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取り壊し予定の幽霊屋敷に転生したけど、住人の満足度は星五つです

掲載日:2026/09/28

目が覚めたら、屋根に穴が開いていた。


……いや、違う。


私の、屋根に、穴が開いている。


そこから吹き込む風も、雨に濡れて腐りかけた柱も、三階の廊下に空いた大きな穴も──全部、自分の身体のことみたいに分かる。

というか、自分の身体なんだけど。


────────────────────

《名 前》 ■■・■▲●■

《種 族》 幽霊屋敷

《L V》 1

《宿泊者》 0

────────────────────


……意識の中に浮かんでいる文字を、私はもう一度読んだ。


──幽霊屋敷。

……なるほど。つまり私は、幽霊屋敷になってしまったらしい。


……どうして?

確か、人間だったはずなのだ。


ご飯を食べて、お風呂に入って、布団で寝ていた。そういう記憶はある。

だけど、自分の名前や姿を思い出そうとすると、そこだけぽっかり穴が開いていた。


どうやって死んだのか、そもそも死んだのかも分からない。

それなのに、こういう状況を『転生』と呼ぶことだけは分かるのだから、余計なことばかり覚えているな、と思う。


……せめて、もう少し役に立つことを覚えていてほしかった。

廃屋のリフォーム方法とか。


なぜなら、私の身体は、ひどい状態なのだ。


私は三階建ての、そこそこ大きな屋敷らしい。

部屋は十数室あって、食堂も、厨房も、トイレだってもちろんある。


ただし、ほとんどが使用不能だった。

水道は出ないし、火は出ない。

それに、何だかジメジメしているのが分かる。


窓は割れているし、扉は傾いているし、壁には黒い染みが広がっている。

廊下の隅には蜘蛛の巣があって、そこら中に濁った水が溜まっている。


どう考えても、人が住める状態ではないことは明らかだ。

私がここに住めと言われたら、霊障による死を覚悟するだろう。


──そんな悲しい自己評価をしていると、庭の方から声が聞こえてきた。


「やはりもう駄目だな。この屋敷は」


錆びた門の前に、二人の男性が立っていた。


一人は、立派な口髭を生やした恰幅のいい人。

もう一人は、眼鏡をかけた細身の人だ。


どちらも、普段滅多に見ない感じの服を着ている。

それに、腰には短剣……少なくとも、ここは日本じゃなさそうだ。


「修繕費だけでも相当かかる。そちらも、このまま土地を遊ばせておくわけにはいかないだろう」

「当然。屋敷を取り壊して、倉庫でも建てた方がいい」


……んんん?

今、“取り壊す”……って言わなかった?


「解体の手配はついたのか?」

「ああ、それなんだが……九十日後になった。組合の手が空いてないらしくてな。その前日に、私たちでもう一度中を確認しよう」

「それで決まりだな」


いやいや、決めないでよ。

私を差し置いて。


慌てて声を出そうとした……のだけど、口がないので声も出ない。

手を振って気付いてもらおうにも、振る手もない。


玄関の扉を動かすことなら、何故かできる気がした。

必死に意識を向けると、ギギギ……と嫌な音を立てて、玄関の扉が少しだけ開いた。


それに気付いたらしい二人が、こちらを見た。

よし! 気付いてくれた!


「……やはり、さっさと潰した方がよさそうだな」

「……まったくだ」


ち、違う!! 今のは脅かそうとしたわけじゃなくて……!!!

そんな私の気持ちは届かず、二人は足早に庭を出ていってしまった。


──残されたのは、九十日後に取り壊されると聞かされた、幽霊屋敷の私だけ。


……ハードモードすぎませんか? 神様……。



◇



もちろん、そのまま潰されるつもりはない。


何とかできないかと意識の中に文字として浮かんでくる情報を調べていると、少し希望の持てる説明が見つかった。


────────────────────

> 宿泊者の滞在時間と満足度に応じて、経験値を獲得します。

> レベルアップによって、建物の損傷が修復され、新たな《能力》を習得します。

────────────────────


宿泊者──つまり、誰かが私に泊まってくれれば、私は経験値を得られるわけだ。

そしてレベルが上がれば、このボロボロの屋敷も勝手に治っていく。


……つまり、立派な普通の屋敷になって、ここに住みたいとみんなが思ってくれれば、もしかしたら取り壊すのを考え直してくれるかもしれない……。


そして、この《能力》。

レベルが上がれば、新しいものも使えるようになるらしいけど……今の自分に出来ることは、ヒドいものだった。


────────────────────

《能 力》

【血文字】 敷地内に、血で文字を書くことができる。

【怪異の食卓】 テーブルの上に、気味の悪い料理を出現させる。

【灯火】 建物内を薄暗く照らすことができる。

────────────────────


……これ、宿泊者をもてなす能力じゃなくて、追い出す能力じゃない……?


その他には、一応、扉や窓をある程度動かせることが分かった。

屋敷の中と庭の様子も分かるみたいだ。


でも、自分で壊れた床を直したり、埃を一掃したりはできない。


つまり、今の私にできるのは、文字を血で書くことと、不気味な料理を出すことと、薄暗い明かりを灯すことだけ。


……いや、考えようによっては、最低限の宿泊サービスは揃っている……?


