11 公爵様との縁談、今になって思い出しました
「ん……」
身体中が痛い気がする。
ぐっすり眠っていた気もする。
誰かが手を握ってくれている?
お母様?ハンナ?
もっと大きい手。
首を少し動かしてみると、漆黒の髪が見える。
黒い、髪。まさか、公爵様?
「……アリッサ、目覚めたのか」
「公爵さま、私、どうして」
「とにかく目覚めてよかった。三日も目を覚まさなくてな」
「……三日も、どうして」
公爵様が振り向き、後ろに控えていたフォリーに指示を出し、またこちらを向いて話しはじめる。
「プリシラが乱入してきたのは覚えているか」
「……あ、そうでした」
散歩の後、部屋に戻ったら、プリシラがいたのだったわ。
そして大暴れして、部屋中の物を叩き壊していた。
あ、刺繍机は。
「公爵様、奥様の刺繍机は」
「無事だったが、代わりにあなたが大怪我をした」
「ああ、よかった、無事だったのですね」
「もう二度とあんな無茶はしないと約束してほしい。あなたは、刺繍机とは比べられないほど大切な人なのだから」
ブランケットから出ている手は先程から握られたまま、更にぎゅうっと握られる。いつもよりお疲れのようだわ。
「でも、もうプリシラに大切なものを、跡形なく壊されるのが嫌だったのです」
「物はいくらでも買い直せる。だが、人は失ったら元に戻せない。だから無茶はしないでくれないか」
「はい、気をつけます。ただ」
公爵様が苦笑されている。
「まだ、あなたは『ただ』と言うのか」
「はい、私が大切だと思うものを、壊されそうになったら、やっぱり守ると思います」
「あなたと言う人は」
困ったお顔をなさっている。
部屋がノックされ、医師が来たと告げられる。
公爵様は、握っていた手を離し、その手で私の髪を優しく撫でる。
「診察が終わったら、また来る」
公爵様の手が離れ、お部屋を出て行かれた。
⌘
公爵家お抱えの医師が診てくれた。
その医師の説明によると、火かき棒で力任せに叩かれ、背中の皮膚が裂け、背の骨にひびが入っていたらしい。
そんなに酷かったの?背の骨って折れたら歩けなくなる。
今、少しは痛いけど、寝返りもできたし、ものすごくは痛くない。
なぜかしら?
「すぐに治癒魔法をかけ、裂けた皮膚はほとんどその場で治りましたが、骨が治るまでに三日間、閣下が治癒をかけ続けられました」
公爵様が三日間も?
「今残っている痛みは、細かい神経部分が断絶しているところです。しばらくは痛むと思いますが、軽く身体を動かすように」
「ありがとうございます、先生」
「お礼なら公爵殿に。閣下は王家の血筋でおられるので、治癒魔法が使える数少ないお一人。閣下が側におられたから治癒できましたが、間に合わなかったら奥方の時のように。いやもう過去のことです。くれぐれも無理をせずに、いいですな」
医師が出ていくと、フォリーが寝着を整えてくれる。
「アリッサ様。ご回復に向かわれているので安堵いたしました」
「心配をかけてごめんなさい。ねえ、フォリー、公爵夫人は事故でお亡くなりになったと以前に社交でお聞きしたのだけれど」
「孤児院の訪問の帰り道に、馬車が崖下に転落して。旦那様は公務で王城にいらしたので、間に合わなくて」
そんな、お辛い事ってあるかしら。
「アリッサ様がプリシラ様に襲われたのを見た旦那様は、もの凄い剣幕でその場にあった剣を取り、プリシラ様に剣を向けられたのです。護衛騎士達がやっとのことで、旦那様を引き離して。そしてすぐにアリッサ様に治癒魔法をお使いになれたのです」
そうだったの。
もし公爵様がご不在だったら、私もどうなっていたことか。
またお手数をおかけしてしまったわ。
償いが、どんどん増えてしまう。
それにあのお部屋も滅茶苦茶に壊されて。
え?ここ、どこ?
「ねえ、フォリー、このお部屋、今までの客室とは雰囲気が違う気がするの」
「ええ、ここは、夫人になる方のお部屋ですから」
「え?」
「え?どうかされましたか。アリッサ様」
「いえ、夫人って、前の奥様の」
「いいえ、奥様の喪が明けて、旦那様は見るのが辛いと仰って改装なさいました。ですのでお気になさらずに、ゆっくり療養なさってくださいませ。では、湯あみの準備をしてまいります」
お気になさらず、でも、ゆっくり、ではなくて。
公爵夫人になる方のお部屋——。
ちょっと待って。
私、公爵様から、最初にお会いした時に、聞かれていた。
後妻は嫌か、とか。
私、なんて答えていたのかしら。
領地をお任せするって、言ったわよね。
ブルーノ様のことも聞かれたけれど。
さんざん泣いて諦めて、吹っ切ってここに来たのだもの。
でも償いをしないと。
償い。
公爵様に非礼をしてしまったお詫びの償い。
その償いって、どんなふうに、何をするの?
償いの後はどうなるの?
すっかり忘れていたわ。
じゃあ、後妻?
ちょっと待って、それって私が、公爵様と婚姻するってこと?
えーーーーーーーっ!
「どうした、アリッサ」
寝台の上で悶絶していたら、公爵様が、なんとも言えないお顔で扉の前に立っていらした。
「えっ」
「どこか痛むのか」
「い、いえ、なぜ」
「何度も扉を叩いたが、返事がなく、苦しそうな声が微かに聞こえてきたので、入らせてもらった」
あ、それは。
公爵様との縁談を忘れていて、さっき思い出して焦って唸っていただけなので。
どうしよう。
急に顔が熱くなってきた。
公爵様が寝台に近づいて腰をかけ、私の頬や額に触れる。
「……っ」
「顔が紅くなっている。熱が出てきたのか」
こ、公爵さま、近いです。その整ったお顔が近いです。
「いえ、大丈夫です。お医者様も、もう大丈夫だと」
治癒魔法のお礼も言わないと。
「アリッサ嬢。病み上がりでこんな話はしたくないのだが」
「は、はひ」
声が裏返った。
「ブルーノ殿が、会いたいと言っている」




