10 全員、自己主張始めました
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エメルディ公爵邸サロン。
二人の男たちは、挨拶もそこそこに、向き合っていた。
ブルーノ・サフィエルが意を決した表情で口を開く。
「エメルディ公爵閣下、単刀直入に申し上げる。アリッサ・ベルモント嬢を返していただきたい」
オスカー・エメルディが、片方の眉をあげ応える。
「返す?どこへ返せばいいのだ。ベルモント嬢の住まいはベルモント邸だが、次期伯爵が決まらぬ故、貴族管理官の指示で、今は当家に滞在中だ」
「当家でお預かりしたいと考えております」
「ブルーノ卿、サフィエル侯爵家で預かる理由を述べられよ。其方らは婚約者ではない。卿は後継だが、この話をするとしたら、現サフィエル侯爵が来られるのが筋、と言うものだ」
「……承知の上で、お願いにあがりました」
ここまでの経緯、二人の男たちはわかっていた。
王家の意向は王命と変わらない。
プリシラの問題もさることながら、ベルモント伯爵に直系男子がいないことで、爵位継承及び領地経営が棚上げとなっていた。
その打開方法は、王国の法により、直系子のアリッサが婚姻した相手に委ねる、それしかなかった。
「ブルーノ卿とアリッサ嬢が、婚約間近だったことは知っている。だが、貴族社会は口約束だけでは、どうにもならない事はご存知だろう。陛下もお憂いになり当家に打診がきた。それはご存知のはず」
亡きベルモント伯爵が、二人の婚約を後回しにし、プリシラ男爵令嬢との婚姻を先にしてしまった。
それが、今回の問題を引き起こしてしまうとは、誰が思っただろうか。
「だからこそ、私はアリッサ嬢と婚姻をして、ベルモント領を守って行く所存で、本日はお願いに参りました」
「うむ。だが、当家はすでにベルモント嬢から全権を預かり、家令補佐を含め数人を派遣し、管理に当たらせている。あくまでも仮であるが」
「これから、私が引き継ぎます」
「非常に言いにくいことだが、国王陛下は、当家にベルモントの領地経営を託したいとのお考えだ。書状もいただいている。ただし私としては、其方らを引き裂いてまでベルモントの領地を手に入れるつもりもないし、欲しいとも思っていない」
「ならば」
「ブルーノ卿、問題は、あなただ」
「えっ、それはどういう」
「あなたは、まだ若い。後継の立場でアリッサ嬢と婚姻し、侯爵領とベルモント領を治めることができるか。お父上のサフィエル侯爵殿はどのように仰っておられるのか」
「それは……」
「息子の気持ちもわかるが現実には難しい、と言われたのではないか」
「……なぜ、それを」
「ブルーノ卿、私があなたの年頃には、もう公爵を継いでいた。九歳の時に父が亡くなり爵位を継いだ。もちろん王領の一部を賜っていたこともあり、最初の一年は王家の文官の派遣もあってなんとか役目を果たしてきた。その後二十年余り、公爵としての役目を果たしてきた。今の私でも、二つの領地の統治は二の足を踏む」
「閣下、私はアリッサを愛しています」
「愛だけで、ベルモント嬢と領民を幸せにできるか」
「努力します。そうでないと、閣下とアリッサは政略結婚になってしまう」
「それの何が問題なのだ。貴族同士の婚姻は基本は政略だろう」
「そうですが、閣下は、ご夫人を亡くされてからは」
「誰も愛さない、婚姻もしないと言ってきた。社交界では有名な話だが、後妻に群がる女性避けのためだ」
「アリッサが可哀想です」
「何故決めつける」
「愛のない結婚など」
「ブルーノ卿、愛がない?その根拠は」
「え?」
「私は、アリッサ嬢を非常に好ましいと思っているし、縁があれば幸せにしてやりたいとも思う。強いて言うなら、私と十近く歳が離れている、くらいか」
「アリッサが望んでいるとは思えないのです」
「アリッサ嬢は、覚悟して当家に来られている、と私は認識しているのだが」
「そんなはずは、アリッサに会わせてください」
「それは構わないが、お父上の喪があけてやっと日常を取り戻しているところだ。あまり負担をかけないでやってほしい」
「くっ……」
その時サロンの扉が叩かれた。
護衛騎士から扉近くに控えていた家令に何かが伝えられ、家令が公爵に囁く。
「旦那様、あの者が」
「動いたか」
「そのようです」
「護衛を先に行かせなさい。私もすぐ行く」
入り口にいた護衛騎士が即座に反応した。
「ブルーノ卿。急ぎの要件が発生した。申し訳ないが、今日は一旦お引き取りいただきたい。アリッサ嬢との時間は必ず設ける」
「承知しました」
「では、失礼する」
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アリッサの滞在する客室。
プリシラが火かき棒を振り回す度に、部屋の調度品が壊れていく。
「プリシラ!いい加減になさい」
「何よ!母に向かってその口の利き方は」
もう、許さない。
「お父様が亡くなった今、あなたは《おかあさま》でも何でもないわ。私とあなたは養子縁組をしていない。それにお父様は、あなたを、正式な伯爵家の正妻ではなく、一代限りの後妻にしていた」
「なにそれ、妻は妻でしょ!」
火かき棒がぶんぶんと音を立てている。
「私も後から知ったわ。一代限りの後妻、つまり、もしあなたと父の間に男子が生まれても後継ぎにはなれない。そういうことよ」
そう、お父様は伯爵家を守るために、全てを私に託した上で、それを王家が有能な貴族に託す事を見据えていらした。
お父様は、やっぱりお父様だった。
「この女ーーーーーッ」
さらに激昂したプリシラは、全てを叩き壊していく。
そして、火かき棒が、刺繍のやりかけが置いてある刺繍机に向かっていく。
それは駄目!
ミレーヌさんや奥様の侍女たちが譲り受けた奥様の形見を、私に貸してくれたもの。
刺繍机は公爵様が奥様に贈られたものだと聞いていた。
この女は、私のお母様の宝石も全て型が古いと作り変えてしまった。私のものだったドレスも全て、胸元を下品に広げ、作り変えた。
そして、次は、これを壊すの?
「プリシラ、駄目ーーーーーーーッ」
私は刺繍机に覆い被さった。
ドスッ!
バーン!
入り口で大きな音がする。
「アリッサ嬢、この女、何をする」
「きゃーーアリッサ様が」
色々な声や金属がぶつかる音が聞こえる。
「うるさい、うるさい、うるさい!欲しいのよう」
刺繍机にしがみついたまま、顔をあげると、プリシラが剣を抜いた護衛騎士達に取り押さえられていた。
壊れた扉から公爵様が駆け寄ってらっしゃる。
「アリッサ!」
抱き起こされるけれど、何だか痛い。
「良かった、今度は、形見を、守れ、まし……」
激痛と安堵がないまぜになって目を閉じた。
不定期更新ですが完結します。




