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古代AI少女と始める異世界救済旅 〜知識は神話級なのに、常識だけが致命的に足りない〜  作者: 磯辺


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12/30

脱出作戦が雑すぎる

 外の光は、思ったより遠かった。


 通路の奥に細く差し込む白い光。


 そこへ向かって歩いているはずなのに、進んでも進んでも、なかなか近づかない。


 王城の地下は、どこまで続いているのか。


 俺は痛む右足を引きずりながら、暗い通路を進んだ。


 手首も痛い。


 右足も痛い。


 服は泥と水で重い。


 今日だけで、俺の身体は遺跡より先に壊れそうだった。


「アーデル」


 先頭のアイリスが足を止めた。


「何だ」


「現在位置を再計算しました」


「いい知らせか?」


「いい知らせと悪い知らせがあります」


「悪い知らせから言え」


「出口までの経路は三つあります」


「それはいい知らせじゃないのか?」


「全てに問題があります」


「それが悪い知らせか」


「はい」


 エリシアが隣でため息をついた。


「では、いい知らせは?」


 アイリスは胸を張る。


「私がいます」


「それは知らせではなく自己主張よ」


「重要情報です」


「今それ関係ある!?」


 俺の声が暗い通路に響いた。


 もう何度目だろう。


 数えるのはやめた。


 疲れる。


 前方の通路は三つに分かれていた。


 左は低い水音がする。

 中央は壁の青い線が消えかけている。

 右は奥から熱い空気が流れてくる。


 どれも嫌な感じだ。


「説明してくれ」


 俺が言うと、アイリスは淡々と指を差した。


「左。旧下水道本線。水深不明。流速不明。臭気濃度高」


「却下寄りだな」


「中央。外縁退避路。崩落箇所あり。開閉機構の故障により通行不可の可能性あり」


「修理できるなら候補だな」


「右。王城地下魔導炉の補助通路。熱源あり。追跡者の注意を逸らすため、過負荷を発生させれば効果的です」


「却下」


「まだ詳細説明をしていません」


「魔導炉を過負荷にする時点で却下だ!」


 エリシアも即座に言った。


「王城地下の魔導炉に何かあれば、城だけでは済まないわ」


「注意は逸らせます」


「被害も出るだろ!」


「効果範囲は推定困難です」


「推定困難な爆発を作戦に入れるな!」


 アイリスは少し不満そうに右の通路を見た。


「では、追跡者を旧下水道へ誘導し、汚水流で分断します」


「それも却下」


「汚水流は非致死性です」


「人として嫌すぎる」


 エリシアが静かに言う。


「あなた、本当に救済用なの?」


「はい」


「救済の方法が毎回ひどいわ」


「結果重視です」


「過程も見なさい」


「難解です」


 俺は中央の通路を見た。


 青い線は細く、ところどころ消えている。


 でも、奥から少しだけ外の匂いがした。


 森の匂いだ。


 湿った土。

 草。

 夜に近い冷たい空気。


「中央だな」


「通行不可の可能性があります」


「だから、通れるようにする」


「壊れていた場合ですか」


「壊れていた場合だ」


 アイリスは俺の手首を見た。


「アーデルの作業能力は低下しています」


「知ってる」


「右足の状態も悪化しています」


「知ってる」


「継続作業は非推奨です」


「じゃあ爆破案に戻るのか?」


「はい」


「戻るな」


 エリシアが中央の通路へ一歩進む。


「私も中央に賛成よ」


「理由は?」


 俺が聞くと、エリシアは壁の低い位置を指した。


 苔と汚れに隠れるように、小さな王冠の刻印がある。


「王族用の目印がある」


「助かる」


「ただし、古い避難路の中でも外縁へ出る道は、途中に非常用の隠し扉があるはずよ」


「場所は?」


「詳しくは知らないわ」


「王族情報、惜しいな」


「文句を言うなら、あなたが王族になれば?」


「遠慮する」


「賢明ね」


 アイリスが首を傾げる。


「アーデルが王族になる可能性は低いです」


「真面目に計算するな」


「血統、財力、品格、政治的価値、すべて不足しています」


「俺もそこまで言われると思ってなかった」


 エリシアが少しだけ口元を緩めた。


 ほんの少し。


 すぐに消えた。


「行きましょう。追手が来る前に」


 その言葉と同時に、背後の暗闇から金属音が響いた。


 来ている。


