第3話 vs 至級冒険者ソフィー
──さっきまで聞こえていた公開稽古の音がぴたりと止まり、辺りが一瞬、静まり返る。
「……ん? 四千?」
「今、四千って聞こえなかったか?」
「……いや、聞こえたけどありえなくね? 故障でしょ」
「でもあれ、旧式だろ? 故障って聞いたことないけど」
──そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
……注目を浴びるのに慣れてない私は、なるべく周りと目を合わせないように身を縮めながら、記録用紙に『4701』と書き込んだ。
……さっさと終わらせて退散したい。
次の測定は──っと。
「ちょっと、あなた」
「……はい?」
なるべく目立たないように努めていた私は、突然声をかけられて顔を上げる。
目の前には、例の至級冒険者──ソフィーさんが立っていた。
木刀を片手に、私をじーっと見つめてくる。
さっきまでの不機嫌そうな顔とは違い、何かを見定めるような目をしていて、少し怖い。
「もう一度やってみなさい」
「──え、ええっ……?」
ソフィーさんがこっちに来たせいで、さっきよりもっと衆目を集めてしまっている。
早く逃げたい気持ちだったけど、ソフィーさんがそれを許してくれそうもないので、仕方なく私はもう一度木刀を測定機に叩きつけた。
『測定結果を発表します! あなたの【筋力】は──4701、4701です!』
……まあ、そうだよね。
同じ結果が発表され、ソフィーさんがわずかに目を見開く。
「……ちょっと、代わって」
今度はソフィーさんが、持っていた木刀を測定器に振るった。
『測定結果を発表します! あなたの【筋力】は──383、383です!』
自身の結果を聞いて、彼女の眉がぴくりと動いた。
「……私の数値は、いつもどおりね」
「そ、そうなんですね……」
「あなた、名前とランクは?」
「え、あの……」
「教えて頂戴」
「は、はい……。クロノ・マコトです。ランクは──まだ冒険者登録ができてなくて……」
「……登録用のステータス測定中、ってことね」
ソフィーさんの目が、私の顔から、私の手元の記録用紙へと移る。
「は、はい……測定結果がおかしいってことで、登録できなくて……」
「ふうん……」
ソフィーさんは私の全身をじろじろと眺めると……。
「あなたも私の公開稽古に参加して頂戴」
「……はい?」
予想だにしていなかったことに、私は面食らう。
な、なんで……?
「ただの興味よ。その数値が本物なのか、どうなのか」
「い、いや、私は測定しに来ただけでして……」
「一度だけでいいわ。あと、そうね……私の権限で、冒険者登録させてあげる。測定結果がなくてもね」
「え、ええっ!?」
……実際、ソフィーさんの提案は魅力的ではある。
きっと、何度測定しても結果は同じで、異常値としてなかなか冒険者登録が完了できないはず。
だって、その異常値が実際のステータスなんだから。
ダンジョンアレルギーだから冒険者になっても仕方ないかもしれないけど、身分証は欲しいところだし……。
というわけで、私はソフィーさんの公開稽古に参加することになった。
◇
訓練場の中央で、私とソフィーさんが向かい合う。
私の手、そしてソフィーさんの手には、木刀が握られていた。
……これなら《一撃不殺》が使える。
だから不用意に攻撃して、ソフィーさんを殺してしまうことはないはず。
やっぱり追加でつけてもらって良かった……!
……こんなにすぐに役立つとは思わなかったけど。
「遠慮はいらないから、いつでもかかってきなさい」
もちろんのことながら私に剣の覚えなどない。
なので、かかってこいと言われても、どうかかっていけばいいのか分からない……。
「えっと……すみませんが、ソフィーさんからお願いできますか……?」
「……そう。なら、すぐに終わっても文句言わないことね」
いや、早く終わってほしいんです私は……!!
そう思ったのも束の間、ソフィーさんが木刀を構えた途端、場の空気が変わった気がした。
「行くわよ──!」
刹那、ソフィーさんが身体を滑らせるように、一気に距離を詰めてくる。
さっきまでとは違う、見惚れるような滑らかな動きだ。
そして、最後に大きく踏み込むと、勢いそのままに木刀を横薙ぎに振るった。
私も慌てて木刀を構える。
──すると、まるで身体が覚えているかのように、自然と身体が動いた。
半歩、後ろに下がると、木刀が私の目の前を通り過ぎる。
……おおっ! これはもしかして《万物習熟》のおかげ……!?
きっと木刀を構えたことで、熟練者のように戦えるんだ……!
