第4話 レベルアップ
私は意味が分からず、思わず聞き返す。
「れ、レベルが上がってるって、どういう意味ですか……?」
彼女は何もない空間を見つめたまま、何度も瞬きをした。
自分のステータスを確認しているらしい。
「ソフィーさん?」
「71……71になってる……!」
71──というのは、レベルのことだよね。
さっき聞いたところによると、ソフィーさんのレベルは69だったはず。
つまり、ソフィーさんの言う通り、レベルが2上がったってことになる。
私がようやく納得したところで、ソフィーさんから衝撃の事実が告げられる。
「この一年、どれだけ魔物を倒しても、レベルが一つも上がらなかったのに……!! それが、今の一瞬で二つも……!!!」
ソフィーさんがふらふらと立ち上がる。
そして勢いよく顔を上げると、信じられないものを見るような目で私を凝視した。
「ま、まさか……あまりのレベル差に、戦闘経験値が異常な量貰えてる……というの? だけど、これだけの戦闘経験値が入る攻撃を受けたなら、私はとっくに死んでいるはず……」
ソフィーさんによると──。
この世界では、レベルアップするには一定量の経験値を取得する必要がある。
ここまでは、よくある普通の話。
ただその経験値には二種類あるらしい。
『討伐経験値』と『戦闘経験値』の二つだ。
討伐経験値は、その名の通り『相手を倒すことで得られる経験値』。
平たく言うと、魔物をやっつければ貰える。
一方の戦闘経験値とは、『戦いの中で得られる経験値』のこと。
例えば、人と人同士の模擬戦。
相手の命を奪うまではしないので、討伐経験値はもらえない。
だけど、戦闘経験値はもらえるわけだ。
そしてこの戦闘経験値なんだけど──普通は無視されるほど小さいんだとか。
それはレベル差がある場合──例えば、レベル1とレベル70が戦った場合も同様で、レベル1にもあまり戦闘経験値が入らない。
それもそのはず、レベル70側は、レベル1が死なない程度の攻撃しかできないからだ。
つまり、模擬戦などの人と人の戦いは、レベルアップを目的とするんじゃなくて、アドバイスをしてあげたり、技術を教えてあげる目的で行われるわけだ。
レベルアップしたい場合は、ダンジョンに潜って魔物を倒して、討伐経験値を得る方がずっと効率が良い、ということだった。
「な、なのに、レベルが2つも……どういうことなの!?」
ソフィーさんが戸惑った様子で声を荒げる。
そんなこと、転生したばかりの私に聞かれても……。
「わ、分からないです」
「……もう一度、手合わせして頂戴」
「……え? いやいや、待ってください! まず怪我は──」
私がそう言い終わる前に、ソフィーさんが自分の胸元に手を当てる。
そして何かを呟くと、ソフィーさんの身体が柔らかな光に包まれ──なんと、みるみるうちに傷が治っていった!
「──ほら。怪我は治したわ。もう一度やりましょう」
「ええっ凄っ!? 何が起こったんですか!?」
「知ってるくせに。魔法よ。ほら、行くわよ……!」
知らんわ!──と私が言う前に、ソフィーさんが急激に距離を詰めてきた。
そして《蒼炎波》や《煉獄衝》を織り交ぜながら、一気に攻め立ててくる。
その猛攻は、さっきまでより明らかに激しい。
それはレベルアップのおかげなのか、それともソフィーさんの中で何か吹っ切れたのか……分からないけど。
──まあ、とりあえずさっきの反省を生かして、今度はさっきよりずっと弱く、木刀をぶち込んで黙らせよう。
そりゃっ!
猛攻の合間に差し込んだ私の一撃を、ソフィーさんが超反応で何とか受け止める……んだけど。
──ボグゥッ!
「ぐうぅっ……っ!」
ソフィーさんは一撃を受け流しきれず、何歩も後ずさった。
……これで満足してくれたかな。
「……ちょっと。ちゃんとやって!!!」
途端、ソフィーさんが声を荒げる。
今日一の怒気を孕んだ声に、私は思わず肩をビクつかせた。
「ひいっ!!」
「……一年よ」
「……え?」
「一年間、何をしても上がらなかったの。これまでは順調だったのに。急に……レベルが、上がらなくなった」
ソフィーさんは木刀を下ろし、うつむいた。
「ダンジョンに潜る回数も増やして、危険を承知で魔物との戦闘回数も増やして……お爺様に指南してもらって。それでもずっと、69のままだった」
さっきまでの苛立った声とは違う。
静かだけど、切実な声だ。
「怖くて仕方なかった。『ここが私の限界なんだ』──そう思ったから。もう私は、これ以上強くなれない……ダンジョンの最奥を目指すことはできないんだって思うと、ずっと眠れなかった。それが──」
ソフィーさんが顔を上げる。
その顔には、涙と共に笑顔が浮かんでいた。
「……それが、今、たった一瞬で……! 長い長い闇が、一瞬で晴れたの! あなたのおかげよ、マコトさん。……だからお願い、もう一度、本気の一撃を私に頂戴……!」
ソフィーさんは好き勝手に自分の気持ちをぶつけてすっきりしたのか、そのまま一気に私へと突っ込んでくる。
そんなソフィーさんに、私は──。
「……私だってダンジョンの最奥を目指すことはできないんだよ!!!!!!アレルギーで!!!!!! いきなりそんな思いの丈をぶつけられても、こっちは転生したばかりでダンジョン出禁になったっつーの!!!!!!」
そんな、万感の思いを込めて、私は木刀をソフィーさんに思い切り叩きこんだ。
──ドグシャアアアアアッ!!!
「ぐぼおぉぉっ!!!」
ソフィーさんが、まるでホームランボールのような軌道で、訓練場の空を飛んでいく。
その勢いのまま、ソフィーさんは背中から壁にべちゃっとぶつかり、ずるずると壁を滑り落ちて、その場にへたり込んだ。
──しばらくの沈黙が訪れる。
……や、やりすぎた…………!?
つい、私もアレルギーのイライラをソフィーさんにぶつけてしまったんだけど……!
私は慌ててソフィーさんに駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか……!? 生きてる!?」
「…………上がった」
「え?」
「また、一つ……」
ソフィーさんが、ゆっくりと私を見上げる。
「これで、72……リンギッテに並んだ……!」
その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。




