第9話「勉強会」
夏の京都は、朝から暑い。
待ち合わせ場所に現れた弥那子は、いつもの元気が見る影もなかった。
「たまぢゃ〜ん……」
「おはよう。……どうしたん?」
「あづい〜……とける〜……」
弥那子はそう言いながら、電柱にもたれかかった。
「まだ朝やで?」
「朝やから何なん……。暑いもんは暑いねん……」
「夏の京都やし、しゃーないやろ」
「京都の夏、容赦なさすぎるやろ……」
「まぁ、みなこが溶けてるだけやと思うけど」
「うちだけの問題なん!?」
珠美は笑いながら、弥那子の顔を見た。
少し赤い。
「水分ちゃんと取ってる?」
「取ってる。朝から麦茶がぶ飲みした」
「それなら大丈夫そうやな」
「でも暑い……」
「はいはい」
珠美は慣れたように返した。
夏休みまで、あと少し。
けれど、その前に二人には乗り越えなければならないものがある。
「そういえば、来週から期末テストやったよな」
「……」
弥那子の動きが止まった。
「……期末テストってなんやっけ? たまちゃん」
「アカンな、こら」
「なんで!?」
「なんでって、来週からやろ」
「そうやったっけ?」
「そうや」
「……知らんかった」
「知っとき」
弥那子は空を見上げた。
青い。
雲ひとつない。
「ええ天気やなぁ」
「現実逃避すな」
「こんな青空の日に学校行くって、もったいないわ」
「何が?」
「遊びに行きたいやん」
「その前に勉強し」
「はい……」
ちなみに、弥那子は勉強が苦手だ。
……と思われている。
ところが。
中間テストの結果を見たとき、珠美は少し驚いた。
「みなこ、赤点なかったんやな」
「ギリギリな」
「それでも偉いやん」
「えっへん」
「威張れるほどではないけどな」
「なんでや!」
そして、珠美自身の成績はというと、ほとんどの教科で安定していた。
ただし。
「数学だけ、ちょっと悪かったんよなぁ」
珠美がそう言うと、弥那子が顔を上げた。
「数学?」
「うん。ちょっと苦手かもしれん」
「ふーん」
「みなこは?」
「数学だけは得意」
「……え?」
「中間、91点」
「ええっ!?」
「なんでそんな驚くん?」
「他の教科、ギリギリやったやん!」
「数学は別腹や」
「食べ物ちゃうで」
珠美はしばらく弥那子を見つめた。
「……じゃあ、今度一緒に勉強しよか」
「ええで」
「ほんま?」
「たまちゃんの家で?」
「……なんで場所まで決まってるん?」
「うち、一人やとすぐ遊ぶし」
「自覚あるんや」
「ある」
弥那子は胸を張った。
「ほな、お泊まり会やな!」
「勉強会や」
「勉強もするお泊まり会!」
「……勉強会」
「はいはい、勉強会」
こうして、二人の勉強会が決まった。
*
金曜日の夕方。
「お邪魔しまーす!」
「いらっしゃい、弥那子ちゃん」
珠美の母が笑顔で迎える。
「今日も泊まるんやね」
「はい!」
「なんか嬉しそうやなぁ」
「勉強会ですから!」
その横で、珠美が弥那子の大きな鞄を見た。
「……なぁ、みなこ」
「ん?」
「その鞄、何入ってるん?」
「勉強道具」
「ほんま?」
「もちろん」
弥那子は自信満々に鞄を開けた。
漫画。
お菓子。
動物柄のパジャマ。
Blu-ray。
そして――。
「……シャーペン!」
「…………」
「ぐっ!」
「ぐっ!やないねん!」
「ちゃんと持ってきたやん」
「一本だけやろ!」
夕食では、弥那子がすっかり珠美の母と打ち解けていた。
「弥那子ちゃん、これお皿お願いしてもええ?」
「はい!」
てきぱきと手伝う弥那子を見て、珠美が呟く。
「……どこで点数稼いどるんよ」
「一宿一飯の恩義よ」
「何の時代劇なん?」
珠美の母が笑った。
「二人とも、ほんまに仲ええなぁ」
「そうかな?」
「そうなんです!」
二人は顔を見合わせる。
それを見て珠美の母は。
「漫才コンビみたい」
「「漫才コンビちゃうわ!」」
「……やってるんやな」
「「やってません!」」
夕食後、二人は順番にお風呂へ入り、ようやく珠美の部屋へ戻ってきた。
「ふぅー!」
早速、弥那子は珠美のベッドへ飛び込んだ。
「たまちゃんの匂いがするー」
「ちょっ、何言うてんの!」
珠美が慌てて弥那子を引っ張り起こす。
「ほら、勉強するで!」
「えー、ちょっとくらいええやん」
「今日は勉強会やろ?」
「そうやった」
弥那子は鞄をごそごそ探した。
そして取り出したのは――。
「じゃーん!」
「……Blu-ray?」
「『劇場版・雑貨屋スカーレット~はじまりの風~』!」
「えっ!」
珠美の目が輝いた。
「これ見たかったんよ!」