血文字で案内して、食事を提供できて、一応明かりもある。


私なら、そんなところ絶対泊まりたくないけど。


……とりあえず、試しに門の柱に、血文字を浮かべてみる。


『泊まっていきませんか』


石の表面に、ジワリと赤い文字が現れる。

文字の端から、血が一筋垂れた。


……怖い。怖すぎる。自分でやっておいてなんだけど。


少し悩んで、下に一文を付け足すことに。


『無料です』


──すると、遠くを通りかかった人が、こちらを見た。

そして、足を速めた。


ですよね。私もそうするもん。



◇



そのまま、一日が過ぎた。

二日目が過ぎた。

三日目の夕方になっても、門を潜る人は現れなかった。


宿泊者がいなければ、経験値ももらえない。

だからレベルも上がらない。

このままじゃ、レベル1のまま、すぐに取り壊しの日になってしまう。


そんな、三日目の晩。


そろそろ門柱の血文字を書き直そうかと思っていたとき、庭の隅に、何かがいることに気づいた。


──人だ。


女性が一人、崩れかけた塀の陰に座り込んでいた。


長い黒髪が顔を覆っていて、表情は見えない。

着ている服はくたびれていて、裾は泥だらけだった。


そんな彼女は、具合が悪いのか、膝を抱えたままほとんど動かない。

……お客さん、という感じではなさそうだ。


私は、女性のすぐそばの塀に意識を向けた。


『こんばんは』


赤い血文字が浮かぶ。


女性が、それに気付いてびくっと肩を震わせた。


ゆっくりと顔を上げて、塀を見る。

長い前髪の隙間から、色の薄い目が覗いた。


……しまった、具合が悪い人を、さらに怖がらせたかもしれない。

慌てて、続きを書く。


『大丈夫ですか』


女性は、しばらく血文字を見つめていた。

それから、小さな声で言った。


「……この家の、幽霊ですか?」


幽霊……ほぼ合ってるけど。


『家そのものです』


「……家?」


女性が、ゆっくりと私を見上げた。

彼女が何を考えているのか分からないけど、不思議と、怖がっているわけではなさそうだった。


しばらく沈黙が続く。

それから彼女は、少し首を傾げた。


「……何か、ご用ですか」


──会話してくれそうだ!

私は三日ぶり、というか、転生して初めての会話相手に舞い上がりながらも、急いで次の血文字を書いた。


『泊まるところはありますか』

「……ないです」

『よかったら、どうですか』


ここで、ぎいっと玄関の扉を開く。

そして廊下に並ぶ燭台へ、順番に火を灯した。


……いや、絶対に泊まっちゃダメな演出になってない?

舞い上がって、ミスってしまった……?


だけど、女性は立ち上がり、こちらへ歩いてきた。


「……お金、あまり持ってないんですけど」

『無料です』

「……そうですか」


私は一階の廊下に血文字で矢印を浮かべ、彼女を奥へ案内した。


行き先は、管理人室。

私の中で、一番状態のいい部屋だから。

床は抜けていないし、窓も割れていないし、一応ベッドと小さなテーブルもあるし。


女性は部屋に入ると、しばらく辺りを見回した。


「……暗くて、いい部屋ですね」


……一瞬、嫌味を言われているのかと思ったけど……。


「……落ち着く」


そう言って、女性は、ベッドに腰かけた。


「……日当たりも悪いんですね。素敵……」


……これ、プラスのレビューなの? マイナスのレビューなの?

そう思って、直接血文字で聞いてみる。


『嫌ではないですか』

「……はい。明るいところ、苦手なので」


……ふう、よかった。

暗い部屋にも需要があるんだね。


彼女は敷布の埃を手で払い、脱いだ靴をきちんとベッド脇に揃えた。


そのとき。


──ぐうっ。


そんな小さな音とともに、女性がお腹を押さえる。


「……すみません。ずっと、何も食べていないもので」


……よし、ここは私の出番だ。

彼女に、気味の悪い料理を用意してあげよう。


『お食事をご用意します』

「……ご飯まで?」


私はテーブルに意識を集中させた。


──【怪異の食卓】。


すると、小さなテーブルの上に、干からびた人の手にそっくりな、黒いパンの乗った皿が一枚、現れた。


続いて、黒いスープが注がれたお皿だ。

スープの表面には、何か白いものが浮かんでいる。

……目玉に見えるけど、流石に違うよね?

しかも、女性の方を見ているように見える……。


もう一つ現れたお皿の上では、何の肉か分からない細長い肉が、ピクリと動いた気がした。


……思ってたより気味悪い……!

だ、出さない方が良かったかな?

