9 プリシラに乱入されました
公爵様と庭園を見に行った数日後、乗馬用のドレスが届いた。
「ミレーヌさん、公爵様によくしていただきすぎて。私、どうすればいいでしょうか」
「アリッサ様、私のことはどうかミレーヌとおよびくださいね。それとアリッサ様は旦那様のお客様なのです。滞在中はご不自由のないようにご準備するのが当家のしきたりですので、どうかお受け取りくださいませ。その方が旦那様も喜ばれるかと」
「それでも多すぎます。何のお礼もできないのに」
お礼どころか、償いが待っているのに。
楽しい日々を過ごせば過ごすほど、後が辛くなる。
「ではアリッサ様、ありきたりかと思いますが、刺繍などは」
「喜んでくださるかしら」
「差し出がましいようですが。旦那様は奥様を亡くされてから、お仕事に没頭される日々で。アリッサ様がいらっしゃってから、よくお笑いになられて。使用人は皆、感謝しております。先日のお庭へのお散歩も、一年ぶりでございました」
いつもお忙しそうだもの。
「そのお気持ち、少しはわかる気がいたします。私もお母様を亡くした時は何をどうしていたのか、沈むばかりだったわ。そのあと、お父様も亡くなって。でも前を向かないとね」
「アリッサ様はお父上様もお母上様もお亡くしになって、お察しいたします」
「ありがとう、ミレーヌ。では刺繍をいたしましょう。糸やお道具は私の手持ちのお金から購入したいのですが」
「アリッサ様、刺繍糸はたくさんございます。奥様が残していかれたものですが」
「でも、亡くなられた奥様のものですのに、勝手に使って良いのでしょうか」
「旦那様が私達に形見として下さったのですが、なかなか使う機会がなくて。どうぞお使いくださいませ」
「ありがとう」
公爵家の紋章は、剣に月桂樹の葉が複雑に絡んでいる。
図書室にあった図案帳からゆっくり書き写していく。
償いをするまでに出来上がるかしら。
⌘
ゆっくりと日々が過ぎて行く。
刺繍をしながら、ブルーノ様を思い出していた。
私がまだ幼い頃にした初めての刺繍は、とんでもない柄になって、ブルーノ様の笑いは止まらなかった。でも笑って受け取ってくださった。
もう遠い昔の思い出になってしまった。
公爵家でお世話になって、もう半年も過ぎたのね。
まだ王家の結論と諸々が決まっていないそうなので、滞在は続くみたい。
何もしないのも気が引けて、お願いして公爵家が運営している孤児院へお手伝いに行ったり、庭園も一つ任せていただいて、新しいお花を植えたり、少しはベルモントにいた時のような日々を取り戻している。
公爵様はお忙しい方だけど、時々お散歩に誘って下さったり、乗馬で少し遠乗りもするようになっていた。
一日を大切にして日々を過ごしていく、それが普通になるころ、事件は起きた。
私は朝のお散歩を終えて、部屋に帰った時だった。
侍女のフォリーがついてくれていたけれど、まだ早い時間なので一人で刺繍をするわと、下がってもらった。
「では何かあればお呼びくださいませ」
「ありがとう」
さあ、刺繍の続きをしましょう。
扉がそっと閉まったあとに、ガチャリと鍵を閉める音が聞こえて振り向く。
メイドの格好をした継母がいた。
何故ここにいるの?
「アリッサ!まだここに居座っていたのね!」
「お継母様、なぜここに」
「抜け出したのに決まってるでしょう。なーんにもないところは楽しくないわ。それに危ないって外に出る時も護衛がついて来るし。まあお金ももらえるし、欲しいものは買ってもらってるし。でも飽きちゃったのよ。それで護衛騎士に宝石を渡してお使いに行かせて、本館に運ぶ洗濯物の山からこれを貰った。あとは、新人メイドで迷ったと言って、ここまで連れて来てもらったわ」
この人、こういう悪知恵だけは働くのね。
「それって、何をなさっているのかわかっているのですか」
「こっちが聞きたいわ、私の部屋は北の離れなのに、なんでアリッサが本邸にいるのよ。こんな広い部屋でずるいわ!ずるい」
もう駄目だわ、はっきり言わないと。
私の償いだけでは足りなくなってしまう。
「お継母様、あなたは公爵様とは結婚できないのです。諦めて男爵家にお戻りください」
「いやよ!あんな貧乏な家に帰るものですか。縁談をくれるって言ったでしょ!約束は守りなさいよ、嘘つき!私から取り返そうとして。なんておこがましい女なの」
「結果的に嘘になってしまったことはお詫びいたします。でももう何をどうしても、王家から来たお話を覆すことはできないのです。あなたはベルモント家の血筋ではないのですから」
「じゃあ、アリッサが死ねば、私が当主よ」
「違うのです。私が死んだら、王家にお返しするだけ。お継母様には何も残らないのです」
「よくも、よくも、騙したわね」
継母が手当たり次第に物を投げる。
そして、衣装部屋に気がついた。
「これ何!まあ、なんて素敵なドレス。ちょうだい」
「ダメです、それは公爵様から」
「オスカー様からもらったの?」
「お借りしているだけです。後で全てお返しします」
「いいわ、じゃあ半分もらって行くから」
「お継母様、やめてください。もうこれ以上、周りに迷惑をかけないでください」
「迷惑?」
「そうです、なんでも欲しいと思っても、手に入らないものもあるのです」
「だって欲しいものは欲しいのよ」
結局この会話になるのね。
継母の行動は全てここから始まるのよ。
欲しい。
そして手に入れるまでしつこく言い続け、さらにとんでもない行動を起こしていく。
「お継母様、私はお譲りしました。でもお継母様の思い通りにはならなかった。それは仕方がないことです」
「アリッサが悪いからよ。私を騙してオスカー様を取り上げたんじゃないの」
「取っていません。そもそも公爵様は、物ではないのです。選ぶ権利はお継母様ではなくて、公爵様にあるのです」
「なんでよ!私が決めたのだから、いいじゃない」
「よくありません。公爵様と男爵令嬢のお継母様とでは、貴族としてのお立場が違うのです」
「……じゃあ、私が王女になればいいんでしょ」
ああ、ダメだわ。
またこの話になってる。
そして継母はドレスを物色し始めた。継母を止めようとしても、突き飛ばされる。
この人、華奢なくせになんでこんなに力があるのよ。
ドレスの引っ張り合いになった。
ビリッ、ビリビリッ!
あ、ドレスが破れる。
「お継母様やめてください。これはお借りしている物なのです」
「うるさい、うるさい、私のものよ!」
ドンドン、ドンドンドン!
「アリッサ様、いかがなされました。大きな音がしているとメイドが気がついて。開けてくださいませ」
「フォリー、プリシラが暴れているの」
精一杯の大声で叫ぶ。
「アリッサ!よこしなさいよっ」
ガッシャーン!
継母が振り回したドレスが陶器の花瓶にあたり、花瓶が落ちて割れた。
一面水浸し、破片と花も散らばっている。
「もうやめて!何度言ったらわかるの?どんなに欲しがっても、手に入らないものは、手に入らないの!」
「うるさい‼︎!」
継母は、暖炉の側に置いてあった火かき棒を振り回し始めた。
この人、絶対におかしい。
逃げないと。
⌘
その頃、サロンでは、ブルーノ・サフィエル侯爵子息が、オスカー・エメルディ公爵と対峙していた。




