第2話 合理的な公爵令息
ファーブラ公爵家嫡男、カント・ファーブラはとある商人と商談を進めていた。
「では、今回の分はこの条件で。問題はございませんか」
声音は穏やかで、押しつけがましさはない。あくまで確認するような、柔らかい言い回しだった。向かいに座る商人は、わずかに眉を寄せる。
「……いえ、問題がないわけでは」
商人は言い淀む。カントは柔らかな微笑みを浮かべた。
彼が提示した条件は、相手にとって『悪くはないが、即断するには惜しい』絶妙なラインだ。
「もちろん、ご懸念はあるかと存じます」
柔らかな調子で彼の声が響く。一度言葉を区切り、相手に視線を向けた。柔らかな笑みを浮かべたまま、続きを待つ。
「……輸送の遅れが、やはり気がかりでして」
「ええ、その点については――」
すぐに返す。事前に想定していた通りの懸念だ。代替案、補償、次の取引での優遇。ひとつずつ丁寧に提示する。数字も条件も過不足なく。
商人は話を聞きながら、内心で計算する。もう一押しだ。そう思ったカントは人のいい笑みを浮かべた。
「もし今回、こちらの条件をお受けいただけるのでしたら」
カントはわずかに間を置いた。相手の思考がまとまりきる直前。最も揺れやすい瞬間。
彼はほんのわずかに声の調子を落とす。
「次回の優先枠、確約いたします。書面にも残しましょう」
商人はじっと考え込む。ここでは畳み掛けない。あくまでも、決めるのは相手だ。
「……そこまでしていただけるのであれば。この条件で、お受けいたします」
「ありがとうございます。良い取引になりますように」
穏やかに締めくくり、カントは書類を差し出した。
◇
「では、これで」
「ええ。また次の機会にも、ぜひ」
軽く言葉を交わし、商人は退室する。扉が閉まると同時に、室内の空気がわずかに変わった。カントは一度、息を吐く。
「うまくいきましたね」
特別なことはしていない。相手の利と損を整理し、カント側にほんの少し有利な、納得できる落とし所を示しただけだ。
「……やはり、通りがいい」
彼の祝福は『魅了の祝福』。声に乗せれば、相手の警戒をわずかに下げる。とはいえ、それで判断を誤らせるほどの力はない。せいぜい、最初の一歩が通りやすくなる程度だ。
彼は机上の書類に視線を落とし、次の案件に手を伸ばす。机の端には、夜会の招待状があった。
「……そういえば、明日は夜会でしたね。王宮の花と謳われる、ルナリア姫も参加なさるとか。彼女とのコネクションも、あれば何かと便利でしょう」
効率よく、無駄なく、確実に。それが、カント・ファーブラという男のやり方だった。
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