第2話「放課後の勝負」
放課後。
青龍高校の体育館から、ボールの弾む音が響いていた。
――ダムッ、ダムッ、ダムッ。
「おー……」
体育館の入口から、弥那子が顔を覗かせる。
今日はバスケ部の紅白試合。
昼休みに珠美が言っていた。
『バスケ部のエースの本気、見せたるわ』
その言葉を聞いたときは、
「おお!かっこええやん!」
と笑っていた弥那子だったが。
「……ほんまにエースなんやなぁ」
体育館の中を見て、思わず呟いた。
コートの中央。
白いユニフォームを着た珠美が、ボールを持って走っている。
「珠美、右!」
「任せて!」
味方からのパス。
珠美はそれを受け取ると、一度だけドリブルをつき、そのまま相手をかわした。
そして――
シュッ。
「入った!」
綺麗なシュートがゴールに吸い込まれる。
周囲から歓声が上がった。
「白川、ナイス!」
「さすがエース!」
弥那子は目を丸くした。
「……すご」
普段、一緒に登校している珠美。
昼休みに一緒に弁当を食べて。
くだらない話をして。
弥那子のボケに真面目に付き合って。
たまに天然なことを言っては、弥那子に突っ込まれて。
そんな珠美が、今は別人みたいだった。
真剣な顔。
汗で張り付いた髪。
ボールを追う鋭い目。
味方に指示を出す声。
「……かっこええな」
弥那子は、少しだけ胸を張った。
なんとなく。
自分が褒められたわけでもないのに、嬉しかった。
「うちのたまちゃん、やるやん」
そのときだった。
「白川先輩、かっこいいー!」
体育館の隅から、女子の声が飛んできた。
「……」
弥那子が振り返る。
見ると、何人かの女子生徒が試合を見ながら楽しそうに話している。
「ほんま、めっちゃ上手やなぁ」
「顔も可愛いし」
「クラス委員もやってるんやろ?」
「彼氏とかおるんかな?」
「……」
弥那子の笑顔が、ほんの少しだけ固まった。
「……」
再びコートを見る。
珠美が走っている。
またボールを奪った。
そして、綺麗なレイアップシュート。
「ナイス、珠美!」
チームメイトが駆け寄る。
「ありがとう!」
珠美が笑う。
「……」
弥那子は腕を組んだ。
「……なんやねん」
別に。
珠美が褒められるのは、ええことや。
そらそうや。
うちだって、珠美がバスケ上手いんは知ってる。
クラスでも真面目で、頼りになるし。
そら人気もあるやろ。
別に。
ほんまに別に。
「……なんでちょっと腹立つんやろ」
弥那子は首を傾げた。
「……」
しばらく考えて。
「……まあ、ええか」
考えるのをやめた。
弥那子は、こういうところがある。
自分の気持ちを深く考える前に、次の面白いことへ行ってしまう。
「たまちゃんー! いけー!」
今度は弥那子が大声を出した。
珠美がこちらを見る。
「みなこ!」
一瞬、目を丸くして。
それから嬉しそうに笑った。
「いけー! たまちゃん!」
「任せて!」
珠美が再びコートを駆ける。
弥那子も笑った。
「……まあ、うちが応援したったらええねん」
なぜだか分からない。
でも、そのほうがいい気がした。
――そして試合終了。
「お疲れさん!」
「ありがとうございました!」
部員たちが片付けを始める。
弥那子は体育館の入口で待っていた。
「みなこ!」
「たまちゃん、お疲れー!」
「来てくれてありがとう」
「いやいや、昼にあんなこと言われたら見に来るやろ」
「私、活躍してた?」
「めっちゃしてた!」
「ほんま?」
「うん!」
弥那子は胸を張る。
「さすがうちのたまちゃんや!」
「……うちの?」
「ん?」
「いや、なんでもない」
珠美は少し笑った。
「じゃあ、明日」
「ん?」
「明日は、みなこの番やろ?」
「……あ」
弥那子は思い出した。
昼休み。
『ほな明日は茶道部見に来ぃ』
そう言っていたのだ。
「そうやった!」
「見に行ってもええ?」
「もちろん!」
「じゃあ、楽しみにしてる」
「任せとき!」
弥那子は胸を叩いた。
「明日は、いつものうちとは一味ちゃうで」
「へぇ」
「お淑やかな神楽岡弥那子を見せたるわ」
「……楽しみ」
珠美は笑った。
弥那子は気づいていなかった。
その言葉を聞いた瞬間、自分が少し嬉しくなっていたことを。
⸻
翌日。
放課後。
茶道室。
「……」
弥那子は正座していた。
背筋はぴん。
手は膝の上。
顔は穏やか。
「……」
その隣で、珠美が少し緊張したように座っている。
「みなこ」
「はい」
「みなこ、こういうときはちゃんとしてるんやな」
「失礼やな! うち、普段からちゃんとしてるで!」
「さっき廊下でスキップしてたけど」
「あれは移動や!」
「スキップで?」
「……気分や!」
