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古代AI少女と始める異世界救済旅 〜知識は神話級なのに、常識だけが致命的に足りない〜  作者: 磯辺


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4/30

王都まで馬車で三日

 街道の先に、荷馬車が見えた。


 荷台には木箱が積まれ、布で覆われている。

 馬は一頭。

 御者台には、丸い帽子をかぶった中年の商人が座っていた。


 俺はアイリスを見た。


「いいか。まともに頼むんだぞ」


「了解しました」


「強制受注も、危険の演出もなしだ」


「制限条件を確認」


「確認じゃなくて守れ」


「遵守します」


 アイリスは胸を張った。


 信用ならない。


 俺は荷馬車に向かって手を上げた。


「すみません!」


 商人がこちらに気づき、馬車をゆっくり止める。


「おや、旅人かい?」


「王都方面まで乗せてもらえませんか。馬車代は払います。途中まででも構いません」


 俺がそう言うと、商人は俺とアイリスを交互に見た。


 そして、アイリスで視線が止まった。


 古着を着せても、銀髪と青い瞳は隠しきれない。

 外套の袖は長すぎて、手もほとんど見えていない。


 どう見ても普通の村娘ではなかった。


「……そちらのお嬢さんは?」


「迷子です」


「不正確です」


 アイリスが即座に言った。


 俺は嫌な予感がした。


「私は古代文明の最高――」


「遺跡で拾った迷子です」


 俺はアイリスの言葉をかぶせた。


 商人は目を丸くする。


「遺跡で拾った?」


「そういう種類の迷子です」


「種類があるのかい、迷子に」


「最近できました」


「雑な説明ですね、アーデル」


「黙ってろ」


 商人はしばらく俺たちを見ていた。


 それから、腹を抱えて笑った。


「ははは! 面白いねえ、君たち」


「笑いごとじゃないんですけど」


「いやいや、こういう旅人は嫌いじゃないよ。王都方面なら途中の宿場町まで行く。そこまででよければ乗せてあげよう」


「助かります」


「ただし、荷台の隙間だ。座り心地は保証しない」


「十分です」


 俺は革袋から銅貨を出そうとした。


 その瞬間、アイリスが一歩前に出る。


「交渉補助を実行します」


「するな」


「かわいいは交渉性能に影響すると記録済みです」


「使うなって言っただろ」


 アイリスは商人を見上げた。


 長すぎる袖を少し持ち上げ、胸を張る。


 いつもの真顔だった。


 ただ、ほんの少しだけ表情が硬い。


 さっき覚えたばかりの言葉を、自分の中でどう処理すればいいのか分からないまま、それでも高性能個体の証明として押し通そうとしているような顔だった。


「私は、かわいいです。よって値引きを要求します」


 場が止まった。


 風が、街道の草を揺らした。


 商人はぽかんとしたあと、盛大に吹き出した。


「ははははは!」


「ほら見ろ!」


「成功しました」


「してない!」


 商人は目元をぬぐいながら言った。


「いや、いいよ。面白かったから半額でいい」


「成功しています」


「してる……のか?」


 納得したくない。


 しかし、半額はありがたい。


 俺は複雑な気持ちで銅貨を渡した。


「アーデル」


「何だ」


「かわいいは有効です」


「その使い方は間違ってる」


「結果が出ています」


「結果だけで正しさを判断するな」


 俺たちは荷台に乗り込んだ。


 木箱の間に腰を下ろす。

 干し草の匂いと、乾いた木の匂いがする。


 荷台の端から外を見ると、ロット村へ続く道がだんだん遠くなっていった。


 商人が手綱を鳴らす。


 馬車がゆっくり動き出した。


 王都まで、馬車で三日。


 第二王女が死ぬとされる日まで、同じく三日。


 余裕はない。


 だが、歩くよりはずっと早い。


 アイリスは荷台の端に座り、街道の先をじっと見ていた。


「アーデル」


「何だ」


「現在の経路は非効率です」


「始まったな」


「王都までの最短経路を算出しました」


「聞くだけ聞く」


 アイリスは外套の袖から白い指先を出し、東ではなく北東の森を指さした。


「あちらです」


「森だな」


「はい」


