第5話「そんなにミニでもないで?」
朝。
いつもの待ち合わせ場所に、今日は珍しく――
「……へっくしょい!」
神楽岡弥那子が、先に来ていた。
ただし。
「……さむ……」
いつもの元気は、どこへやら。
弥那子は小さく鼻をすすりながら、電柱のそばでぼんやり立っていた。
そこへ、少し遅れて白川珠美がやって来る。
「おはよう、みなこ」
「……おはよぉ」
「……?」
珠美は足を止めた。
「珍しいな」
「なにが?」
「みなこが私より先に来てるやなんて」
「……ああ」
弥那子は鼻をすすった。
「今日は早起きしたんや」
「へぇ」
珠美は弥那子の顔をじっと見る。
「……熱でもあるんちゃうか?」
「正解……」
「え?!」
珠美の目が一気に見開かれた。
「ほんまに?!」
「いや、そんな大したもんちゃうって」
「いやいやいや! 熱あるんやったら学校休みや!」
「大丈夫やって」
「大丈夫ちゃうやろ!」
「ほんまにちょっとだけやし」
「ちょっとだけって……」
珠美は心配そうに弥那子の顔を覗き込んだ。
「何度なん?」
「さっき測ったら……」
弥那子はスマホを取り出した。
「三十六・八」
「……」
珠美は数秒黙った。
「……平熱や」
「うん」
「みなこの平熱って何度なん?」
「三十六・四」
「誤差の範囲や」
「せやから大丈夫言うてるやん」
「それを最初に言いや」
「熱でもあるんちゃうかって聞いたん、たまちゃんやん」
「そうやけど……」
珠美はため息をついた。
「朝からびっくりさせんといて」
「ごめんごめん」
「ほんまにしんどかったら、すぐ言うんやで?」
「分かってるって」
そう言って、弥那子は笑った。
いつもの笑顔だ。
……と思った次の瞬間。
「へっくしょい!」
「ほら!」
「へ?」
「やっぱり大丈夫ちゃうやん!」
「くしゃみくらいするやろ!」
「でも昨日、雨の中びしょ濡れになったやん」
「……」
弥那子が黙る。
珠美も黙る。
二人の頭に、昨日の光景がよみがえった。
傘一本をめぐって押し合いへし合いした結果。
結局二人ともびしょ濡れになって帰った。
「……」
「……」
「……あれが原因かな」
「絶対それやろ」
「でも楽しかったやん」
「楽しかったけどな」
珠美は苦笑した。
「今日はちゃんと暖かくして帰るんやで」
「はいはい」
「返事が軽い」
「へい」
「もっと軽くなった!」
「へへへ」
「笑ってごまかすな」
いつもの調子が、少しずつ戻ってくる。
二人は並んで歩き始めた。
しばらくして。
「……なぁ、たまちゃん」
「ん?」
「たまちゃんは大丈夫なん?」
「何が?」
「昨日あんだけ濡れたやん」
「私は大丈夫」
「ほんま?」
「ほんま」
「風邪ひいてへん?」
「ひいてへんよ」
「熱は?」
「ない」
「ほんまに?」
「ほんまに」
珠美は少し胸を張った。
「私は鍛えてるから」
「へぇ」
「バスケ部やし」
「そうなん」
「うん」
弥那子は安心したように頷いた。
「よかった」
「……」
「ん?」
「いや」
珠美は少しだけ顔をそむけた。
「なんでもない」
「なんやねん」
「なんでもないって」
「怪しいなぁ」
弥那子は珠美の顔を覗き込む。
「……まさか」
「なに?」
「たまちゃんも熱あるんちゃう?」
「ない!」
「顔赤いで?」
「これは……」
珠美は少し困ったように頬を押さえた。
「朝から走ってきたから」
「ほんまかなぁ」
「ほんまやって」
「ふーん」
弥那子はニヤニヤする。
「まぁ、たまちゃんが元気ならええわ」
「……うん」
その一言に、珠美は小さく笑った。
⸻
学校に着くころには、弥那子もすっかり元気になっていた。
校門をくぐったところで、弥那子が空を見上げる。
「……やっぱり晴れはええなぁ!」
雲ひとつない青空。
昨日の雨が嘘みたいだった。
「そやな」
珠美も空を見る。
「でも、これからまた一段と暑くなってくるで」
「ええやん、夏!」
「みなこ、夏好きやもんな」
「好きやで!」
弥那子は両手を広げた。
「暑いけど、空が青いし、日が長いし、アイス美味しいし!」
「最後のが一番大きそうやな」
「当たり前やん」
「私も暑いほうがまだええかな」
「たまちゃん、寒いの苦手やもんな」
「うん。冬は動きたくなくなる」
「バスケ部のエースが何言うてんねん」
「体育館、寒いんよ」
「知らんかった」
「知らんかったん?」
「たまちゃん、年中元気そうやし」
「私はロボットちゃうで」
「知ってる」
弥那子は笑った。
「でも、たまちゃんがロボットやったら、めっちゃ高性能そう」
「何それ」
「バスケもできるし、勉強もできるし、クラス委員もできるし」
「……」