「でもなんか、今はすごいな」
「何が?」
「雰囲気が」
「そう?」
「うん」
「これが本来のうちや」
「ほんま?」
「ほんま」
弥那子は静かに頷く。
「……」
「……」
しばらく沈黙。
茶室に、時計の音だけが響く。
珠美が小声で言った。
「なんか、ちょっと面白いな」
「何が?」
「みなこが静かにしてるの」
「……」
弥那子の眉がピクッと動いた。
「たまちゃん」
「うん」
「それ、どういう意味?」
「え?」
「うち、いつもそんな騒がしい?」
「……」
珠美が少し考える。
「……まあまあ」
「まあまあって何や!」
弥那子が思わず声を上げる。
茶室の空気が、一瞬止まった。
「神楽岡さん」
部長が静かに振り返った。
「……はい」
「茶室ですよ」
「……すんません」
弥那子は小さく頭を下げる。
珠美は口元を押さえている。
「……ふふっ」
「たまちゃん!」
「ごめんごめん」
「笑わんといて!」
「だって……」
珠美の肩が震える。
「お淑やかにしようとしてるみなこ、可愛いなぁと思って」
「……!」
弥那子の顔が赤くなった。
「……そ、そう?」
「うん」
「……」
「でも」
珠美は少し笑った。
「いつものみなこのほうが、みなこらしいけどな」
「……」
弥那子は返事をしなかった。
ただ、耳が少し赤くなっていた。
⸻
茶道部の活動が終わる。
二人は校門を出て、いつもの帰り道を歩いていた。
「なあ、たまちゃん」
「ん?」
「アイス食べへん?」
「アイス?」
「うん」
「……」
珠美が弥那子を見る。
「さっき茶道部で、お茶とお茶菓子食べたばっかりやん」
「……」
「お腹いっぱいちゃうの?」
「ちゃうねん」
「何が?」
「お淑やかにしてると、食べた気せぇへんねん」
「……」
珠美は少し考えた。
「……分からなくもない」
「やろ?」
「うん」
二人は笑った。
「ほな、コンビニ寄ろ」
「そうしよか」
歩きながら、珠美がふと口を開いた。
「でもな」
「ん?」
「今日のみなこ、よかったで」
「ほんま?」
「うん、たまにはな」
珠美は前を向いたまま呟いた。
「でも、お淑やかなみなこもええけど……」
「……」
「元気にしてるみなこのほうが、私は好きやな」
「……」
弥那子の足が止まった。
「たまちゃん」
「ん?」
「今、なんて?」
「え?」
「今なんて言うたん?」
「別に、なんでもないて……」
珠美が振り返る。
「元気にしてるみなこのほうが――」
「さぁ?」
弥那子が駆け寄る。
「お淑やかなうちもええけど、なんやって?!」
「……」
珠美の顔が、少し赤くなる。
「……好きやって?」
「!」
弥那子の顔がぱっと明るくなった。
「ほー!」
「な、何?」
「たまちゃん、うちのこと好きなんや!」
「いや、そういう意味ちゃう!」
「なんや、照れてんの?」
「照れてへん!」
「顔赤いで?」
「夕焼け!」
「まだそんな夕焼けちゃうやろ!」
「……」
「ほらほら、もう一回言ってみ?」
「言わへん!」
「なんでやー!」
弥那子が笑いながら珠美の横に並ぶ。
「うちも、たまちゃんのこと好きやで!」
「……」
珠美が黙る。
「……たまちゃん?」
「……それは、普通に嬉しい」
「なんやその真面目な返し!」
「だって嬉しいし」
「もっとこう……」
弥那子が両手を広げる。
「『うちも好きやー!』とか!」
「なんでやねん」
「言うてみ!」
「絶対嫌」
「なんでや!」
二人の笑い声が、夕暮れの道に響く。
空は、少しずつ青から橙色へ変わっていた。
遠くの山の向こうに、太陽が沈んでいく。
そして――
その空の一角に、小さな星がひとつ。
まだ薄明るい空の中で、一番星が静かに輝き始めていた。
けれど。
「なあ、たまちゃん」
「ん?」
「アイス何味にする?」
「私は抹茶かな」
「また抹茶?」
「好きやから」
「茶道部か!」
「みなここそ茶道部やし抹茶やろ」
「うちはバニラ!」
「なんで?」
「お淑やかにしてた分、甘いもんが欲しいねん」
「さっきお茶菓子食べたやん」
「それはそれ、これはこれや!」
「……ふふっ」
「何笑ってんねん!」
「いや、やっぱりみなこは元気やなぁって」
「そらそうや!」
二人はまた歩き出す。
今日も、たいしたことは起きなかった。
茶道部でお茶を飲んで。
アイスを買いに行くだけ。
それでも。
明日になれば、きっとまた思い出す。
――あの日の夕焼けを。
――あの日の笑い声を。
青龍高校二年生。
みにたまの放課後は、今日もゆっくり暮れていく。
そして、輝き始めた一番星に、二人は気づかない。
面白かったら、感想よろしくお願いします!
たくさん感想いただけたら、第2期も書きます!