 遠いが、確実に近づいている。


 俺たちは中央の通路へ入った。


 通路は狭く、床は斜めに傾いていた。


 壁の青い線は薄く、時々途切れる。


 アイリスはそのたびに足を止め、壁に触れて何かを読み取る。


「急げないのか」


「急ぐと誤認識します」


「ゆっくりしてると追いつかれる」


「どちらも問題です」


「分かってるよ!」


 エリシアが王冠の刻印を探しながら進む。


 ドレスはもう短く裂かれ、足元の動きはだいぶ楽になっている。


 王女らしさは減った。


 でも、歩き方はむしろ強くなった。


「左の壁」


 エリシアが言う。


「王冠?」


「ええ。かなり薄いけれど」


 壁の低い位置に、小さな王冠があった。


 その上に、古代文字が重なるように刻まれている。


 アイリスが読む。


「外縁退避路。保守区画。手動水門」


「水門?」


「はい」


「また水か」


 俺は嫌な予感がした。


 しばらく進むと、その予感は当たった。


 通路の先に、巨大な円形の水門があった。


 黒い石と金属でできた扉。


 中央には歯車のような古い開閉機構。


 その下には、水が溜まっている。


 扉は半分閉じた状態で止まっていた。


 人一人が通るには狭すぎる。


 隙間はある。


 だが、エリシアはもちろん、俺も通れない。


 アイリスだけなら、たぶん通れる。


「故障しています」


 アイリスが言った。


「見れば分かる」


「開閉機構の右側が固着。左側の伝達歯が破損。魔力供給は不安定」


「直せるか」


「爆破すれば通れます」


「それは直すじゃない」


 エリシアが冷たく言った。


「破壊による通行確保です」


「言い換えても同じよ」


「不満です」


 俺は水門の前にしゃがんだ。


 右足が痛む。


 水路で亀裂に押し込んだせいで、足首の辺りがじんじんしている。


 それでも、見るしかない。


 水門の歯車に触れる。


 冷たい。


 歯が噛み合っていない。


 右側は錆で固まっている。

 左側は一枚欠けている。

 魔力は中央から入って、左右に分かれるはずだが、右で詰まり、左で逃げている。


 完全には死んでいない。


「動く」


「本当に?」


 エリシアが聞く。


「たぶん」


「あなたたち、本当にその言葉が好きね」


「好きじゃない。確定できないだけだ」


 俺はヤスリを取り出そうとして、手が止まった。


 欠けたヤスリは、もうほとんど刃が残っていない。


 握るたびに、こっちの指の方が削れそうだ。


「まずいな」


「どうしたの」


「ヤスリが限界だ」


 エリシアが眉を寄せる。


「さっきから使い続けていたものね」


「古代扉、鉄格子、水門、昇降機、また水門。一本のヤスリに背負わせる量じゃない」


 アイリスが言う。


「装備更新を推奨します」


「買う店がどこにあるんだよ、この地下に」


「探索しますか」


「ないだろ!」


 エリシアが少し考えて、自分の髪飾りに手を伸ばした。


 王家の紋章が入った銀色の細い留め具。


 彼女はそれを外す。


 濡れた金髪が少し落ちた。


「これ、使えない?」


「いいのか?」


「走れないドレスに価値はないと言ったでしょう。飾りも同じよ」


 俺は髪飾りを受け取った。


 細いが、硬い。

 先端が少し尖っている。


 こじるには使える。


「助かる」


「後で返しなさい」


「壊れるかもしれない」


「では、役に立ったということにするわ」


 俺は少しだけ笑いそうになった。


 でも、すぐに作業へ戻る。


「アイリス、魔力は流せるか」


「可能です。ただし、水門全体へ流すと過負荷になります」


「右側の固着部分だけ弱く」


「弱く、の暫定定義を更新します」


「毎回怖いな」


「改善しています」


 俺は髪飾りを右側の隙間へ差し込んだ。


 錆が硬い。


 指先が滑る。


 手首の傷がまた痛む。


 エリシアが近づく。


「支える?」


「いや、今度は足場はある」


 そう言った直後、右足に体重が乗った。


 じん、と嫌な痛みが走る。


 足首に力が入らない。


 前話で亀裂に抉り込んだ右足が、普通に体重をかけるだけで痺れて、足元がまともに踏ん張れない。


「……悪い」


 俺は歯を食いしばった。


「やっぱり支えてくれ」


「分かったわ」


 エリシアは背後から俺の体を押さえた。


 濡れたドレスが背中に触れる。


 彼女の腕が、俺の胴を壁へ押しつける。


 エリシアが後ろから必死に支えてくれているおかげで、ようやく両手に力が込められた。


