第6話 手当、してほしくて
カントに自傷をみられたその日以降のこと。ルナリアが王宮外で自傷したタイミングで、カントがどこからともなく現れるようになった。彼は白々しく「奇遇ですね」と微笑み、何も言わずルナリアの手当をしてくれる。
とある日、ルナリアはいつものように手当してくれる彼に「ねえ」と呼びかけた。
「おや、染みましたか?」
「……大丈夫よ、これくらい。……なんで、何も言わないの?」
「なにも、とは」
「……こんなことやめろ、って」
ルナリアはカントをじっと見据える。カントは「そのことですか」と笑った。
「貴女は僕の言葉程度で止まります?」
「……多分、もっとイライラする」
「でしょう? 得られるメリットは皆無に等しい。むしろ、貴女がより自傷するというリスクを孕む。そんなデメリットしかない言葉、吐くだけ無駄です」
「でも手当てはするんだ」
「リスク低減ですよ」
カントはなんてこともないように笑った。
◇
「あなたは私に従っていればいいの!」
別の日の夜。母の癇癪を乗り越えたルナリアは、自室に戻るなり乱暴にドレスを脱ぎ捨てた。
「ああもう、最悪……」
胸の奥がざわざわと騒ぐ。息が浅くなる。いつものそれだ。
彼女は慣れた手つきで机の引き出しに手を入れる。隠していたナイフをとりだし、冷たい感触を確かめるように握りしめた。苛立ちに任せて刃を脛に当てる。
赤い線が走り、血が垂れる。いつも以上に痛みを感じる。傷口をボロ布で押さえながら、彼女は無意識に視線を動かした。ベッドの上に、くしゃりと置かれたクマのぬいぐるみが目に入る。
「……クマ太郎」
ぎゅっと腕に引き寄せる。柔らかいはずの感触は、どこか頼りない。胸のざわめきは、少しも収まらなかった。
「……今日は来てくれないの?」
ぽつりと呟いて、はっとする。ここにあいつが来るわけがない。
「……ここで切るの、やめようかな」
ルナリアは小さく呟く。何気なく窓の外に視線を向けた。
「……あ」
カントが中庭を歩いているのが見えた。彼はぴたりと立ち止まると、ルナリアの方へ振り返った。視線が交差する。
「……なんで、いるのよ」
彼女はそう言いながらも、気がつけば中庭に足を向けていた。
「こんばんは。いい夜ですね」
ルナリアが中庭に向かうと、カントはいつものようにわざとらしい笑みを浮かべていた。
「……別に、あんたに会いに来たわけじゃないけど」
ルナリアはそう言ったっきり、何も言葉を発しない。彼は何も言わず、ただ彼女の言葉を待った。
「……手当、してほしくて」
ルナリアはおずおずとそう口にする。カントは微笑んで「ええ、もちろんですよ」と答えた。
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