おまけ回「なんで空は青いん?」
夏休み、初日。
昼前の白川家。
玄関の扉が開き、買い物から帰ってきた珠美は、二階へ上がるなり、自分の部屋を覗き込んだ。
そこには――
ベッドに寝転がって、スマホをいじっている弥那子がいた。
珠美は、しばらく無言でその姿を見つめる。
「……なぁ、みなこ」
「ん?」
弥那子は寝転がったまま顔だけを向ける。
「なんでウチにおるん?」
「んー?お母さんが、部屋で待っててって」
「いや、そうやなくて……」
珠美は呆れたようにため息をつく。
「そもそも、何しに来てるん?」
「あそびに」
「……まぁ、そうやろな……」
あまりにも堂々とした返事に、珠美はもう何も言えなかった。
すると、階下から珠美の母の声が聞こえてくる。
「みなこちゃーん、お昼ご飯食べるやんなー?!」
弥那子が勢いよく起き上がった。
「はーい! いただきますー!」
「なっ!?」
返事をしたかと思えば、弥那子はとてとてと部屋を出て、階段を下りていく。
「どないなっとんねん……」
珠美は頭をかく。
けれど、その顔にはどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「……まぁ、ええか」
そう呟いて、珠美も階下へ向かった。
⸻
リビングのテーブルには、涼しげな素麺が並んでいた。
弥那子と珠美は並んで座り、箸を持つ。
「いただきます!」
「いただきます」
二人そろって素麺をすする。
「たまちゃん、素麺美味しいな!」
「そうやな。こうも暑いとなぁ」
「うんうん。……なぁ」
「ん?」
「流し素麺にしたいな!」
珠美が吹き出す。
「人んチでご飯食べといて、注文つけるんかいな」
「だって!」
弥那子はニシシと笑った。
「たまちゃんと一緒にご飯食べる方が、美味しいもん!」
「……」
珠美が一瞬だけ黙る。
そして、つられるように笑った。
「……まぁな」
「やろ?」
弥那子は満足そうに、また素麺をすする。
ところが――
「あーっ!」
突然、珠美が大声を上げた。
「ん?」
「ツユが、わたしの服に飛んだ!」
「はははは!」
弥那子が笑う。
「ごめんごめん!」
「これがカレーうどんやったらどうすんの!」
「めんつゆやし、大丈夫やって」
「そういう問題ちゃうやろ!…ほんま、みなこはガサツやなー」
珠美が呆れたように笑いながら、素麺をすする。
すると――
「あーー!」
今度は弥那子が叫んだ。
「うちの服に飛んだー!」
「……あ」
珠美が一瞬、固まる。
そして――
「たまちゃんだって飛ばしてるやん!」
「……」
「ニシシシ!」
弥那子が楽しそうに笑う。
珠美も、思わず笑ってしまった。
「あんたら、ほんま面白いなー」
向かいから二人を見ていた珠美の母も、楽しそうに笑う。
「ええ漫才コンビやな」
「「漫才コンビちゃう!」」
二人の声がぴったり重なった。
「息ピッタリやん」
「まぁ、息ピッタリではありますけどね!」
弥那子は得意げに胸を張る。
「なんでそこで認めるんよ」
珠美は困ったような、それでも嬉しそうな顔で笑った。
「ほら、二人とも。食べ終わったら宿題しなさいよ」
「はーい!」
弥那子が元気よく返事をする。
「分かってるって」
珠美も苦笑しながら答えた。
⸻
素麺を食べ終えると、珠美は立ち上がった。
「ほら、みなこ。宿題するで」
「はーい!」
弥那子は素直に返事をして、珠美の後についていく。
いや。
途中から、珠美に手を引かれて二階へ上がっていく。
「なんで手ぇ引っ張るん?」
「そのままやったら、あんた寄り道するやろ」
「せぇへんて!」
「信用できへん」
「ひどい!」
そんなやり取りをしながら、二人は珠美の部屋へ戻った。
珠美が机の上に宿題を広げる。
その横で、弥那子はふと窓の外へ目を向けた。
夏の空。
雲ひとつない、真っ青な青空が広がっている。
弥那子はしばらく、その空を眺めていた。
そして、ぽつりと言った。
「なぁ、たまちゃん」
「ん?」
「なんで空は青いん?」
珠美も窓の外を見る。
「んー……」
少し考えてから、
「それは、光の加減で、空気と……なんかあるんやろ?」
「いや、そういう本気の話ちゃうくて!」
弥那子が笑う。
「ほら、もっとエモいやつ、あるやん!」
「エモいやつ?」
「そうそう」
「……そうやなぁ」
珠美は少し考える。
それから、弥那子のほうを向いた。
「……ほな」
「ほな?」
珠美は、ふっと笑った。
「わたしらが今日も仲ええから、かな?」
「……!」
弥那子の顔が、一瞬で赤くなる。
珠美は、そんな弥那子を見て、にっこり笑った。
「……」
弥那子は黙ったまま珠美を見つめる。
「どないしたん?」
すると――
「たまちゃん!」
「ん?」
弥那子は勢いよく珠美に飛びついた。
「大好きやで!」
珠美は驚きながらも、そのまま弥那子を受け止める。
そして、少し照れくさそうに笑って小さく言った。
「……わたしも好きやで」
「!!」
弥那子が顔を上げる。
珠美の顔をじっと見つめる。
そして――
「……もう一回!」
「……!!」
「なー、もう一回言うて!」
「嫌や!」
「なんでやねん!」
「恥ずかしいから!」
「なー! お願いやからー!」
「嫌やー! もう言わへん!」
「なー! 大好きやからー!」
「知らん!」
珠美は顔を赤くしながら、弥那子を押し返す。
「しつこいなー、もー! みなこはー!」
二人の笑い声が、夏の空へ溶けていく。
窓の向こうには、どこまでも青い空。
なんで空が青いのか。
本当の理由は、二人ともちゃんと知っているわけじゃない。
でも――
そんなことより。
今日も二人で笑えていることのほうが、大事なのかもしれない。
青空の下、今日も二人で笑い合う『みにたま』だった。




