第9話 崩壊の芽
「ルナリア。どういうことか説明なさい」
離宮の食堂、晩餐の席にて。正妃は静かにルナリアに詰め寄った。
「何の話でしょうか、お母さま」
「隣国の王子をあしらった件についてです。彼の国の王子はお怒りのようですよ」
ああ、あの気持ち悪い王子の話か。そう考えながら、ルナリアはあいまいに微笑んだ。
「手を振り払った、と聞いています」
「驚いてしまい、つい反射的に手が動いてしまいました。無礼があったのであれば、お詫び申し上げますわ」
微笑みは崩さない。正妃は目尻をつり上げた。
「彼の国とは縁談も検討されていたのに。全く、殿方の機嫌を損ねるなんて」
「次からは善処いたしますわ」
形だけの謝罪をするルナリアに対し、正妃は金切り声を上げた。
「まったくこの子は! あなたのために言ってるのに! あなたは祝福が弱いの! 従順に美しく微笑まなければ、王宮では生きていけないのよ! あの呪われた子のようになりたいの!?」
(あんたが呪ってるくせに)
ルナリアは内心冷めた目で母を見る。
息が詰まる空気の中、クラロは黙って食事を続けていた。背筋は伸び、ナイフとフォークの動きに一切の無駄がない。正妃の言葉やルナリアの受け答えに、特に反応は示さない。ただ決められた所作をなぞるように、一定の速度で皿を口へ運んでいる。
「部屋で反省なさい!」
「分かりましたわ、お母さま」
ルナリアは立ち上がり、部屋へと向かう。正妃はつけ足すように口を開いた。
「そういえば。あなたの部屋にあった汚らしいぬいぐるみ、捨てておきましたからね」
「……え?」
一瞬、音が遠のいた。ルナリアから微笑みの仮面が剥がれる。だが、正妃はそれを一切気にせず続けた。
「あんな子供っぽくてみすぼらしいものを、王女が持っているなんて信じられないわ」
「でも……っ……、あれ……、側妃さんから……」
「あの女からもらったものなら、なおさら捨ててよかったわ。まったく、品位が疑われるわね」
正妃は冷たく「早く部屋に戻りなさい」と吐き捨てた。ルナリアは膝から崩れ落ちそうになるのを必死にこらえ、食堂を後にする。
クラロは一瞬だけ彼女に視線を向け、そして何事もなかったように食事に戻った。
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