「やっぱり?」
「テレビシリーズは見てたけど、映画はまだ見てへんねん!」
「ほな、見る?」
「……」
珠美は一瞬だけ考えた。
「……ちょっとだけな」
「よっしゃ!」
その「ちょっとだけ」は、二時間後まで続いた。
「いやぁ、よかったなぁ!」
「よかった……!」
「最後のところ、めっちゃ良かった!」
「フィリアが店を始めた理由も、ああいう感じやったんやなぁ」
「アストリッテかわいすぎか」
「たしかに」
「うちも冒険者になりたいわ!」
「みなこ、まず勉強して」
「たまちゃんもな」
「私はしてる!」
「数学苦手やん」
「……それは今からやる!」
二人は顔を見合わせた。
「……勉強する?」
「する」
「ほんまに?」
「ほんまに」
ようやく机に向かった。
「じゃあ、数学教えて」
「任せて!」
弥那子が珍しく先生のような顔をする。
「ここはな――」
「うん」
「この公式使うねん」
「なるほど」
「ほら、簡単やろ?」
「……みなこ」
「何?」
「数学教えるときだけ、めっちゃ賢そうやな」
「失礼な!」
しばらく二人で問題を解いた。
……のだが。
「なぁ、たまちゃん」
「ん?」
「お菓子、なくなった」
「……」
「コンビニ行かへん?」
「今から?」
「うん」
「もう夜やで?」
「二人で行けば怖ないって」
「怖いとかやなくて、まだちょっとしか勉強してへんのやけど」
それでも結局、二人は近所のコンビニまで歩いていった。
「勉強会って、楽しいな!」
「……何しに来たんやろな、私ら」
「お菓子買いに」
「正直すぎるやろ」
*
時計の針が十一時を回った。
「……今度こそ勉強するで」
「うん……」
弥那子の返事が妙に弱い。
「みなこ?」
「……眠い」
「まだ十一時やで?」
「もう十一時や……」
「早いな!」
「たまちゃんも眠そうやん」
「……」
珠美は反論しようとした。
しかし、その瞬間。
「ふぁ……」
大きなあくびが出た。
「ほら」
「……今日はもう寝よか」
「賛成」
「明日の朝、ちゃんと勉強しよ」
「うん」
「約束やで」
「約束」
その数分後。
「ぐー……」
「……早っ」
弥那子はすでに寝ていた。
「朝まで寝る気満々やん……」
珠美も布団に入る。
「……まぁ、ええか」
こうして、勉強会一日目は。
数学を少し教えただけで終了した。
*
翌日からは、さすがに二人とも真面目に勉強した。
弥那子も、珠美に教えるときだけは妙に頼もしい。
そして、数日後。
期末テストが終わった。
「終わったー!」
「終わったなぁ」
二人は校門を出ながら、大きく伸びをした。
「これで夏休みや!」
「その前に結果返ってくるけどな」
「……忘れよ」
「無理やろ」
そして翌日。
「みなこ!」
「ん?」
「数学、めっちゃできた!」
「ほんま?」
「みなこに教えてもろたところ、出たんよ」
「よかったやん!」
「うん!」
珠美は嬉しそうに答案用紙を見る。
「うちは……まあまあかな」
と弥那子も答案用紙を見つめる。
「何点?」
「1点……」
「え?」
「……1点、足りんかった」
「…足りんかった?…」
弥那子は自分の答案用紙を、ゆっくり見せた。
「……99点?!」
珠美の声がおもわず裏返った。
「……みなこ」
「ん?」
「他の教科は?」
「30点台が多かった」
「……」
「数学だけ99」
「……あんたの頭、どないなってるん?」
「さぁ?」
弥那子は首をかしげた。
珠美は答案用紙を見つめたまま、しばらく何も言えなかった。
「……まあ、ええわ」
「何が?」
「数学、教えてくれてありがとう」
「どういたしまして!」
「でもな」
「ん?」
「次は他の教科も上げていくで」
「えっ」
「だって、みなこ数学天才やん。他も出来るて」
「天才言うた!」
「数学だけな!あとはアホや」
「アホちゃうわ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
夏の青空は、今日もやっぱり青い。
テストが終わっただけで、世界が少し明るく見える。
そして――。
「なぁ、たまちゃん」
「何?」
「夏休み、また泊まりに行ってええ?」
「……勉強会ならな」
「やったー!」
「今度はちゃんと勉強道具持ってきてな」
「シャーペン一本でええ?」
「アカン!」
今日もまた、二人の声が青空に響いた。
――勉強会。
その実態は、勉強よりも楽しいことのほうが、少し多いのだった。
面白かったら、感想よろしくお願いします!
たくさん感想いただけたら、第2期も書きます!