「道は?」


「ありません」


「却下」


「まだ詳細説明をしていません」


「道がない時点で却下だ」


「森林を直進し、崖を下降し、川を横断すれば、現在経路より二十一パーセント短縮可能です」


「人間は直線で移動できないんだよ」


「歩行機能は直線移動に対応しています」


「崖を下降のところでだいたい死ぬ」


「縄を使用すれば可能です」


「馬車は?」


「置いていきます」


「乗せてもらった意味がなくなるだろ」


 御者台の商人が振り返った。


「何の話だい?」


「この子が、王都まで森と崖と川を突っ切ろうとしてます」


「そりゃやめた方がいい。北東の森には古い崖道があるけど、今は崩れてるよ。去年、荷馬車が一台落ちた」


「ほらな」


「落下事例を確認。危険度を再計算します」


「最初から計算しろ」


「現地劣化情報が不足していました」


「だから道を知ってる人の話を聞くんだよ」


 アイリスは商人を見た。


「商人個体」


「せめて商人さんと呼べ」


「商人さん個体」


「混ぜるな」


 商人は笑った。


「私はボルドだ。行商人をやってる」


「ボルド個体」


「やめろ」


「ボルドさんでいいよ」


 ボルドは気にした様子もなく笑っている。


 この人、器が広い。


「ボルドさん、王都までは本当に三日ですか」


 アイリスが尋ねた。


「普通に行けばね。今日はミナギ宿場まで。明日は石橋を越えて、明後日の夕方には王都の外門が見えるはずだ」


「三日後の中央儀式に間に合いますか」


 俺は少しだけ息を止めた。


 ボルドが首を傾げる。


「中央儀式? ああ、王女様の儀か。神託で出ていたね」


「知ってるんですか」


「そりゃあね。昨日の夕方、街道沿いの神託碑にも出たよ」


 ボルドは手綱を軽く揺らした。


「第二王女エリシア・レーヴェン、王家更新の儀へ臨むべし。たしか、そんな文だったかな。王都じゃ大きな祝祭になるらしい」


「祝祭……」


「王家の儀式なんて、庶民にはめでたい話さ。王都に近づくほど、人も増えるだろうね」


 そこでボルドは、少しだけ声を落とした。


「まあ、誰も触ってない石碑が夕暮れに一斉に光り出すのは、何度見ても背筋が冷えるけどね」


「……冷える?」


「ありがたいんだよ。橋が落ちる前に知らせてくれたこともある。魔物の群れを避けられたこともある。けど、神託の文字ってのは、たまに妙に冷たい」


 ボルドは前を向いたまま言った。


「こっちを見てるようで、見てない感じがするのさ」


 荷馬車の車輪が、小石を踏んだ。


 がたん、と荷台が揺れる。


 俺は何も言わず、荷台の縁を握った。


「アーデル」


 アイリスが小さく言った。


「到着遅延は許容できません」


「分かってる」


「では北東の崖道を――」


「分かってないな」


「二十一パーセント短縮可能です」


「死んだら百パーセント遅延だ」


 アイリスは黙った。


 たぶん計算している。


 こういう時、本当に計算しそうだから困る。


「……死亡時の到着可能性はゼロです」


「そこから理解するのか」


「人間の移動計画には、生存維持条件を優先的に含める必要があります」


「よし、一つ賢くなった」


「記録しました。人間は死ぬと遅い」


「言い方!」


 ボルドが御者台でまた笑った。


 馬車は街道を進む。


 左右には畑が広がり、遠くには低い丘が見える。

 空は晴れていたが、昨日の雨で道の端には泥が残っていた。


 しばらく進むと、小さな石碑が道端に立っていた。


 古い祠のような形をしている。

 表面には、神託文字を刻むための平たい石板がはめ込まれていた。


 今は光っていない。


「街道の神託碑だ」


 ボルドが言った。


「旅人にはありがたいものだよ。橋が落ちたとか、魔物が出たとか、たまに知らせてくれる」


 俺は、光の消えた石碑を見た。


 アイリスは石碑をじっと見つめていた。


「末端装置」


「また変なこと言うな」


「旧式ですが稼働しています」


「黙ってろ。ボルドさんに聞こえる」


「聞こえてるよ」


 ボルドが笑った。


「末端装置ってのは、神託碑のことかい?」


「ええと、こいつの独特な言い方です」


「学者さんみたいだねえ」


「学者というより、厄介な古代遺物です」


「訂正を要求します」


「却下」