「あと、うちの忘れ物も助けてくれる」
「それは機能なん?」
「重要機能やで」
「みなこ専用?」
「そうそう」
「……それはちょっと嫌やな」
「なんでや!」
そんな話をしながら教室へ向かう。
すると。
「お、みにたまが来たぞ」
クラスの男子が声をかけてきた。
「今日の漫才のネタはなんや?」
「ネタなんかないし!」
弥那子が即座に反応する。
「うちら普通の可愛い女子やし!」
「誰が可愛い女子やて?」
「うちらや!」
「自分で言うんかい」
「言うわ!」
「朝から元気やなぁ」
「元気が取り柄や!」
「それ、さっきまで風邪気味やった奴が言うことか?」
珠美がぼそっと呟く。
「三十六・八は平熱や!」
「細かいな!」
教室が笑いに包まれる。
弥那子は腕を組んだ。
「……そもそもや」
「ん?」
「なんで『みにたま』なん?」
「え?」
「うちらのことやん」
弥那子は自分と珠美を交互に指差す。
「なんで『みにたま』なん?」
「それは……」
男子が珠美を見る。
そして弥那子を見る。
「身長差」
「……」
弥那子が固まる。
「なんや、その間」
「いや……」
男子は笑いをこらえながら言った。
「だって、白川は170近くあるやろ?」
「うん」
「神楽岡は150ちょいくらいか?」
「うん」
「並んだら……」
「並んだら?」
「……みにたま」
「なんでやねん!」
教室中に笑い声が響いた。
「結構差ぁあるやん」
「あるけど!」
「だから『みにたま』」
「なんかうちだけ小さいみたいに言われてるやん!」
「実際小さいやろ」
「普通や!」
「白川と並ぶと小さく見える」
「それや!」
弥那子は珠美を見る。
「たまちゃんがデカいんや!」
「え、私?」
「そうや!」
「私、普通やと思うけど」
「168やろ!」
「うん」
「十分大きいわ!」
「そうかなぁ」
珠美は首を傾げる。
弥那子はさらに言った。
「ていうか、『みにたま』やなくて『みなたま』でええやん!」
「なんで急に?」
「神楽岡弥那子の『みな』と白川珠美の『たま』や!」
「ああ……」
珠美は何か納得しない様子。
「それはそれで、なんか……」
「なんや?」
「お菓子みたい」
「……」
「みなたま」
「……確かに」
「やろ?」
「でも、みにたまのほうが呼びやすい」
「たまちゃんまで!」
珠美は少し笑った。
「ごめんごめん」
そして、わざとらしく弥那子の肩をぽんぽんと叩く。
「まぁまぁ落ち着きって、みにこ」
「……」
「……あ」
珠美が固まる。
「間違えた」
「…………」
「みなこ」
「…………」
弥那子の顔が、じわじわ赤くなる。
「あーーー!!」
教室に響き渡る叫び声。
「たまちゃんまでミニ言うたーーー!」
「いや、今のはほんまに口が滑った!」
「絶対わざとや!」
「違うって!」
「絶対わざと!」
「ほんまに間違えただけ!」
「うそや!」
「ほんまや!」
そんな二人を見ていた男子が、笑いながら教室を出ていく。
「やっぱ『みにたま』やなぁ」
「誰のせいやー!」
弥那子の叫び声が、廊下まで響いた。
珠美はそんな弥那子を見ながら、楽しそうに笑っていた。
⸻
昼休み。
弥那子と珠美は、いつものように一緒に弁当を広げていた。
弥那子は箸を動かしながら、ちらちら珠美を見る。
「……なぁ、たまちゃん」
「ん?」
「うち、そんなにちっこい?」
「急にどうしたん?」
「いや……」
弥那子は少し頬を膨らませる。
「朝から『みにたま』言われたから」
「まぁ、そう言われると気になるか」
「うん」
珠美は少し考えた。
「でも、別に小さすぎるとは思わへんよ」
「ほんま?」
「うん」
「ちんちくりんちゃう?」
「そこまで言うてへんやろ」
「でも、たまちゃんから見たら小さいやん」
「そら私と比べたらなぁ」
珠美は自分の手と弥那子の手を見比べる。
「……まぁ」
「なんや」
「やっぱり小さいな」
「たまちゃん!」
「ごめんごめん」
弥那子が睨む。
珠美は笑った。
「でも、小柄な女の子ってええと思うけどな」
「……ほんま?」
「うん」
「どういうとこが?」
「どういうとこって……」
珠美は少し考える。
「可愛らしいやん」
「……」
弥那子の手が止まった。
「それだけ?」
「それだけって?」
「いや……」
弥那子は少しだけ視線を落とした。
「なんか、うちって子どもっぽいんかなぁと思って」
「そんなことないよ」
珠美はすぐに答えた。
「みなこはみなこやろ」
「……」
「小柄やからって、子どもっぽいわけちゃうし」
「……うん」
「むしろ、みなこは元気すぎるだけや」
「それ褒めてへんやろ!」
「褒めてるよ」
「どこが!」
