15 愛ゆえのオスカーの苦悩
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数日前。王城、秘密の貴族監査部の執務室。
「お前は馬鹿か、何を言っている」
友人であり、監査部副長官のサイアス・ルビエルが声を荒げた。
「熟考した」
「熟考なんてするから、話がおかしくなるんだ。お前のいつもの頭脳明晰ならではの、即断即決はどこに行った」
「即断することではないだろう」
「だから、それが悩んでいる、と言うことなんだろうが」
サイアスが呆れたように私の顔をまじまじと見る。
そうか、悩んでいたのか。この私が。
「国王の懐刀と言われるお前が、女一人で何をやっている」
「女一人ではない、アリッサは何人にも代えられない、っ!」
サイアスがニヤリと笑った。
「やっと気がついたのか」
「まさか、この私が」
「そうだ、今のお前は、迷える子羊どころか、老犬だぞ」
「……そうか。愛してしまっていた」
「惚れて振られたなら、まだ許せる。愛した女を未熟な若い男に渡し、その後見役を自らかって出た。更に、陛下を説得し呑んでいただくとは、呆れを通り越しているぞ。だから馬鹿だと言った」
「脳筋のお前にだけは言われたくないが、今に限っては上出来な分析だな」
「鬼の長官殿から褒められるとは光栄だ。だが、これはいかん、断固反対だ!今から陛下のところへ行き、全て撤回し、手に入れろ!」
「無理だ。あの二人を引き裂くなど、私にはできない。それに」
「それに」
「私が娶れば、公爵の妻としての重責を背負わせることになる」
「それができる女性であるから、惚れ込んだところもあるだろう?見た目だけで虜になったわけではあるまい」
「そんなことは、わかっている」
「ならなぜだ。この前、屋敷で会った時、アリッサ嬢を見ていても、お前を慕っているのはわかった。あの色のドレスを着て平気な顔をしていた」
「……あれは、あの色のドレスを多く贈っていたからだ」
「全部じゃないだろう、お前のことだ。他の色も混ぜて選択肢を持たせていたはずだ。嫌なら着ない。女ってのはそんなもんだ。目の前にいる男の瞳色のドレスを贈られ、気が付かずに着て、ノコノコと他人に会うか?」
「……いや、まさか、しかし」
「しっかりしてくれよ。ミレーヌは何と報告したのだ。ミレーヌは、私が鍛えた監査部の精鋭で、お前の直属。アリッサ嬢は、ブルーノ卿との面会で、愛しているとか、離れたくないとか、連れ帰ってほしいとか、あんなジジイは嫌だとか、ハッキリ言ったのか」
「ジジイではない、中年に差し掛かっているだけだ」
「反応するのがそこか?」
「うるさい。そう言えば、当家に来る前に別れの手紙を送っていたとか。いや、しかし私のところに来たのは領民の為だ、と最初に言った。それに継母に譲ったではないか」
「それはあの噛みつき女が、取り上げたからだろう。取り調べにお前も同席していたのに何を聞いていた。最初から、愛していますと押しかける女ほど恐ろしく怪しいものはない。ポンコツが過ぎるぞ」
「サイアス、そう次々に抉るな」
「抉りたくもなるさ。亡くなった細君、私の妹を大事にしていたのは知っているし、感謝してきた。でもな、あれは一般的な貴族の婚姻だった。お互いを尊重はしていたし好んではいただろう。しかし大恋愛だったわけではない。妹の性格も、お前の性格も、側にいた俺がよく知っている。だが、今のお前の、のめり込みようは本気にしか見えない」
「本気だ。だから、手放してやることが」
「それは愛情ではない」
「そう言う愛もあるだろう」
「愛しているから、他の男にくれてやるのか」
そうだ、愛してしまったから、アリッサの一番の幸せを実現してやりたかった。
ブルーノはまだ若いがいい男だ。成長する可能性を秘めている。
私が後見をすれば安泰だろう。それの何が悪い!
「……俺は最善を選んだんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そして最愛を失った。このポンコツが!馬鹿者」
サイアスに詰られ、少し溜飲が下がった。
自分で馬鹿をしたことなんて、わかっていた。
でもアリッサを幸せにしたい。
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朝早く、サイアス様が来てくださって、馬車の護衛をしてくださっている。
引退されたとはいえ、前の騎士団長様。国を守ってきたお方に警護をしていただくのは恐れ多い。
公爵様はどこまでも私を甘やかされるのね。
揺れを感じない公爵家の馬車。
昨夜は一睡もできなかった。
公爵様色のドレス。公爵様色のリボン、代々継承する宝石。
思い返すと、私はここに来て、公爵様の色を纏っていた。
ブルーノ様との未来を諦めて、ベルモント領のために覚悟を決めてここに来た。
なのに、楽しい日々だった。
贅を尽くした暮らしだったから?