「……っ」
ソフィーさんは避けられたと見るや、そのまま手首を返す。
二連撃目だ。
でも、私の身体はまるでそれを予期していたかのように、勝手に攻撃を避けてくれる。
さらに間髪入れず、怒涛の三連撃がソフィーさんから繰り出される。
縦振り、袈裟斬り、突き──あらゆる攻撃を、私の身体は全自動で避けてくれた。
私はソフィーさんの猛攻を避けつつ、その流麗な剣さばきに感嘆を覚えていた。
これが本物の剣技……かっこいい。
「……あなた」
ソフィーさんが、少し距離を取る。
「見えているのね?」
「見えているというか、何というか……」
身体が勝手に、というか……。
そんな曖昧な返事を、「攻撃が生ぬるくて反応に困っている」と受け取られたらしく、ソフィーさんはひどく悔しそうな顔をした。
──周囲から息をのむ音が聞こえてくる。
「……これまでのはお遊び。行くわよ……!」
ソフィーさんは、息をつく間もなく攻め立ててきた……!
さっきまでとは違う、何というか、本当に殺す気か!──って感じの攻撃の数々。
それら全てを、私の身体は全自動で避けてくれる。
「──っ! 《蒼炎波》!」
ソフィーさんの一振りとともに、剣から青い炎が出て、私に襲い掛かった!
こ、これは避けられない……!
……と思ったら、私の腕が勝手に動いて、木刀の一太刀でソフィーさんの炎を打ち消した。
──途端、周囲からざわざわと声が聞こえてきた。
「……え、今、ソフィーさん剣技使ったよな……?」
「た、たぶん」
「……稽古で剣技って、流石にやりすぎじゃね?」
「……殺す気、なのか?」
どうやら、さっきの一撃は剣技というらしい。
読んで字のごとく、剣を用いた技ってことだよね。
……確かに、駆け出し冒険者向けの稽古で剣技を使う先生とか嫌だよ……。
一方のソフィーさんは、目を白黒させていた。
「……! 私の《蒼炎波》を、木刀で、一太刀で……!?」
そして、口元に楽しそうな笑みが浮かぶ。
「じゃあ、本当の本当に、本気で行くわよ……!」
それから、ソフィーさんは次々と剣技を披露してくれた。
《炎舞陣》──炎をまとった剣による超連撃。
《煉獄衝》──すさまじい衝撃波だった。
《大炎上》──なんか周りが炎だらけに。
「おいっ! もっと下がれ! 焼き殺されるぞ!」
周囲の冒険者たちが、慌てて訓練場の端まで距離を取る。
ソフィーさんは周りのことなどもう眼中にないらしく、私だけをずっと見つめていた。
「──っはぁ、はぁ……。あなた、信じられないくらいやるわね。私の剣技を涼しい顔で……。でも、次はどうかしら? 私の最大の一撃を受けられる?」
「──まさか!? ちょ、ちょっとお待ちください、ソフィー様! そんなことをしたら、訓練場どころか冒険者ギルドが崩壊してしまいます……!」
……えっ?
今、冒険者ギルドが崩壊するって言った……?
いやいや、稽古でどこまでやる気なの!?
「ちょっとソフィーさん! 一旦ストップ、ストップ!」
「何よ、怖気づいたの! でも、どうしてかしら……あなたなら止められそう……。受けてみなさい、私の《焔天焦》を……!」
……途端、周囲の冒険者たちが一斉に声を荒げた。
「──《焔天焦》!? やばいぞ、逃げろ! 巻き込まれたら本当に死んじまうぞ!」
「ギルドが崩壊する! 外に出るんだ!」
周囲の冒険者たちは我先にと訓練場から出ていき、私とソフィーさんの二人だけになった。
ま、マズい……!
このままだと、本当に大変なことになってしまう……!
し、仕方ない。私も攻撃して、ソフィーさんを止めないと……!
私は木刀を構えると、大技を放とうと構えているソフィーさんに近付き、バコッと一撃を加えた。
「ぐおぉっ──!!!」
ソフィーさんが、獣のような声とともに、大きく吹き飛ばされる。
そのまま数メートルほど宙を舞い、地面を転がった。
何度も転がり、そしてやっと止まる。
……しばし、二人の間に沈黙が訪れた。
「…………そ、ソフィーさん?」
やりすぎた……?
し、死んでないよね……!?
転生早々、殺人犯とか嫌だよ私!?
い、一応……正当防衛……だよね。
私は一応殺人の言い訳を心の中に浮かべつつ、ソフィーさんの様子を伺う。
……すると。
「……上がってる」
「え?」
「……レベルが、上がってる」
よろよろと上体だけ起こしたソフィーさんから、そんな声が聞こえてくる。
その目は、大きく見開かれていた。




