第1話「驚くほどの青空」
朝の京都は、少しだけ静かだった。
住宅街の細い道を、制服姿の女子高生が二人歩いている。
黒髪のおかっぱ頭を揺らしながら歩く、小柄な少女。
神楽岡弥那子。
その隣には、弥那子より頭ひとつ分ほど背の高い茶髪の少女。
白川珠美。
二人の通学路は、隣町の青龍高校まで続いている。
「なあ、たまちゃん」
「ん?」
「今日の空、めっちゃ青ない?」
「……そうやな」
「いや、そこはもっと驚いてぇな」
「え?」
珠美は空を見上げた。
雲ひとつない、きれいな青空。
「……ほんまや。めっちゃ青い」
「せやろ!」
「なんか感動するな」
「せやんな!」
「今日一日、ええことありそうや」
「せやんなぁ!」
二人は顔を見合わせた。
「……」
「……」
「いや、なんでこんな普通のことで盛り上がってんねやろ」
「みなこが言い出したんやろ」
「うちやったわ」
弥那子はケラケラ笑った。
高校に入学してから約一年。
最初は、ただのクラスメイトだった。
けれど、席が近かったことをきっかけに話すようになり、気づけば毎朝一緒に登校するようになっていた。
今では、どちらかが待ち合わせに遅れると、もう片方が妙に落ち着かない。
「……あ」
珠美が突然、立ち止まった。
「どないしたん?」
「みなこ」
「ん?」
「今日、体育あったっけ?」
「……」
弥那子も立ち止まる。
「……あったっけ?」
「時間割、見てへん」
「うちも見てへん」
「……」
「……」
二人は同時に鞄を開けた。
「体育やったら体操服いるやん!」
「そうや!」
「持ってきた?」
「持ってきてへん!」
「うちもや!」
「終わった……」
珠美がその場で肩を落とす。
「朝から人生終わったみたいな顔せんといて!」
「だって体育やったら困るやろ」
「まだ体育って決まったわけちゃうやん!」
「そうやけど……」
「ほな、時間割見よ」
弥那子がスマホを取り出す。
数秒後。
「……」
「……」
「たまちゃん」
「うん」
「今日、体育ないわ」
「…………」
「よかったな」
「……よかったぁ……」
珠美は胸に手を当て、深々と息を吐いた。
「朝から寿命縮んだわ」
「大袈裟やなぁ」
「みなこが体育言うたんやん」
「うちちゃうわ! たまちゃんや!」
「そうやった?」
「そうや!」
「ごめん」
「素直!」
弥那子は笑いながら珠美の肩を軽く叩いた。
「ほんま、たまちゃんって真面目なんか天然なんか分からへんな」
「私は真面目やで」
「そこは知ってる」
「クラス委員もちゃんとやってるし」
「知ってる」
「バスケ部でもちゃんと練習してるし」
「知ってる」
「成績も――」
「そこまで言うてへん!」
弥那子が吹き出す。
「自分で真面目エピソード言い出して」
「みなこが聞いてくるからやろ」
「聞いてへんて!」
「聞いてたやん」
「聞いてへん!」
「聞いてた」
「聞いてへん!」
「聞いてた」
「なんやねん、この無駄な押し問答!」
二人の笑い声が、朝の住宅街に響いた。
少し先を歩いていたおばあちゃんが、振り返って微笑む。
弥那子がそれに気づいて、ぺこっと頭を下げた。
「……なあ、たまちゃん」
「ん?」
「うちら、朝からうるさい?」
「うん」
「即答やん!」
「でも」
珠美は少し笑った。
「楽しいから、ええんちゃう?」
「……」
弥那子は一瞬だけ黙った。
それから、ニッと笑う。
「せやな!」
二人はまた歩き出した。
青龍高校まで、あと十五分。
今日もきっと、たいしたことは起こらない。
……たぶん。
⸻
そして、その日の昼休み。
「なあ、みなこ」
「なん?」
「今日の購買、何買う?」
「パン」
「ざっくりやな」
「パンはパンやろ」
「種類があるやん」
「ほな、白玉」
「私を購買で売らんといて!」
「ちゃうちゃう!」
弥那子は笑いながら珠美を指差す。
「今日のたまちゃん、なんか白玉っぽいねん」
「意味分からへん」
「なんとなく」
「なんとなくで人を白玉にせんといて」
「ええやん、白玉。かわいいし」
「私は珠美です」
「白川珠美やから、白玉」
「知ってるわ」
「白玉」
「もうええて」
「白玉ぁ〜」
「みなこ!」
「アハハハ!」
そこへ、クラスメイトの男子が通りかかった。
「またやってるわ。みにたま」
「誰がみにたまや!」
弥那子が即座に反応する。
「いや、お前らやろ」
「うちはええけどな!」
「ええんかい」
「なんか可愛いやん、みにたま」
「私は嫌や!」
珠美が顔を赤くする。
「漫才コンビちゃうんやし!」
「ほら出た」
「何がやな!」
「たまちゃん、それ言うたらもう完全に漫才やん」
「……」
珠美が固まる。
弥那子がニヤニヤする。
「……みなこ」
「はい」
「放課後、体育館来る?」
「行く」
「じゃあ、覚悟しとき」
「なんの?」
「漫才ちゃう、バスケ部のエースの本気、見せたるわ」
「おお!」
弥那子が目を輝かせる。
「かっこええやん!」
「……」
「どしたん?」
「そういうこと普通に言われると、ちょっと恥ずかしい」
「なんでやねん!」
「知らんけど」
「そこは知らんのかい!」
また、教室に笑い声が広がった。
誰かが言う。
「やっぱり、みにたまやな」
「せやなぁ」
弥那子は楽しそうに笑った。
珠美は恥ずかしそうに頬を赤くした。
でも――
「……まあ、みなこと一緒やったら」
「ん?」
「……別に、ええけど」
「お?」
「なんでもない!」
「今なんか言うたやろ!」
「言うてへん!」
「言うた!」
「言うてへん!」
「言うた!」
「……ほんま、みなこはうるさいなぁ」
「たまちゃんが好きでうるさなってんねん!」
「それ、どういう意味やねん!」
二人の声が、また教室に響いた。
――青龍高校二年生。
神楽岡弥那子と白川珠美。
今日も、なんでもない一日が始まっている。
たぶん二人にとっては。
なんでもない一日ほど、面白い。
面白かったら、感想よろしくお願いします!
たくさん感想いただけたら、第2期も書きます!