でも、身体に害はないことは分かるんだけど……。


私は慌てて、テーブルの端に血文字を出した。


『食べられます』


女性が、血文字と皿を交互に見る。

やがて、そっと匙を取った。


そして、いきなり目玉をすくった女性は、小さく息を吹きかけてから、口に入れた。

……それからいくんだ。


もぐ、と頬が動く。


「……おいしい。茸のスープ……好きです」


あ、その目玉みたいなの、キノコだったんだ……。

しかも美味しいんだね。自分で出しといてアレだけど、意外だ。


女性は静かに食事を進めた。


ときどき、ぴくぴく動く肉を眺めている。

嫌なのかと思ったら、どうやら、気に入っているらしかった。


そして、食べ終わる頃には、女性から話しかけてくれるほど、肩の力も抜けていた。


「……私、ネルといいます」

『よろしくお願いします』

「……お屋敷さんは、お名前、ありますか」


……私は少し考えてから、文字を書いた。


『思い出せません』


ネルさんは、その文字をゆっくりと読んで、少し考える。


「……じゃあ、お屋敷さん」


それから、前髪の奥で目を細めた。


「……今日は、ありがとうございます」


……こちらこそ。


私の中に、初めて人が泊まっている。

そんな異常事態なんだけど、何だか、とても嬉しかった。


翌朝、ネルさんは出ていかなかった。


彼女は目が覚めると、まず部屋の掃除を始めたのだ。

床を拭いて、窓辺の埃を払って、廊下に落ちていた木片まで片づけている。


『何をしているんですか』

「……泊めてもらった、お礼です」


それから、少しためらうように手を止めた。


「……お屋敷さんが、嫌でなければ……ここに住ませてもらえませんか」


……私は、嬉しくて部屋の扉をパタパタと開く。


ネルさんがびくっとする。


……落ち着こう。私は建物なのだから、喜び方にも気をつけないと。


『大歓迎です』


急いでそう血文字を書くと、ネルさんはほっとした様子で胸に手を当てた。


「……私、愛想よくするのが下手で。仕事も何度も辞めさせられてしまって。戦えるわけでもないので、冒険者にもなれなくて」


冒険者……ということは、やっぱりこの世界は異世界──ファンタジーの世界なんだろう。

初日の二人の服装からも察していたけど。


ネルさんは、明るく振る舞えと言われるのがストレスで、疲れてしまっているらしい。

そのうち、家賃も払えなくなったのだという。


「……でも私、掃除とか洗濯とか……帳面をつけるのは、できます」


帳面……そうだ、今こそ無料だけど、いつかはお金をもらう必要があるだろう。

“有料でも宿泊客が来る”──そう、あの二人に思ってもらわないと、取り壊しは免れないと思う。


だから、ネルさんはまさに渡りに船だ。

今の私は掃除も洗濯もできないし、帳面をめくる手もないから。


だから、ネルさんには包み隠さず伝えておかないと。


『実は、取り壊しが決まっています』


ネルさんの手が止まった。


そこで、私はこれまでの話を書いた。


九十日後に取り壊す予定であること。

泊まる人が増えると成長して、壊れたところを直せること。

だから、何とか宿泊者を増やしたいこと。


ネルさんは、最後まで黙って読んでいた。

それから、ゆっくりとした声で話し始める。


「……壊すの、もったいないですね。こんなに、素敵な場所なのに」


……それを聞いて、私は彼女を泊めてよかったと思った。

自分でもひどい廃墟だと思っていた私を、この人は、本当に気に入ってくれている。


「……でも、普通の人は、嫌がるのかもしれません」

『それはそうですね』

「……だけど私みたいな人……他にもいると思います」

『いるでしょうか』


私の血文字に、ネルさんはクスっと笑った。


「……下宿屋、やってみませんか。私、人と話すのは下手ですけど……お客さんの案内くらいなら、頑張ります」


下宿屋──確かに、もう今からお金をもらって、そのお金で屋敷の中を豪華にした方がいいのかもしれない。

そう思って、『もちろん』と書こうとしたときだった。


────────────────────

> 初めての住人を獲得しました。

> レベルが2になりました。

> 新たに【凍える風】を習得しました。

────────────────────


そんな情報が、意識の中に浮かび上がった瞬間。


──庭に面した壁のひびが、すうっと細くなった。

──腐りかけていた柱に、少しだけ力が戻った。

──崩れていた階段が、何とか歩けるくらいに戻った。


……これが、レベルアップ……!!

この調子で修復されていくなら、レベルが10になる頃には、立派な普通の屋敷になれるかも……!


そして、新しい能力──【凍える風】を、試しに使ってみると。


──ひゅおぉっ!


部屋の隅から、背筋が凍るような風が流れた。

ネルさんの長い髪が揺れる。


「……ひゃあ……」


しまった、寒かったかな。

風を止めようとすると、彼女は気持ちよさそうに目を閉じた。


「……夏も、これなら過ごしやすそうですね」


……よかった、新しい怪異にも、需要があるみたい。



◇



それから、何事もなく五日が過ぎた。

もちろん、宿泊者は未だネルさんだけで、増えていない。


ネルさんが門の前に置いてくれた看板には、こう書かれている。


『下宿人募集。一泊銅貨二枚。食事付き』


私も、その下に血文字で付け足した。


『涼しいお部屋です』


ネルさんは、血文字を眺めて頷いた。


「……いい感じです」


……どうなんだろう。私たち、ちょっと感覚がおかしくなってないかな?