 アイリスはむっとした顔で、外套の内側に手を入れた。


 取り出したのは、蜂蜜菓子の包みだった。


「おい、今食うのか」


「違います。確認です」


「何の」


「保存状態」


「大事にしすぎだろ」


 アイリスは包みを開けずに、またしまった。


「味覚調査は適切な環境で行います」


「だから菓子食うだけだろ」


「重要調査対象です」


「はいはい」


 ボルドが振り返る。


「嬢ちゃん、甘いものが好きなのかい?」


「不明です」


「不明?」


「ですが、この物体には高い調査優先度があります」


「好きってことでいいと思うよ」


「好き」


 アイリスはその言葉を繰り返した。


 ほんの少しだけ、間があった。


「好き、とは所有希望の継続状態ですか」


「難しいねえ」


「ボルドさんに聞くな。余計分からなくなる」


 ボルドは楽しそうに笑った。


「いや、旅はこういう方がいい。静かすぎるより退屈しない」


「こっちは退屈する暇がないです」


「いいことじゃないか」


 ボルドはそれ以上、俺たちの事情を聞かなかった。


 王都へ急ぐ理由も。

 アイリスが何者なのかも。

 王女の儀式をなぜ気にしているのかも。


 ただ手綱を握ったまま、前を向いている。


 行商人というのは、たぶんそういうものなのだろう。


 道の上には、聞かない方がいい話がいくつも転がっている。


 馬車は昼前に小さな休憩所へ着いた。


 街道沿いに木陰があり、水場がある。

 旅人が何人か休んでいた。


 ボルドは馬に水を飲ませるため、馬車を止める。


「少し休もう。王都へ行くなら、今のうちに食べておいた方がいい」


 俺は荷袋から黒パンを取り出した。


 固い。

 これを食べると、いつも自分が貧乏だと実感する。


 アイリスは俺の手元を見ていた。


「それは摂取対象ですか」


「パンだ」


「黒いです」


「安いからな」


「硬度が高いように見えます」


「安いからな」


「味は」


「安い味がする」


「説明になっていません」


 俺は黒パンを半分に割った。


 割ったというより、力で折った。


 アイリスがじっと見ている。


「食いたいのか?」


「食事は不要です」


「じゃあ見るな」


「現地文化調査です」


「またそれか」


 俺は小さくちぎったパンを差し出した。


「ほら。一口だけな」


 アイリスはパンを受け取った。


 長い袖のせいで、動作がぎこちない。


「摂取します」


「食べますって言え」


「食べます」


 アイリスは黒パンを口に入れた。


 数秒、無表情。


 そして、ゆっくり眉を寄せた。


「水分が不足しています」


「安いからな」


「口腔内における負荷が高いです」


「安いからな」


「この物体は、食事というより耐久試験です」


「否定はしない」


 ボルドが水を飲みながら笑った。


「嬢ちゃんには蜂蜜菓子の方が合いそうだね」


 アイリスの手が、外套の内側へ伸びかけた。


 途中で止まる。


「適切な環境ではありません」


「どんな環境ならいいんだよ」


「不明です」


「不明なのに待ってるのか」


「はい」


 アイリスは外套の内側を、袖越しに押さえた。


 蜂蜜菓子はそこにある。


 それだけ確認しているみたいだった。


 俺は何も言わず、水袋を渡した。


 アイリスは受け取って、黒パンを水で流し込む。


「人間の食事は非効率です」


「三回目くらいだぞ、それ」


「必要回数分です」


「便利な返し覚えたな」


 昼食を終えて、再び馬車に乗る。


 午後の街道は少しぬかるんでいた。


 車輪が泥に取られ、馬車が何度か大きく揺れる。


 アイリスは荷台の木箱につかまった。


「揺れが大きいです」


「昨日雨が降ったからな」


「移動効率が低下しています」


「だから街道は天気に左右されるんだよ」


「石畳整備を推奨します」


「俺に言うな」


「王都到着後、第二王女に道路整備案を提示します」


「まず命の話をしろ」


 その時、馬車が大きく傾いた。


 右の車輪がぬかるみに沈む。


 ボルドが手綱を引いた。


「おっと、これはまずいな」


 馬がいななき、馬車が止まる。


 右側の車輪が泥にはまっていた。


 俺とボルドで馬車の後ろへ回る。


「せーの!」


 押す。


