第12話 暴露
あの夜から数日後。夜会の時の落とし物を装って、カントに密書が届けられた。封筒にディーア王国の紋章が隠されていることに気付いたカントは、自室で封書を開ける。中から出てきたのは、カントとルナリアが別邸から出てくるところの写し絵と、印のつけられた離宮の地図、そして小さな手紙だった。
『求婚の日、ルナリア姫が王宮を離れる可能性が高い』
短く書かれた手紙には、『アルバ・ディーア』と小さく署名がされていた。ディーア王国の王子である彼がなぜ? と疑問がよぎる。
「……意図は不明、正確かも不明な情報、ですか。……罠の可能性も高いですが、どう転んでも問題ないよう準備だけしておきましょう」
カントはほんの僅かに口角を吊り上げる。その白い頬を、月明かりが静かに照らしていた。
◇
ディーア王国第三王子がポラール王国へ求婚に来る。その知らせが届いてから、ルナリアは忙しくなった。最も美しくなるように何日間もかけて磨き込まれる。正妃は彼女に「王子に対して従順でいなさい。和平の維持は、あなたにかかっているのよ」と言い聞かせ続ける。
求婚当日、ルナリアはドレッサーを見ながら一人呟いた。
(……王女に生まれた宿命ね。はぁ、やだやだ)
吐き捨てるように呟く。鏡のなかに映るルナリアは、髪もドレスも美しく整えられている。まごうことなきお人形だ。
気持ち悪い。
整えられていくほど自分から遠ざかっていくような感覚がある。鏡の中のそれが本当に自分なのか、一瞬だけわからなくなった。
彼女は無意識に、傷一つない白い首筋に指を這わす。
「……消えちゃった」
胸の奥がざわつく。カントの体温、指や歯の感触を思い出してしまう。
「……思い出しちゃ、だめなのに……」
ルナリアは何もない首筋を撫でてしまう。落ち着かない。
「……バカみたい」
小さく吐き捨てる。なかったことにしたのは自分の選択だ。
「……さっさと行こう。母さんの機嫌が悪くなる」
彼女はそう言ってドレッサーから立ち上がる。窓辺には、白いハンカチが置かれていた。……カントに渡されたものだ。ルナリアはそれにそっと手を伸ばしかけて、そしてやめた。
「……行かないと。母さんの機嫌が悪くなる」
思考を切るように呟き、ルナリアはドレッサーから立ち上がった。
◇
ルナリアは王座の間に向かう。程なくしてアルバが現れた。きらきらしい笑顔を浮かべている彼を見て、彼女は「なんか子供っぽい王子だな」と思った。
その笑顔がほんの一瞬だけ、別のものに見えた気がした。
彼はすたすたとルナリアに近づくと、その表情をわずかに緩めて囁いた。
「ごめんね。……離宮の奥に薔薇園があるでしょ。あそこのつるバラ、隙間が開いてる。女の子一人なら通れるよ」
意味がわからなかった。ただ、声だけが妙に耳に残る。その一言で、心臓が変な跳ね方をした。
困惑を顔に出さないよう集中していると、アルバはポラール王の前に進み出る。そして、一枚の写し絵を差し出した。
それは、あの夜の写真だった。
――ああ、そういうこと。
ルナリアの胸の奥は妙に静かだった。怒りも悲しみも、きれいに均されたみたいに平らで。どうでもいい、という感覚だけが残っている。
視界の端で、母が何かを言っている。じゃあ見ててよ。
「弁明はいたしません。この写真は、全て真実です」
口角が上がる。母の声が響く。
「どういうことも何も、密会ですわ、お母様。とうに純潔すら失っております」
へらへらと笑いながら答える。何かが割れる音がした気がした。
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