──それでも、彼女がいてくれるおかげで、経験値は毎日少しずつ増えていた。

けれど、次のレベルに必要な経験値は、思っていたよりも多い。

一人を泊めているだけでは、なかなか上がらなかった。


屋敷の持ち主に、借り受けの相談をしたいという手紙も出してもらった。

しかし、返事は『取り壊しの予定に変更はない』だった。


……やっぱり、今の状態では難しいか。


そんなことを考えていた夜のこと。


ばたばた、と慌ただしい足音が近づいてきた。


小さな影が、門の隙間をすり抜ける。

それは、小さな少女だった。

薄汚れた外套を羽織っていて、銀色の髪がぼさぼさだ。

ひどく息を切らしながら、玄関まで走ると、門を振り返った。


「そっちだ!」

「その庭に入ったぞ!」


門の外には、片手持ちの剣と明かりを持った男たちの姿があった。

その姿を見て、少女は後ずさる。

その拍子に、足をもつれさせた。


転んだまま、うまく立ち上がれないみたいだ。

だけど、何とか植え込みの陰に姿を隠すことができたようだった。


……何があったのかは分からない。

もしかしたらこの少女が悪いのかもしれないけど。

……ここで助ければ、泊まってくれるかも?


そう思い、私は庭に足を踏み入れた男たちに向かって、【凍える風】を吹きつける。


「ひいぃっ!? な、なんだ!?」


彼らが持つ灯りが大きく揺れ、小さな悲鳴が上がる。

すかさず私は、門柱に薄暗い明かりを灯し、血文字を浮かべた。


『おかえりください』


じわり、と、文字から赤い雫が垂れる。


「ひっ……!」

「ここ、あの幽霊屋敷じゃないか!」


さらに、二階の窓を一斉に開く。

全然開けてなかったから、ぎいっ、と嫌な音が響いた。


男たちは顔を見合わせ、後ずさった。


「もういい! 俺は知ってんだ、こういうのは入ったら絶対ダメだって!」

「おい、待て!」


足音が遠ざかっていく。

……危ない、入られてたら何もないってバレるところだった。

あるんだね、逆に入ったら勝ちの幽霊屋敷。


私は、少女の前の石畳に血文字を書いた。


『大丈夫ですか』


少女が、びくっと顔を上げる。

その目は、赤く光っていた。


『中へどうぞ』


玄関から管理人室まで、順番に明かりを灯す。

すると、奥の扉が開いて、ネルさんが顔を出した。


「……お客さんですか?」


少女はビクッとしたけど、すぐには動かなかった。


そして、こっそりと石畳に片手を伸ばすと──血文字を、指でそっとなぞり、口に入れる。


……え、今、舐めた?

こわっ。


私がゾっとしていると、少女が声を上げる。


「……泊まっても、いいの?」

「……はい。ここは下宿屋ですから」

「お金ないよ?」

「……どうしますか、お屋敷さん」


答えはもちろん。


『無料でいいです』


……まずは、宿泊客を増やしてレベルを上げるのが先決だしね。


少女は、石畳に浮かんだ無料の文字に触れると、立ち上がった。



◇



ミラ──そう名乗る少女を、ネルさんに管理人室まで案内してもらう。

そしてネルさんが身体を拭くための布を用意してくれている間に、私は食事を出した。


献立はもちろん、いつもの。

目玉の浮かんだスープと、ぴくぴく動く肉、そして腕の形をした黒パンだ。


それでも、お腹が空いていたのか、ミラちゃんは文句ひとつ言わずスープを一口。

そして、小さく「おいしい」と言ってくれた。


私には分からないんだけど、どうやら料理は本当にそこそこイケるみたいだね。


そう思ったのだけど、ミラちゃんはその後、あまり匙が進まなかった。

パンを少しかじったくらいで、肉には手も着けなかった。


……やっぱり、美味しくなかった?

私がうぬぼれていただけ……?


そう思い落ち込んでいると、ミラちゃんが小さい声で言った。


「ごめんなさい。あまり食べられなくて……」

『すみません。こんなものしか出せず』

「違うの! その……」


ミラちゃんは、そこで口ごもってしまう。

……どうしたんだろう。


私は、これまでのミラちゃんを思い返してみる。


何者かに追われて、逃げて来た、銀色の髪に、赤い目をした少女。

そして、庭先では私の血文字をこっそり舐めていた。


……もしかして、もしかする?


