8 公爵邸での初デート、赤面してしまいました
⌘
エメルディ公爵家の客室。
継母の処遇も、私の責任問題も、すぐには決められないと言われ、私はしばらく公爵家に滞在することになって、すでに一週間が過ぎた。
申し訳ないと思うのだけれど、公爵様は侍女をつけてくださった。
自分のことは自分でできるので、ご辞退したのだけれど、侍女頭のミレーヌさんに公爵家のやり方に従うように言われて、お受けすることにした。
なぜかプリシラと顔を合わせることもなく、久しぶりに静かな日々を送れている。公爵様とお顔を合わせることもなかった。
この広いお屋敷、どこがどうなっているのかわからないから、大人しくしている。
喪に服していたので、お食事もお部屋でいただいていた。
小さな図書室を教えてもらって、たくさんの本を読んだわ。
「アリッサ様、今日のドレスはいかがいたしましょう」
ドレス室を見て、私は目をむいた。
「アリッサ様、喪は明けましたので、旦那様が、新しいドレスを御準備くださいました」
そう喪は明けたわ。
未亡人の方で、ずっと黒をお召しになる方もいるけれど、未婚女性は喪が明けると共に日常へと戻って行く。
「フォリー、これはあまりにも多すぎるわ」
「旦那様がご用意されたので、お召しいただきたいのですが」
確かに、辞退ばかりすると、公爵様に失礼だわ。
それにしても、財力も何もかもが違う。
お祖母様がつけて下さった家庭教師に学んでおいてよかったわ。
淡い色を基調として、色とりどりのドレスが並んでいる。
まだ喪明けしてすぐだから、華やかな色は気乗りがしなかった。
紺色に薄い緑色の縁どりがあるデイドレスを選ぶ。
「まあ、素敵ですわ」
侍女達が手伝ってくれる。色がついたドレスって、こんなに綺麗だったかしら。
「アリッサ様、お髪はいかがいたしましょう」
「ずっと、束ねていたから、どうするのか忘れてしまったわ」
クスクスと皆で笑う。
「まだお若いのですから、もっと装ってくださいませ」
髪をとかしながらフォリーが髪留めを選んでくれる。
「……そう、ね」
どうしようもなく、涙が出てしまった。
「アリッサ様、何か失礼を」
「違うの。フォリーたちは悪くないの。亡くなったお母様とよくドレスや髪留めを選んだことを思い出しただけ」
そう、そのあと、あの継母が乗り込んできたから。
私は思い出の品を全て取られてしまった。
気を取り直して、髪留めを選ぶ。
とても綺麗なリボンがあったわ。
「これがいいわ。領地のロメイルと言うお野菜にそっくりな色。美味しいのよ」
侍女たちがまた笑う。
「美味しいのですか?」
「ええ、そのままパリパリいただくの」
笑いながら、ロメイルの緑の葉に似た幅広の絹のリボンがふんわりと結ばれて整えられる。
「アリッサ様、お美しいですわ。お痩せになっていたのも、かなり戻ってこられましたし、目の周りの隈も綺麗に」
「そうね。目は落ち窪んで、胸元の骨が見えていたから、自分でも恐かったわよ」
「アリッサ様は恐くないです、旦那様なんてどんなに恐いことでしょう」
「そんなに恐い方なの?」
「ええ、それはもう」
みんなで、取り止めのない話で笑う。
ドレスを着終わったら、お昼までする事がないから、本でも読もうかしら。
部屋がノックされる。
「アリッサ様、旦那様が昼食前にお散歩をご一緒に、と申されています」
侍女頭のミレーヌさんだった。
一瞬迷った。でも、ここの主。
あの呼び出された日以降、お会いしていないから、お礼もお伝えしなくては。
「喜んでお受けいたします」
⌘
公爵邸の庭園へ。
階段を降りると、エントランスには、すでに公爵様が待っておられる。
「お待たせして申し訳ございません」
「いや、今来たところだ。謝らなくていい」
「公爵様、この度は色々なお気遣いありがとうございます」
深々と礼をする。
「いや、当たり前の事だ、客人に不自由をさせては、当家の品位にも関わる」
さすが、筆頭公爵家だわ。
公爵様が咳払いをされる。
「……アリッサ嬢、その、とても、似合っている」
「ありがとうございます。素敵なドレスを。たくさんすぎて私には分不相応です」
「あれが、たくさん?少ないくらいだ。午前中、午後、夜のドレス。一日三回着替えて、最低でもひと月で百着は必要だろう」
「……その」
ちょっと待って。どう言う計算になるの?
