第12話「青空のみにたま」
「なぁ、たまちゃん」
「ん?」
「今日の空、めっちゃ青ない?」
弥那子が空を見上げる。
雲ひとつない、夏の青空だった。
隣にいる珠美も、つられるように空を見上げる。
「……そうやな」
「そこはもっと驚いてぇな!」
弥那子が頬を膨らませる。
「はいはい。この件、ちょっと前にもやったやつや」
「そうやったっけ? でも今日も青いで! 一緒に感動しような!」
「……そやなぁ」
珠美は弥那子を見て、ふっと笑った。
「ふふっ。でも、みなこのそういうとこ、好きやで」
「なんて?! 今なんて?!」
「なんでもない」
「言うたやん!」
珠美は前を向いて、何事もなかったように言う。
「ほんま、ええ天気やな。今日一日、ええことありそうや」
「なー、たまちゃん! もう一回言うてーな!」
「もう言わへん」
「お願い!」
「嫌や! なんでいっつも、それ何回も言わせようとするんよ!」
「だって聞きたいねんもん!」
「なんでそんなん聞きたいんよ」
弥那子は少し黙った。
そして、さっきまでの勢いが嘘みたいに、小さな声で言った。
「……だって、たまちゃん大好きやねんもん……」
「……」
珠美が黙る。
「なんで黙るん」
「……ありがとう」
「……それだけ?」
「それだけや! ほら、学校行くで!」
珠美は照れ隠しのように、走り出した。
「あっ、待って! たまちゃん速い!」
「バスケ部エースやからな!」
振り返った珠美が笑う。
「ほな、うちは茶道部エースになる!」
「なんやそれ!」
笑い声を響かせながら、二人は走っていく。
夏の朝の風が、二人の背中をそっと押していた。
* * *
四時間目が終わるチャイムが鳴ると同時に、
「やったー! お昼やー!」
弥那子が勢いよく立ち上がった。
「おい、神楽岡。少し早いぞ」
先生に注意される。
「すんません」
教室に笑いが起こる。
珠美は、やれやれと困ったような顔をしていた。
まるで、元気すぎる妹を見る姉のようだった。
「たまちゃん、今日はどこで食べる?」
「どこでもええよ」
「ほな、あそこ行こ。みにたま専用食堂」
「……ああ、五歳児がおるとこな」
珠美がニヤリと笑う。
「おらんわ! 今日は箸忘れんと持って来てるわ!」
弥那子は得意げに弁当箱を振った。
カチャカチャ――。
……と、鳴るはずだった。
「あれ?」
弥那子が弁当箱を覗き込む。
珠美が吹き出した。
「ほら、やっぱり五歳児がおる」
「……たまちゃん、スプーンある?」
「あるよ」
珠美はそう言って、にっこり笑う。
そして弥那子の頭を、ぽんぽんと軽く撫でた。
「……」
弥那子は少し照れくさそうにしながらも、どこか嬉しそうに笑った。
「よっしゃ! 行こ!」
「はいはい」
二人は並んで教室を出ていった。
* * *
弁当を食べながら、珠美がふと時計を見る。
「明日でもう一学期終わりやな」
「ほんまやな! テストも無事乗り切ったし、あとは夏休みを満喫するだけや!」
「そうやな」
「なーなー、たまちゃん。夏休みどこ行く?」
「海行きたいけど、京都は海遠いしなー」
「そうやな。琵琶湖は近いけどな!」
なぜか得意げな弥那子。
「琵琶湖、泳げるんかな?」
「知らん」
「やっぱりプールか」
「そやな。市民プールやな」
「ほな、西京極のあそこは?」
「ええやん! そうしよ!」
二人の夏休みの予定が、なんとなく決まっていく。
「……あ、でも」
珠美が弥那子を見る。
「みなこ、宿題終わらせなアカンで」
「え!?」
弥那子の箸を持つ手が止まった。
「宿題は後でええやん!」
「アカン! また夏休みの最後に泣き見るで」
「ほな、一緒にやろ!」
「ん?」
「宿題合宿やろ! たまちゃんチで!」
珠美は少し考えてから、ため息をついた。
「しゃーないな……」
「やったー!」
弥那子はスプーンを持った手を、高々と上げた。
その顔は、もうすっかり夏休みだった。
* * *
放課後。
遠くには大きな積乱雲が浮かんでいる。
蝉の声が、いつもの帰り道を賑やかにしていた。
「たまちゃん、アイス」
「ん? くれるん?」
「ちゃう! 買いに行こ」
「ああ、そっちか」
「こう暑いと、家までもたへんわ!」
「そやな」
二人はいつものようにコンビニへ寄り、新しく出たアイスを買った。
店を出て、並んで歩きながら食べる。
「たまちゃんのやつも一口ちょーだい」
「ええよ。みなこのもちょーだいよ」
「ええよ。はい、先あげる」
「ありがとう」
珠美が弥那子のアイスを一口かじる。
「美味しいな、これ!」
「そやろ!」
弥那子は嬉しそうに笑う。
「ほな、次うちの番」
「はいはい」
珠美がアイスを差し出す。
「あむっ!」
弥那子が大きく一口。
「――あー! みなこ! 多い!」
「えへへ」
「ほんまにもー。しゃーないみなこやなー」
「これも美味しい!」
弥那子は満足そうに頷く。
そして、いたずらっぽく笑った。
「たまちゃんの味がする!」
「はぁ?! 何言うてん!」
珠美の顔が一気に赤くなる。
それを見て、弥那子はニシシと笑った。
「ふふっ」
「もう、みなこは……」
そんなやり取りをしながら歩いていると、いつもの河原公園が見えてきた。
どちらから言うでもなく、二人は公園へ入っていった。
* * *
まだまだ、夏の日は暮れない。
木陰のベンチに並んで腰を下ろす。
川を渡る風が、少しだけ涼しかった。
しばらく二人で黙って空を眺める。
そして弥那子が、ぽつりと言った。
「なぁ、たまちゃん」
「なに?」
「空が青いな」
珠美も空を見上げる。
「ほんまやな」
「感動した?」
「みなこは感動しぃやなぁ」
珠美が笑う。
「まぁ……そういうとこも好きやけどな」
「今何て?!」
弥那子が勢いよく振り向く。
「またや……。なんでもない!」
「ある! もう一回言うて!」
「嫌や!」
「なー! お願い!」
「暑苦しいな、みなこは! もう言わへん!」
「うちも、たまちゃん大好きやから!」
「知らん!」
「お願いやって! たまちゃん!うちらみにたまの仲やんか!」
「もー! しつこいなー! みなこは!」
珠美は笑っている。
弥那子も笑っている。
夏の青空の下。
今日も二人は、いつものように戯れ合っていた。
――何でもない一日。
そんな毎日が、これからも続いていく。
青空の下で。
「青空のみにたま」を最後まで読んでいただきありがとうございました。
何でもない、事件もイベントもない、本当に何でもない日々を過ごす二人。
でもこうやって二人で過ごせる高校時代には限りがあって…。
あと1話、おまけ回があります。
何でもない日常ですが…。
それでは、また次の物語でお会いしましょう。
灯野 紬