ミラちゃんは聞かれたくないかもしれないけど、このままじゃ埒が明かないので、血文字で聞いてみることに。


『吸血鬼ですか』


彼女の肩が、大きく跳ねた。

そして俯いて、消え入りそうな声で言う。


「……ごめんなさい。黙ってて、ごめんなさい」

『問題ありません』


そして、急いで付け足す。


『ご飯が合わなかったのかと思って』


──すると、ミラちゃんは意を決したように話してくれた。


ミラちゃんは、吸血鬼の家系らしい。

ご両親は、もういないそうだ。


普通の食事も食べられるが、やはり血を飲まないとダメなんだとか。

ミラちゃんいわく、身体に力が入らなくなるらしい。


だから、ひっそりと血を吸って生きて来たという。

そして、今日ついに見つかり、追いかけられていたそうだ。


「……血を吸ったら、ダメってみんな言う。でも、じゃあ私はどうしたらいいの……?」


ミラちゃんの声が、更に小さくなり、もう消え入りそうだった。


「……生まれてこなければよかったのかな。私、生きてちゃダメなのかも」

『そんなわけありません』


考えるより先に、血文字が走る。


当たり前だ。ミラちゃんが生きてちゃダメなら、幽霊屋敷の私なんてどうなるというのだ。

血なら、ネルさんにお願いして──いやダメだ、あの人はちょっと吸ったら死んじゃいそう。


うーん、何とかしてあげたいけど、私には身体が無いから血を吸わせてあげることなんて……。


──あ。


私は、お皿の空いてるところに、血文字を書く。


『この文字は飲めますか』


すると、ミラちゃんがパッと顔を上げた。


「いいの!?」

『好きなだけ飲んでください』

「……でも、私、お金も何も持ってないよ?」

『こちら、サービスです。その代わり──』


そこで、私はデカデカと壁に血文字を浮かべた。


『また泊まってくださいね』

「……もちろん!」


ミラちゃんの唇が、ぎゅっと結ばれた。

……部屋の外でこっそり聞いていたネルさんが笑ったのが分かった。



◇



血文字は、あくまでも血文字。

一度に出せる血の量は、ほんのわずかしかない。

だから、ミラちゃんを満足させる量を出すには、一晩中何かを書いてあげる必要があった。


だから、三人で一晩中お話しした。


私が血文字で何か言うと、ミラちゃんがそれを掬い取る。

それを、ひたすら繰り返す。


好きな食べ物、行きたい場所、そして恋愛の話もした。

……自分は、話すネタが無かったけど。

記憶がないからだと信じたい。


ちなみに、【怪異の食卓】で血を出せないかと頑張ってみたけど、出てきたのは真っ赤なスープだった。

ネルさんが味見をして「……トマトですね」と首を横に振った。

普通の料理でガッカリすることがあるとは、思いもしなかったよ。


ようやく彼女が「お腹いっぱい」と言ったのは、窓の外が白み始めた頃だった。


椅子の上で、自分のお腹に手を当てている。

不思議なものに触れているみたいな顔だった。


「……お腹いっぱいって、こういう感覚なんだ」


そう呟いたミラちゃんは、そのまま、こてんとネルさんにもたれた。

──眠ってしまったらしい。


吸血鬼も食後に眠くなるのか、なんて私が思っている一方で、ネルさんも半分眠りながら、彼女の肩に布をかけた。


私は窓の鎧戸をそっと閉める。

そしてテーブルの隅に、小さく血文字を書いた。


『おやすみなさい』


────────────────────

> 二人目の住人を獲得しました。

> レベルが3になりました。

> 新たに【尽きぬ蜘蛛の巣】を習得しました。

────────────────────



◇



元気になったミラちゃんは、とんでもなく強かった。

どのくらい強いかというと……。


──庭に倒れていた大木を、片手で軽々持ち上げるくらい。

──半分埋まってる木の幹を、ずぼっと引き抜くくらい。


そんな怪力に、ミラちゃん自身も驚いたらしく、大木を持ったまま目を丸くした。


「これが、私の100%の力!?」


そんな、バトル漫画のような事を嬉しそうに言うミラちゃん。

これまで十分な血を摂取できてなくて、フルパワーになったことが無かったんだろう。


そんなミラちゃんを見て、ネルさんは箒を握ったまま、ぽつりと呟いた。


「……冒険者、なれるんじゃないですか」

「──! やってみたい!」


その日の夕方、二人は早速一緒に冒険者ギルドへ出かけた。

……戻ってきたネルさんによると、ギルドの試験では、ちょっとした騒ぎになったらしい。


「……試験用の測定装置が、なくなってしまいました。弁償しないといけないかもしれません」

『どういうことですか』

「……ミラちゃんが殴ったら、粉々になってしまい……」

『どんだけー』


──それからのミラちゃんは、忙しかった。


街を出て、魔物を倒して、帰ってくる。

次の日には、もっと大きな魔物を倒して、帰ってくる。


毎晩、血文字での会話のときに、ミラちゃんから冒険譚を聞くのが楽しみになった。

怒涛の勢いで、冒険者としても出世しているらしい。

ミラちゃんは、日に日に元気になっていった。


やがて、ギルドの人が直接迎えに来るようになった。

毎日持って帰ってくる報酬の額も、跳ね上がった。


……もう、こんな幽霊屋敷よりも良い宿に泊まれるんじゃないか。

それだけお金があれば、別の手段で血を用意できるんじゃないか。

