた。
量ではなかった。
俺は一度、外した。
「値段を下げても、売れ残りは減っていません」
フィーナが黒板を見つめる。
「携帯性は上がった。それでも、客が二度目を選ぶ理由にはならなかった」
客を三分見れば正解が降ってくるわけじゃない。見えるのは、試すべき仮説までだ。当たったかどうかは、食べた後の客しか教えてくれない。
悔しさはあった。
だが、間違った仮説に固執する方が、失敗より高くつく。
客足が途切れた頃、少し離れた木陰からこちらを見ている少女に気づいた。
小柄な体に、擦り切れた貫頭衣。くすんだ金髪の間から山猫の耳が出ている。細い尻尾を揺らしながら、厨房の匂いを嗅いでいた。
俺は売れ残った小型パイを一つ温め直し、少女へ差し出した。
「腹が減ってるんだろ。これをやる」
「ただで?」
「条件がある。食べて、悪いところを言ってくれ」
少女は警戒した。
「荷運びも、森の先触れもしなくていいの?」
「試食だけだ。褒める必要もない」
彼女はパイを受け取り、まず鼻先へ近づけた。
「焦げた麦と脂の匂いはいい。肉も腐ってない」
一口目では耳が立った。二口目の途中で動きが鈍り、少女は水を探すように周囲を見た。
焼き目の香ばしさの後から、燻製肉の塩気と溶けたチーズが舌へ重く残る。小さくした分、皮と具の比率はむしろ悪くなっていた。
「最初の二口はうまい。でも、小さくしても同じだよ」
「何が同じだ」
「生地が口の水を吸う。チーズと塩肉が舌に残る。これを食べてすぐ石割りに戻れって言われたら、胃も足も重くなる」
俺が見落とし、一度目の改良でも外した答えを、少女は匂いと数口の感触から言葉にした。
「……その通りだ。俺の設計ミスだ」
少女が目を丸くする。
「怒らないの? 獣人が人間の料理に文句をつけたら、大抵は怒鳴られるけど」
「正しい指摘に怒る商売人がいるか。俺は拓海だ。あんたは?」
「ニア。ニア・ファング」
「ニア。最高の試食担当だ」
彼女は驚いた後、山猫の牙を見せて笑った。
「理由が分かっただけじゃ、売上は戻らないでしょ?」
「直し方も分かるのか」
ニアは食べかけのパイを掲げた。
「生地を薄くして、酸っぱい野菜と汁気を足す。売るのは広場じゃない。南鉱口の交代鐘が鳴る前。そうすれば、十二個じゃ足りないよ」