 車輪は少しだけ動いたが、すぐ泥に沈み直した。


「もう一回!」


 押す。


 動かない。


 ボルドが息を吐いた。


「こりゃ、荷を少し降ろすしかないかな」


 その時、アイリスが車輪の前にしゃがんだ。


 外套の袖が泥につきそうになる。


「泥の粘性が高すぎます。車輪下部の接地面を増やす必要があります」


「簡単に言え」


「平たいものを下に入れてください」


「平たいもの……」


 俺は荷台を見た。


 木箱がいくつか積まれている。

 その左下に、一つだけ蓋の割れた箱があった。


 割れ目はある。

 でも、完全には死んでいない。


 木目の噛み方が、まだ残っている。


「……あれだ」


 俺は荷台に手を伸ばし、壊れかけた木箱の蓋を引き抜いた。


 ボルドが驚いた顔をする。


「それ、割れてるぞ」


「割れてるけど、使える」


 俺は木箱の蓋を車輪の下へ滑り込ませた。


 泥に半分沈む。

 だが、板は折れない。


「アイリス、角度は」


「右へ少し。押す力は車体右後方から。馬は前方へ」


「分かった」


 アイリスが指を立てる。


「三、二、一」


「今です」


 俺とボルドが押す。


 馬が前に引く。


 車輪が板に噛み、泥を押し潰しながら持ち上がった。


 次の瞬間、馬車がぬかるみから抜けた。


「よし!」


 ボルドが目を丸くした。


「助かったよ。嬢ちゃんもすごいが、ルカ、あんたもよくあの板が使えるって分かったね」


「壊れかけてただけで、まだ使えそうだったから」


 アイリスがこちらを見る。


「アーデルの現地資材判定は有効です」


「褒めてるのか?」


「部分的に」


「全部褒めろ」


 ボルドは笑いながら、荷台へ戻るように言った。


「いやあ、助かったよ。王都までとはいかないが、今日の宿場までなら追加料金なしで乗せてあげよう」


「ありがとうございます」


「私の交渉性能が影響しましたか」


「今回は普通に役に立ったからだ」


「普通に」


 アイリスはその言葉を少しだけ考えた。


「普通に役に立つ。記録しました」


「珍しくまともな記録だな」


「褒賞として記録します」


「それはするな」


 夕方が近づく頃、街道の先に小さな宿場町が見えた。


 ミナギ宿場。


 王都へ向かう旅人が一日目に泊まる場所だ。


 低い木造の建物が並び、馬小屋と井戸がある。

 旅人、商人、傭兵、巡礼者。

 村よりもずっと人が多い。


 そして、宿場の入口にも神託碑が立っていた。


 そこには人だかりができている。


 俺は荷台から降りながら、嫌な予感がした。


「ボルドさん、あれは?」


「神託碑だね。何か新しい知らせが出たのかもしれない」


 人々の間から、青白い光が漏れていた。


 アイリスが静かにそちらを見る。


 神託碑の文字が、夕暮れの中に浮かんでいた。


 王都中央儀式場、三日後開門。

 王家更新の儀、予定通り執行。

 一般参列、許可。


 周囲の旅人たちがざわめく。


「王女様の儀式だってよ」

「王都は混むな」

「商売時だぞ」

「宿代も上がるかもな」


 俺は神託碑を見上げたまま、泥のついた旅袋の紐を固く握った。


 昼間、木箱の蓋を引っ張り出した手が、まだ少し痛い。


 父さんの声が、一瞬だけ耳の奥をかすめる。


 神託は神の声じゃない。


 アイリスの青い瞳が、冷たい光を映していた。


「主機の演算に、迷いはありません」


「……そうか」


 俺はそれだけ返した。


 青白い文字は、少しも揺れなかった。


「アーデル、資金不足を確認。宿場内の裕福な商人個体に接触し、護衛業務を強制受注。必要に応じて軽度の危険、通称マッチポンプを演出します」


「覚えた言葉を最悪の形で混ぜるな! マッチポンプから離れろ!」


 俺の声が、宿場町の入口に響いた。


 周囲の旅人が一斉にこちらを見る。


 アイリスは真顔で言った。


「人間社会は、資金調達の難度が高すぎます」


「お前の方法が最悪なんだよ」


 こうして、王都へ向かう旅の一日目は終わった。


 王都まで、あと二日。


 王女の儀式まで、あと三日。


 旅費はすでに危ない。


 そして俺は、古代文明の最高傑作に、まともな稼ぎ方を教える必要に迫られていた。

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