そう思ったけど、毎日ミラちゃんは帰ってきてくれた。


「ただいまー! お屋敷さん、今日はドラゴンを倒しちゃったよ!」

『おかえりなさい』


私が血文字を浮かべると、彼女はにこにこしながらそれを飲むのだった。



◇



住人は、少しずつ増えていった。


最初に来たのは、ミラちゃんが森で知り合ったという、雪精の女性だった。

白い髪と白い肌の、とてもきれいな人だ。

けれど、最近はどこも暑くて、満足に眠れないらしい。


私は張り切って、部屋に【凍える風】を流した。


「……もっと、お願いできますかぁ」

『はい』

「……もう少し寒く」

『はい』

「もう一声!」

『はい』


窓の内側が、凍り始めた。

その頃になって、ようやく彼女は、気持ちよさそうに息を吐いた。


「ああ……これですぅ」


その翌朝、ネルさんが扉を開けると、廊下に白い冷気が流れ出した。


「……よく眠れましたか」

「ええ。こんなに快適な宿は初めてです」


そうして、彼女はそのまま住みついた。


──次は、蜘蛛人のクオーターを名乗るお針子さんだった。

見た目は完全に人間なんだけど、蜘蛛人の子孫らしく、蜘蛛の巣が大好きなんだとか。

自分ではちょっとしか出せないけど、囲まれてないと落ち着かないらしい。


……そういえばレベルアップで【尽きぬ蜘蛛の巣】を覚えていたのを思い出した。

正直、こんなの何に使うんだと思っていたのだけど、何でも活用方法があるもんだね。


部屋の隅に幾重もの巣を張ってみせると、彼女は手をわきわきさせた。


「これ、全部わたしのものにしていいんですか!?」

『はい』


蜘蛛人さんは、ふわりと巣に身体を預けた。


「すごい……ちゃんと蜘蛛の巣だ!!! 最高すぎる!!!」


その日のうちに、長期滞在が決まった。

……後日、ネルさんが親切で巣を掃除しようとして、怒られていたけど。


──鼻の長い、小柄なおじいさんも来た。


夢喰いという種族で、悪夢が好物なのだという。

【悪夢の寝室】という、悪夢を見せる能力を使ったら、大変喜んでくれた。


「いやあ、いい夢じゃった! まさかわしが悪夢を見れる日が来るとは!」


自分で悪夢を見て、それを自分で食べているらしい。

器用というか、自給自足できて良かったけど、それでいいのか……。

本人が満足しているなら、よしとします。


こういう、変わった種族の他にも、普通の人間も住んでくれる人がちらほら。

普通の人より陰気で、賑やかな宿が合わない人とか。

そういう人たちが、一人、また一人と、私の中に部屋を取っていった。


住人が増えると、経験値も増え、レベルも一気に上がっていった。


壊れていた階段が直り、抜けていた床が塞がり、屋根の穴もいつの間にか塞がってしまった。

だけどその代わり、肖像画の目を動かしたり、壁から冷たい手を出したりできるようになった。


そして、ついに【血の湧く蛇口】を覚えた。

これは、文字通り蛇口から血を出すことが出来る能力だ。


……これで、一晩中血文字を書かなくても良くなるかな。

これまでで一番レベルアップの力を実感していたら、ミラちゃんも目を輝かせてくれた。


「すごい! 見て見て、お行儀悪いー!」


蛇口から直接、血を飲んでみせるミラちゃん。

ああ……高級な防具が血で汚れちゃうよ……。


だけど、その晩のこと。

ミラちゃんは血の満たされたカップを持ちながらも、何だか寂しそうだった。


「もう文字は書かないの?」

『書けますよ』

「じゃあ、お喋りしようよ!」

『いいですよ』

「うん!……こっちの方が好きかも」


そう言って、ミラちゃんは血文字をすくって舐めた。

血の味に違いはあるのだろうか……。



◇



いつの間にか、私の中は、朝から賑やかになっていた。


ミラちゃんが夜通しの冒険から帰ってきて、食堂で眠そうにカップを抱えている。

その中身は、ネルさんが温めてくれた、あったかい血だ。

蜘蛛人さんが縫ってくれた白いエプロンをつけて、雪精さんが手際よく皿を運ぶ。

そんな食堂に、夢喰いのおじいさんは、朝から何度も欠伸をしながら入ってきた。


そういう毎日が、当たり前になっていた。


だからこそ、いつの間にかやってきていた、取り壊しの日の前日。

あの二人が門の前に立ったとき、私は、家中が冷たくなるような気がした。


「……どういうことだ?」


口髭の男性が、門の看板を見る。

そこには、達筆な雪精さんが書いた『下宿人募集』の文字が。


そして、開いている玄関を見る。

中から、カップを持ったミラちゃんが顔を出した。


「あ、お客さん?」

「誰だ、お前は!」


怒鳴り声が庭に響いた。

ひいっ、とミラちゃんが引っ込んで、代わりにネルさんが出てくる。


「……あの……以前、お手紙を出した、ネルといいます」

「手紙? ああ、借り受けたいと言ってきた……。断ったはずだが!」


眼鏡の男性も、顔を険しくした。


「ここは私の土地だ。許可もなく下宿屋をやるなど、非常識にもほどがある」


それは、本当にそう。

だけど、その土地に建つ建物自身が許可を出しているから、許してやってくれないか。

……くれないよね。


私は玄関の横に、血文字を浮かべた。


『申し訳ありません』


二人が、ぎょっとこちらを見る。


「な、何だこれは!」

「……お屋敷さんです」


ネルさんが答えた。

