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第11話「別々の休日」

 土曜日の朝。


 神楽岡弥那子は、布団の中で丸くなっていた。


「……休みや……」


 時計を見る。


 午前十時。


「……まだ寝れるな」


 そう呟いて、布団を頭までかぶった。


 昨日まで期末テストだった。


 ようやく終わったのだ。


 今日は何の予定もない。


 部活もない。


 宿題も、まだやらなくていい。


 つまり。


「最高や……」


 弥那子は、そのまま二度寝した。


     *


 一方。


「おはようございます!」


 白川珠美は、朝からバスケットボールを抱えて学校へ向かっていた。


「今日は午前だけやし、終わったらゆっくりしよ」


 そう言いながら、少し笑う。


 いつもなら隣にいる弥那子はいない。


 土曜日なのだから当然だ。


 それでも、歩いているとなんとなく隣を見てしまう。


「……」


 誰もいない。


「なんで見てんねやろ」


 珠美は一人で苦笑した。


 いつも一緒に歩いている。


 たったそれだけのことなのに、いないと少しだけ変な感じがする。


     *


 昼前。


 弥那子はようやく起きた。


「おはよー……」


「お母さん、もう出かけたん?」


リビングのソファーに寝転ぶ父親に声をかける。


「うん。昼ごはん置いといたるって」


「ほな、今日は自由やな」


 弥那子は適当に朝昼兼用のご飯を食べると、着替えた。


「……どこ行こ」


 特に目的はない。


 でも、せっかくの休日だ。


「ちょっと出よかな」


 財布だけ持って、家を出た。


 駅前をぶらぶら歩いて、本屋に入る。


 新刊を眺めて、雑貨屋を覗く。


 特に欲しいものがあるわけでもない。


 そんな中。


「あ」


 弥那子の目に、小さな猫のキーホルダーが入った。


「……」


 思わず手に取る。


 白い猫。


 なんとなく珠美に似ている……気がする。


「……なんでやねん」


 弥那子は自分でツッコんだ。


 別に珠美が猫っぽいわけではない。


 むしろ犬っぽい。


 ……たぶん。


「たまちゃんに見せたら、なんて言うかな」


 そう呟いてから、少しだけ笑った。


「……何考えてんねやろ、うち」


 キーホルダーを棚に戻した。


     *


 同じころ。


 珠美は部活を終え、学校近くのコンビニに寄っていた。


「暑……」


 外は夏らしい暑さだ。


 冷たいものでも買おうと、アイスの棚を見る。


「……」


 一つの新商品に目が止まった。


「あ」


 また新しいアイスが出ている。


「これや」


 珠美は手に取った。


「みなこ、好きそうやな」


 少し考えて。


「……二個買っとこ」


 カゴに入れた。


 そしてレジへ向かう途中。


「……いや」


 ふと立ち止まる。


「今日、会う予定ないやん」


 自分で言って、自分で笑ってしまった。


「何してんねやろ、私」


 それでも、アイスは二個買った。


     *


 午後。


 弥那子は公園のベンチに座っていた。


 さっき買った飲み物を飲みながら、空を見上げる。


「ええ天気やなぁ」


 青い空。


 白い雲。


 蝉の声。


 隣には誰もいない。


「……」


 少しだけ静かだ。


 いつもなら、ここで珠美が何か言ってくる。


「みなこ、暑いな」


「せやな」


「アイス食べたい」


「うちも」


「じゃあ買いに行こか」


「行こ行こ」


 そんなやり取りが、自然に浮かんだ。


「……」


 弥那子は苦笑した。


「休みの日まで、たまちゃんのこと考えてるやん」


 そう言いながら、嫌な感じはしなかった。


 むしろ、少しだけ楽しかった。


     *


 夕方。


 珠美も家へ帰る途中、公園の前を通った。


 いつも二人で歩く道。


 公園を見る。


「……」


 ふと、弥那子がいるような気がした。


 もちろん、いない。


「みなこ、おったら寄り道してるやろな」


 そう思ったところで。


「……あれ?」


 珠美は立ち止まった。


 少し先から、見覚えのある姿が歩いてくる。


「あ」


「……ん?」


 二人の目が合った。


「たまちゃん?」


「みなこ?」


「何してんの?」


「それ、こっちの台詞やで」


「うちは買い物」


「私も帰り道」


「そっか」


「うん」


 少しの沈黙。


「……帰ろか?」


「うん」


 二人は並んで歩き始めた。


「今日、何してたん?」


「寝てた」


「やっぱり」


「なんでやっぱりなん!」


「いや、なんとなく」


「たまちゃんは?」


「部活」


「休みの日まで?」


「部活やもん」


「大変やなぁ」


「みなこは?」


「本屋行ったり、公園行ったり」


「へぇ」


「あと、猫のキーホルダー見つけた」


「猫?」


「うん」


「買ったん?」


「買ってへん」


「なんで?」


「……たまちゃんに見せたら何て言うかなー、って思っただけ」


 珠美が少し笑った。


「そっか」


「何?」


「なんでもない。私は今日、アイス買った」


「へぇ!」


「新しいやつ」


「何味?」


「……」


「どうしたん?」


「忘れた」


「なんでやねん!」


 二人で笑った。


 しばらく歩いたあと、珠美がぽつりと言った。


「……そういうみなこ、好きやで」


「……え?」


 弥那子が足を止めた。


 珠美は何でもないことのように歩き続けている。


「たまちゃん」


「ん?」


「今なんて言うた?」


「何が?」


「今、なんか言うたやん」


「言うてへん」


「言うた!」


「言うてないって」


「言うたやろ!」


 弥那子が珠美の横に追いつく。


「もう一回言うて!」


「嫌や」


「なんで!」


「恥ずかしいから」


「さっき普通に言うたやん!」


「もう言わへん」


「なんでやー!」


「みなこが何回も言わせようとするからや」


「ええやん、もう一回くらい!」


「嫌」


「たまちゃんのケチ!」


「はいはい」


「お願い!」


「嫌です」


「……」


 弥那子はしばらく珠美を見つめた。


「……絶対もう一回言わへん?」


「言わへん」


「ほんまに?」


「ほんまに」


「……」


「……」


「……うちも好きやで」


「それは知ってる」


「なんやそれ!」


 弥那子は笑った。


 珠美も笑った。


 結局、二人ともいつも通りだった。


     *


 夕暮れの道を、二人並んで歩く。


「そういえば、アイス二個あるんやろ?」


「うん」


「一個ちょうだい」


「なんで?」


「二個買ったんやろ?」


「みなこの分ちゃうで」


「えー!」


「自分で買い」


「たまちゃんのケチ!」


「なんでケチよ」


「だって食べたいんやもん」


「……」


 珠美は少し考えた。


「じゃあ、半分こする?」


「やった!」


「でも溶けるから、急いで帰ろ」


「うん!」


 二人は少しだけ歩く速度を上げた。


 休日の一日。


 別々に過ごして。


 それぞれの場所で、少しだけ相手のことを思い出して。


 そして最後は、いつものように並んで帰る。


 特別なことは、何もない。


 けれど。


「なぁ、たまちゃん」


「ん?」


「明日も休みやな」


「そうやな」


「明日、何する?」


「さぁ?」


「……じゃあ、また会う?」


「ええよ」


 弥那子は笑った。


「ほな、決まりやな」


「うん」


「明日も、みにたま」


「なんやそれ」


「うちらのことやん」


「まぁ……そうやな」


 二人の笑い声が、夕暮れの道に響いた。


 明日もきっと、何でもない一日になる。


 でも、それでいい。


 ――二人なら。



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