「いつも明るいし」
珠美は笑った。
「一緒におったら楽しいし」
弥那子は黙った。
「……」
「どうしたん?」
「いや……」
弥那子は小さく笑った。
「たまちゃん、たまにええこと言うなぁと思って」
「たまにって何」
「たまにやん」
「失礼やなぁ」
「でもな」
弥那子は箸を置いて、珠美を見る。
「たまちゃんのほうが気にしてへん?」
「何を?」
「身長」
「……」
珠美の動きが止まった。
「私?」
「うん」
「別に……」
「さっきから『私なんてデカ女やし』みたいな顔してたやん」
「そんな顔してへん」
「してた」
「してへんって」
「してたって」
弥那子は珠美をじっと見る。
「……」
珠美は少し困ったように笑った。
「まぁ……」
「うん」
「たまに思うことはあるけど」
「やっぱり」
「私、女の子にしては大きいやろ?」
「まぁ……」
「そこ!」
「いや、たまちゃん!」
弥那子は慌てて手を振った。
「ちゃうちゃう!」
「何が?」
「悪い意味ちゃうって!」
「……」
「たまちゃん、スタイルええし!」
「……」
「バスケ部のエースでカッコいいし!」
「……」
「背高いの、めっちゃ似合ってるやん!」
珠美は少し目を丸くした。
「……ありがとう」
「ほんまやで」
「……うん」
「たまちゃんがデカ女とか、そんなんちゃうって」
「……」
珠美は少しだけ笑った。
「ありがとう、みにこ」
「…………」
「?」
弥那子はゆっくり顔を上げた。
「……あーー!!」
「え?」
「せっかくフォローしたったのに!」
「え?」
「なんでそこで『みにこ』やねん!」
「……あ」
珠美は吹き出した。
「ごめんごめん!」
「もう!」
「今のはほんまに間違えた」
「ほんまかぁ?」
「ほんまやって」
そして珠美は、少し照れながら言った。
「でも……」
「ん?」
「私は、小柄なみなこが好きやから」
「…………」
弥那子が固まる。
「……」
「……」
二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
やがて。
「……たまちゃん」
「ん?」
「もう一回」
「……何を?」
「今の」
「……」
珠美の顔が赤くなる。
「嫌や」
「なんで!」
「恥ずかしい!」
「ええやん、もう一回くらい!」
「嫌!」
「お願い!」
「なんでみなこはいっつも、こういうこと何回も言わせようとするんよ!」
「だって聞きたいんやもん!」
「一回言うたやろ!」
「もう一回聞きたい!」
「……」
珠美は顔を手で隠した。
「ほんま、みなこは……」
「なぁ、お願い!」
「嫌やって!」
「たまちゃーん!」
「知らん!」
「冷たい!」
「あったかい!」
そんな二人のやり取りを、近くの席で聞いていた男子が振り返った。
「お前ら……」
「ん?」
「夫婦漫才になったんか?」
「「夫婦ちゃうわーー!!」」
二人の声が綺麗に重なった。
弥那子と珠美は顔を見合わせる。
「……」
「……」
「夫婦ちゃうよな」
「当たり前やん」
「うん」
「うちらは――」
珠美が少し笑う。
「みにたまやろ」
「……」
弥那子は一瞬だけ黙った。
そして。
「……まぁ、それならええわ」
「ほんま?」
「うん」
弥那子は少し嬉しそうに笑った。
「『みにたま』、結構気に入ってるし」
「私も」
「たまちゃんも?」
「うん」
「なんで?」
「なんか……」
珠美は弥那子を見る。
「二人セットみたいで、ええやん」
「……」
弥那子は少しだけ目を細めた。
「そやな」
窓の外には、今日も青い空が広がっている。
昨日は雨。
今日は晴れ。
明日はどうなるかなんて、二人には分からない。
けれど。
「なぁ、たまちゃん」
「ん?」
「午後の授業、眠くなりそうやな」
「寝たらあかんで」
「たまちゃんが起こして」
「自分で起き」
「えー」
「小学生か」
「みにこやからな」
「自分で言うたら終わりやろ」
「えへへ」
「ほんまにもう……」
またいつものやり取りが始まる。
背の低い弥那子と、背の高い珠美。
元気すぎる弥那子と、しっかり者の珠美。
全然違う二人だけれど。
並んで歩けば、なぜかちょうどいい。
「みにたま」と呼ばれるのも、悪くない。
そんなことを、二人は少しだけ思っていた。
――青空の下。
今日もまた、なんでもない一日が過ぎていく。
そして、そんな一日ほど。
あとになって思い出すと、妙に楽しいのだろう。
そんな二人のいつものやり取りを聞いていた男子は満足そうに頷いた。
「もう漫才は否定せんようになったんやな」
面白かったら、感想よろしくお願いします!
たくさん感想いただけたら、第2期も書きます!