続けて、説明してくれようとするけど、私は自分の血文字で説明することにした。


私自身が、この屋敷であること。

壊れた部分は、ほとんど修復されていること。

そして、ここで暮らしているたくさんの人たちがいることを。


けれど、二人の表情は変わらなかった。


「私の建物に勝手に成りおって! よく分からんが、勝手に人を住まわせていいことにはならん!」

「崩れでもしたら、誰が責任を取ると思っているんだ!」


至極全うな意見だけど、もう崩れたりしないことは、私がいちばんよく分かっている。

だけど、それを信じてもらうことは難しい。


「とにかく、取り壊しは予定通りだ。明日の作業までに、出てもらう」


ネルさんの指が、エプロンの端を掴んだ。

そんなときだった。


「それは、困りますねぇ」


雪精さんだった。


「ここじゃないと、暑くて眠れないんですよぉ」


……続いて、蜘蛛人さんが下りてくる。


「じゃあ、蜘蛛の巣がこんなにあるところ、代わりに紹介してくださいよ!!!」

「そうじゃそうじゃ!」


夢喰いのおじいさんも、廊下の奥から顔を出した。


──ほかの住人たちも、少しずつ集まってくる。


口髭の男性が、思わず後ずさった。


「い、いつの間に、こんなに……」


このまま圧で攻めれば、いけるかもしれない。

でも、誰も二人に無理には詰め寄らなかった。


「ここ、死ぬほど冷たくて良い感じなんですよぉ」

「普通の宿じゃ、部屋に蜘蛛の巣なんてないじゃないですか!!」

「食事もいいぞい。毎晩、違う悪夢が見れるんじゃ」


擁護してくれてるのか、貶してるのか……おそらく前者の声が、住人達からあがる。


……私も、意を決して、血文字を浮かべた。


『一泊だけ、していきませんか』

「は、はぁ!?」

『無料です』

「当たり前だろう!?」


そこに、ミラちゃんが飛び出してきて、二人の前で頭を下げた。


「お願い。一泊だけしていって」

「君は……」


眼鏡の男性が、ミラちゃんの胸元の徽章を見た。

ギルドからもらった、冒険者証だ。


「まさか、最近噂になっている、銀髪の冒険者か!?」

「そう!」

「お前まで……。それだけ稼いでいるなら、ほかに泊まる場所くらい、いくらでもあるだろう?」

「あるよ」


ミラちゃんが、静かな声でそう言った。


「今なら、どこでも泊まれると思う。でも、私はここがいい」


二人とも、すぐには言葉を返さなかった。


代わりにネルさんが声を出す。


「……勝手に暮らし始めてしまったことは、本当に、すみません。これまでの使用料は、お支払いします」


いつもの小さな声だったけど、いつもよりはっきりとした声だった。


「……そのうえで、一晩だけ、見ていただけませんか」


ネルさんは、私を見上げる。


「ここ、本当に、素敵な場所なんです」


……何だか、最初の頃にも、そう言われた気がするな。

まだ、屋根に穴が開いていた頃だ。

ネルさんだけが、そう言ってくれたんだっけ。


私は、二人の横の壁に文字を出した。


『おもてなしをさせてください』


そう書いて、私は扉をギギッと、大きく開いた。


……二人は、長いこと顔を見合わせていた。

やがて、口髭の男性が大きく息を吐いた。


「……そこまで言うなら、見せてもらおう。無理やり取り壊して呪われたらかなわん」


眼鏡の男性も、渋い顔のまま頷く。


「ただし、取り壊しをやめると決めたわけではないからな」



◇



最初の反応は、よくなかった。


「……目玉が、浮いているんだが」


夕食のスープを前に、口髭の男性が固まっている。

ネルさんが、そっと説明した。


「……目玉の形をした、茸です」

「この肉、今、動かなかったか?」

「……でも、おいしいです」

「何の肉なんだ?」

「…………」

「黙らないでくれないか!?」


私は、慌てて血文字を食卓の端に書いた。


『食べられます』

「答えになっとらん! 結局、何の肉なんだ!?」

『…………』

「血文字で黙らないでくれ!」


……けれど、周りが普通に食べ始めたのを見て、二人は観念したらしかった。


恐る恐る、一口。

もう一口。


「……味は、いい、か」

「ああ。何の肉かは、よく分からん……」


よし。まず一点先取だ。


……食事をしながら、二人は少しずつ話をするようになった。


口髭の男性は、最近あちこちの現場を歩き回っているらしい。

そのせいで足腰がつらくてしかたないという。


眼鏡の男性は、眠ると仕事の夢ばかり見るそうだ。


「寝ている間まで、商談に失敗したり、倉庫が燃えたりするんだ。休んだ気がせんよ」


夢喰いのおじいさんの鼻が、ぴくりと動いた。

……それは、悪夢なのだろうか。


私は話を聞きながら、それぞれに合った怪異を用意することに決めた。


食後、口髭の男性が、部屋の椅子に腰を下ろしたところを狙う。


「……肩や足を、お揉みすることもできますが……いかがですか」


ネルさんが、扉の横から小さく尋ねた。


「お、おお。君がか?」


ネルさんは、よく見るととっても美人だ。

髪で顔が隠れて、よく分からないけれど。

それに気付いた男性が、少しドキドキしているのが分かった。


「……いえ。お屋敷さんが揉みます」

「い、家が?」


はい残念、私なんです。

壁に血文字を浮かべる。


『冷たい手ですが、大丈夫ですか』


男性は怪訝そうに壁を見たあと、自分の肩を回した。