「庭を案内しよう」
手を差し出される。
素直に手を乗せると軽く握られた。
この方、落ち着いて見ると、もの凄く整ったお顔をしてらっしゃるのね。それに、こんなに背が高かったかしら。
エントランスを出ると、馬車が用意されている。
「……あの、お散歩とお伺いしていたのですが」
「ああ、花が咲いている庭園まで、少し距離があるのでな。馬で行ってもいいが。レディは馬が苦手なものだろう」
庭園まで馬車?ここは王都のお邸でしょう?
私の感覚がおかしいのかしら。
「いえ、私、馬がいいです。乗れます。領地では毎日馬に乗って、農家の収穫を見回って、あ」
口に手を当てる。やってしまった。
公爵様になんてお話を。
「ハハッ、では馬を。今日は、私の馬に乗ってくれないか。そのドレスでは危ないだろう。次までには乗馬用のドレスを作らせよう。ミレーヌ、手配をするように」
「かしこまりました。旦那様」
すぐさま、二人乗り用の鞍がついた立派な馬が連れてこられて、公爵様がサッと飛び乗り、私に手を差し出してくださる。
今更、お嬢様ぶっても仕方ないわ。どのみち、償いが待ってる。
公爵様の前に乗せてもらって、馬は駆け出した。
ああ、気持ちいい。
風を切って、木立を抜け、庭園が見えて来た。
春の花が咲き乱れている。
なんて優しい花々。
馬を降りて、散歩する。
「ここが王都だとはとても思えないです」
「亡き妻が、田舎暮らしに憧れて、この庭園を作らせたのだが」
「そうだったのですね。自然のままに咲く花は、強いのです。抜いても抜いても咲きます、それが畑だと大騒ぎです。ふふっ」
「あなたは領地が好きだったのだな」
「ええ、幼い頃はほとんど領地で、色々な苗を見て育ちました。暑さや寒さに強い苗や種を残す事が、次の収穫につながります。父も母も、っ……」
お父様とお母様を思い出してしまった。
この庭園の先に、いらっしゃるみたいに思ってしまう。
「お父上もお母上も領地の発展に尽くされた方だった。ベルモント領の農作物は品質も良く、国の台所を賄ってきた。アリッサ嬢がそれを守ろうとしていることも、よくわかっているつもりだ」
「ありがとうございます」
あ、しんみりしちゃった。
「いつか、ベルモントのどこまでも続く畑をお見せしたいです」
あ、私、何を言ってるの、もう、今日はちょっとおかしいわ。
花々の中を通り抜けて行く。靴の裏に土の感触がして心地よい。
「アリッサ嬢、そちらは靴が汚れるのではないか?」
え?しまった。いただいたドレスや靴を汚してはいけない。
いつかお返しする時がくる。
急いで靴を脱ぐ。
あー気持ちいい。
両手に脱いだ靴を持って、どんどん土の道を歩いて行く。
全部、忘れられたらいいのに。
「…リッサ、アリッサ嬢、どこまで行く」
え?振り向くと、公爵様は、馬上で追いかけて来てらした。
あー、またやってしまった。
「ごめんなさい。気持ち良くて」
「それは良かった。そろそろ昼食だ、戻ろう」
手を差し伸べられる。両手に靴。
公爵様が苦笑してる。
「靴は預かろう」
先に靴を渡すと、公爵様は乗馬コートのポケットに靴を無造作に入れて、私を引き上げ馬に乗せて下さった。
そのあと、私はお邸のエントランスで、使用人達の前で、醜態を晒す事になるなんて、考えていなかった。
帰り道も気持ち良かった。靴を履いてないことも忘れて馬上の走りを楽しむ。
そしてエントランスへ。
「旦那様、アリッサ様、おかえりなさいませ」
先に公爵様が降りて、手を差し出す。
なんか慣れてきたせいもあって、手を差し出す。
え!
横抱きにされる。
「っ、公爵様、なにを」
「何って、靴を履いていないだろう。それに素足で庭園を歩いたから泥だらけになっている」
また、やってしまった。
淑女たるべきもの、素足を見せるだけでなく、泥まみれ。
私は、恥ずかしくて顔も上げられず、公爵様の胸に顔を埋め、二階の客室まで横抱きのまま運ばれた。
これは、
散歩じゃない!
読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが、完結します。