いいえ、違う。公爵様は質実剛健な方だった。
必要なものは贅を尽くし、そうでないものに散財されることはなかった。
使用人にも手厚かった。
公爵家主導の孤児院の子供たちが飢える事はなかった。
この方になら、ベルモントを託せる、そう思っていた。
ブルーノ様との恋は、幼馴染から始まった。
知っている身近な男性は、お父様とブルーノ様だけだった。
いつも側にいてくれて、兄のようについてまわって、そしていつか恋になっていた。
恋と愛って、何が違うの?
公爵様は、いつもご自分のことを『もう中年だ、若くはない』と仰っていたけれど、そんな風に思ったことはないわ。
ブルーノ様と婚姻して、二人でベルモントを守っていく。
公爵様が、そう仰るなら。
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ポンタンブッシュの収容所行きの港には、中くらいの船が止まっていた。
エメルディ公爵の紋章がついている。
サイアス様が説明をしてくださった。
「ポンタンブッシュへの連絡船は月一回と決められているが、あまりにもアレが凶暴なのでな。騎士団も困ってオスカーが公爵家の船を手配した」
オスカー様の名前が出ると飛び上がりそうになり、胸がギュッと締め付けられる。
護送用の馬車が到着した。
鉄格子の箱に車輪がついていて、その中には薄汚れた真っ赤なドレス姿のプリシラがいた。
サイアス様によると、囚人の白いワンピースを拒否して、誰も着替えさせられなかったそう。それに派手な首飾りもつけている。
確かあれは、お父様にせがんで買ってもらっていたもの。
屈強な男性達が数人で、鉄格子箱ごと船へ乗せようとしている。
私の目の前を通り過ぎた時に、プリシラが気がついた。
「ちょっと!アリッサ!あんたね!」
何一つ変わらない。
「助けなさいよ。私はあなたの母親よ」
私は一歩踏み出した。
「あなたは、ベルモント伯爵家当主の後妻だった。ただそれだけよ。お父様が亡くなった今、もう関わりはないわ。そして伯爵家の財産を持ち出し散財し、ベルモント家を揺らがせた。その罪を償って生きてちょうだい」
「馬鹿なことを言わないでよ。欲しいものを欲しいと言って、何が悪いのよ!よりよく生きるためよ!ワタクシは、美しく愛される価値があるのよお」
馬鹿らしい。
箱が船に積まれた。
出航の鐘が鳴らされる。
「アリッサ!おろしなさい!ワタクシは公爵夫人になる清い身なのよおー」
私はプリシラを凝視した。
多くの人を巻き込み、人生を変えてしまった女。
皆、自分で選んだはず。プリシラを選んだのもお父様。
お父様にも責任がある。
でも、残された家族は、苦しんだ。
「プリシラ!愛される価値があると言うのなら、その責務を果たしなさい!もう二度とこの国の地を踏まないで!」
船が海の上を滑るように出ていく。
プリシラが何か叫んでいるけれど聞こえない。
本来ならば護送船。最後まであなたは運が良い。
公爵家の船、輸送船とは聞いていたけれど、美しい船だった。
プリシラには贅沢すぎるわ。
私はプリシラを一瞥すると、サイアス様に声をかける。
「サイアス様、ここまでご同行いただきありがとうございました」
「納得できたようだな」
「はい」
サイアス様のエスコートで公爵家の馬車に乗る。
その瞬間にサイアス様が一言。
「アリッサ嬢、愛の責務とはなんだろうな」
「えっ」
「いや責務の果たし方も、人それぞれだ」
「……」
「さあ、あなたを無事に送り届けないと、オスカーに処刑される、ハハッ」
馬車の扉が閉まる。
サイアス様は馬に飛びのり、馬上で号令をかける。
「エメルディ公爵家まで、気を抜かずに帰還せよ」
「ハッ!」
騎士達の返事が清々しい。
そうみんな、誇りを持ち、責務を果たしていく。
お祖母様、好きに生きなさいって、難しいわ。