「……冷たい手など経験が無いが、気持ちよさそうではあるな」

『では、失礼します』


壁から、白い手を二本、にゅっと出した。


「うおっ!?」


男性が、椅子から跳び上がる。

しばらく手を見つめていたけれど、やがて、覚悟を決めたように椅子へ座り直した。


私は、そっと肩に触れる。


「……お」


少し力を入れる。


「おお……」


固くなっているところを、ゆっくり揉む。

ついでに、足元からも二本。


「うおっ、なんだ!?」

『足も、お疲れのようでしたので』

「……そ、そうか」


その声は、もうあまり警戒していなかった。

さらに少し経つと、目を閉じてしまう。


「そこ……もう少し、右を……」


はいはい、ここですね。


「……ああ」


満足そうな息が漏れた。

私は、ちょっと得意になって、さらに手の数を増やす。

首、肩、腰、足──無数の手が、それぞれを揉み解していく。

そのうち、男性はうとうとと眠りについてしまった。


──一方、奥の部屋では、眼鏡の男性が夢喰いのおじいさんと話していた。


「悪い夢、よければわしが食べようかの」

「……食べる?」

「うむ。飛び起きるような悪夢が大好物でな」


男性も最初は困惑していたけれど、昼間から何度も欠伸をしていた人だ。

少し考えたあと、頷いた。


「それで、眠れるなら……頼めるか」

「任された」


おじいさんが、嬉しそうに鼻を揺らす。

こちらはこちらで、需要と供給が一致したらしい。


私は明かりを少し落とした。

廊下では、住人たちがいつもより静かに歩いている。


ネルさんが、小さな声で「おやすみなさい」と言う。

ミラちゃんも、「また明日」と言ってくれた。


……明日、私は壊されるかもしれないのにね。



◇



翌朝、口髭の男性は、なかなか部屋から出てこなかった。

起こした方がいいだろうかと迷っていると、ようやく扉が開く。


彼は廊下に出て、右肩、左肩と順に回した。


「……久々に軽いぞ」


そりゃそうだ、昨日さんざん揉ませていただきましたから。


奥の部屋からは、眼鏡の男性が出てきた。


「どうだった? 眠れたか?」

「ああ、久しぶりに夜中に飛び起きなかったぞ」

「そりゃ、わしが食べたからな。大物じゃった」


そう言って、夢喰いのおじいさんがお腹をさすっていた。

それを見て、眼鏡の男性が、何とも言えない顔をしていた。


朝食は、食堂で、昨日と同じ献立だ。

目玉のような茸のスープと、手の形のパンに、時々動く謎の肉。

普通の人なら食べないかもしれないけど、二人は今度はあまりためらわず、口に運ぶ。


そうして食事をしながら、住人たちの様子を眺めていた。


血の入ったカップを持つ吸血鬼に、冷気の立つほど冷たい飲み物を楽しむ雪精さん。

他の人も、思い思いの気味の悪い食事を取っている。


「……食事も、部屋も、もてなし方も……全く一般的ではないが……悪くなかったな」

「そうだな」


二人の男性が、顔を見合わせた。


「取り壊しは、やめよう」

「柱も床も階段も、この家の言う通り、修繕されている。この状態なら、建物を潰す必要はない」


眼鏡の男性も頷いた。


「借地の契約は、誰と行えばいいのだろうか?……この家か?」

「……私とお願いします」

「分かった。……これまでの料金は、昨日の宿泊代ということにさせてもらおう」

「……いいんですか?」

「ああ。その代わり……また、泊まらせてもらうぞ」

『いつでもどうぞ』


嬉しくて、窓が全部開く。


「……それは、やめてほしいところだが」

『失礼しました』


口髭の男性は、困ったように少しだけ笑った。



◇



それからしばらくして、私の門に新しい看板がかかった。


──『宿屋 お屋敷さん』


ド直球。だけど、これはこれで親しみやすくて良いと思う。


私は、立派な普通のお屋敷にはなれなかった。

でも、ずいぶん居心地のいい幽霊屋敷になれたはずだ。


それでよかったと思う。

世の中、みんな普通がいいわけではないのだから。


取り壊しに来るはずだった二人も、今では、よく泊まりに来るお客さんだ。


この町の少し変わった観光名所として、私の名前も広まり始めていた。

通りがかる人々も、「お屋敷さん」と呼んでくれるようになった。


そんな今日も、夕暮れの庭に吸血鬼の少女の足音が響く。


「ただいま! 今日は伝説の魔物を倒しちゃった!」

「……おかえりなさい」


二人は、すっかり仲良しだ。


『おかえりなさい』


そんな文字の端から、血が一筋垂れた。

読んでいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、評価などよろしくお願いします!

※好評なら連載予定です!

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― 新着の感想 ―
斬新ですごく面白かったです! もし続編を書くなら短編連作が良いと思います。 1話完結がいいかなと。
とても面白かったですが、短編向きのお話かな、と思います。 ここで完結の余韻を味わいたいというか…短編で大満足、というか。 よくまとまっているお話だと感じました。
これからも生き生きとしたハウス生活を挑もう
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