第16話 弱い祝福
ルナリアは気まぐれにカントの書斎を訪れるようになった。紅茶を淹れてもらったり、書類を覗き込んだり、「何やってんの」と聞いたり。カントは特に渋る様子もなく書類を見せてくれる。
「ねえ」
「なんでしょう」
「あんた、色々見せてくれるわよね?」
「奥さんは知る権利があるでしょう?」
さらりと言ったカントに、ルナリアは「奥さん?」と聞き返す。
「ええ。貴女の立場は僕の夫人ですよ」
「……いつの間に?」
「不都合でしたか?」
ルナリアはしばらく考えて、「……別に」と答えた。
「でも、勝手ね」
「今更でしょう」
「……まあ、そうね」
ルナリアは紅茶を飲みつつ、「あたし、なんかした方がいい?」と聞いた。
「無理には。したいなら構いませんが」
「なんで? 社交とかあるでしょ」
「療養中、ということにしています」
「……間違ってないわね」
彼女は軽く笑う。カントは「すみません、そろそろ商談の時間ですので」と立ち上がった。
「あたし、部屋に戻った方がいい?」
「いえ、別に。静かにしていただければ」
カントはそう言って、廊下と繋がる扉とは別のドアを開ける。
「では、僕はこちらにいますので。何かあったら言ってください」
「はあい」
軽く返事をすると、カントは「いいお返事ですね」と笑って応接室へと消えて行った。
「……暇ね」
ルナリアは紅茶を飲みつつ呟く。隣の部屋からはカントと男性の声が聞こえてきた。聞き覚えがある気がするから貴族だろう。
「――その条件では難しいですね」
「しかし、それでは――」
なんとなしに耳を傾ける。港の話っぽいな、と思った。
「――では、こちらでいかがでしょう」
(……あれ?)
カントの声がほんの少しだけ変わる。妙に聴き心地がいい。……例の魅了か、と思った。
商談は進んでいるようだ。しばらくして立ち上がるような音がした。少し後にカントが戻ってくる。
「……おかえり」
「ただいま戻りました」
「……使ったでしょ」
「何をです?」
「魅了」
「よく分かりましたね」
カントは軽く笑う。
「……声、聴き心地良かったから」
「便利なんですよ、これ」
「……あたしも、操ってたの?」
ルナリアは恐る恐る問いかける。カントは「いいえ」とはっきり首を横に振った。
「できませんから」
「……できない?」
「ええ。祝福が弱すぎて。検査結果、見ます?」
カントはそう言って一枚の紙を取り出す。それは公的調査機関が発行している祝福の検査表だった。ルナリアは祝福の強さを示す数値を指さして呟く。
「……祝福、あたしより弱くない?」
「ええ。ですから効果も限定的でしょう?」
「確かに。警戒心を薄れさせる聴き心地のいい声って書いてあるわ」
「ですね。だからこそ使えるんですよ」
「……は?」
ルナリアはぽかんと口を開ける。
「……祝福が弱かったら、生きていけないんじゃないの?」
「そういう考え方もありますが。弱いならば弱いなりに使い方がありますよ」
「使い方?」
「ええ」
カントはにこやかな笑みを浮かべた。
「……弱くても……使い方がある……」
「ええ。どうにもならないことを嘆いても非効率です。それよりも、どう使うかを考えた方が有意義です」
「……確かに」
ルナリアは軽く笑う。
「……変わってる、ってよく言われない?」
「よく言われます」
カントは即答する。ルナリアは「やっぱりね」と小さく笑った。
「でも、あんたらしくて嫌いじゃない」
「それは光栄です」
カントはいつも通りの顔でそう言った。
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