「左の歯車も押さえられるか?」


「無茶を言うわね」


「だよな」


「でも、やるわ」


 エリシアは片腕で俺の体を支えたまま、もう片方の手で左側の歯車に触れた。


 泥と水で汚れた床に、王女が膝をつく。


 もう誰も、それを止めなかった。


「冷たいわ」


「俺も冷たい」


「慰めになっていない」


「知ってる」


 アイリスが水門に手を当てる。


「魔力供給、開始します」


「弱く!」


「はい」


 青い光が細く流れる。


 水門の奥で、ぎぎ、と音がした。


 俺は髪飾りを押し込む。


 右側の錆が少し剥がれた。


 エリシアの押さえる左の歯車が震える。


「動くわ!」


「押さえて!」


「押さえている!」


 歯車が噛み合いかける。


 でも、欠けた左側が引っかからない。


「アイリス、少し戻せ!」


「戻す、の定義が不明確です」


「今より弱く!」


「了解しました」


 光が弱まる。


 俺は髪飾りをさらに奥へ押し込み、右側の固着を外した。


 がきん、と音がした。


 水門全体が震える。


 エリシアの腕に力が入る。


「今!」


「押せ!」


 三人で水門の歯車を押した。


 重い。


 ひどく重い。


 俺の手首が悲鳴を上げる。


 前話で亀裂に押し込んだ右足も、じんと痺れる。


 エリシアの指が白くなる。


 アイリスの青い光が歯車の奥へ流れる。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 半分閉じていた水門が、上へ上がり始めた。


「開いた!」


 エリシアが声を上げる。


「まだだ、もう少し!」


 水門の隙間が、人一人通れるほどになる。


 その瞬間、奥から冷たい空気が流れ込んできた。


 土の匂い。


 草の匂い。


 森が近い。


「通れる!」


 俺は言った。


 背後から、兵士の声が響く。


「こっちだ!」

「音がした!」


 追手が近い。


 アイリスが背後を振り返る。


「到達予測、二十秒」


「短いな!」


「もっと早く走れば十七秒です」


「それ言う必要あるか!?」


 エリシアが水門の隙間へ身を滑り込ませる。


「先に行くわ」


「気をつけろ」


「ええ」


 エリシアが通り抜ける。


 アイリスが続く。


 俺も潜ろうとした。


 その時、右足が引っかかった。


「っ」


 痛みが走る。


 亀裂に押し込んだ時の傷が、ここで嫌な形で響いた。


 俺の動きが止まる。


 背後の足音が近い。


「アーデル?」


 アイリスが振り返る。


「引っかかっただけだ」


「早く」


「分かってる!」


 俺は身体を捻って隙間を抜けようとする。


 水門が、ぎぎ、と嫌な音を立てた。


 少し下がっている。


「閉じてるぞ!」


「固定不足です」


「そういうのは先に!」


 エリシアが戻ってきた。


「何をしているの!」


「足が引っかかった!」


「本当に手間のかかる誘拐犯ね!」


「悪い!」


 エリシアは俺の腕を掴んだ。


 アイリスも反対側から服を掴む。


「引きます」


「優しく!」


「時間がありません」


「分かってるけど!」


 二人が引いた。


 水門が下がる。


 俺の足が抜ける。


 同時に、背後から槍の先が見えた。


「いたぞ!」


 俺は転がるように水門の向こうへ抜けた。


 直後、水門が重い音を立てて落ちた。


 がん、と石床が震える。


 兵士の槍が水門の向こう側に弾かれた音がした。


「ぎりぎりだな……」


 俺は床に倒れたまま息を吐いた。


 エリシアが俺を見下ろす。


「足は?」


「ある」


「そういうことを聞いていないわ」


「痛い」


「最初からそう言いなさい」


 アイリスが水門を見る。


「追跡者の通過を一時阻止」


「一時?」


「別経路があります」


「やっぱりな」


 通路の先には、斜めに上る坂があった。


 その先から、はっきりと外の光が差している。


 もう近い。


 本当に近い。


「行こう」


 俺は立ち上がろうとして、少しよろけた。


 エリシアが無言で腕を貸した。


「ありがとう」


「貸しただけよ」


「それでも助かる」


「あとで返しなさい」


「腕を?」


「恩を」


「重いな」


「王女の貸しよ」


「もっと重い」


 アイリスが先へ進む。


「外縁出口まで推定三分」


「まともな道か?」


「はい」


 俺は疑った。


「本当か?」


「はい」


「壁は?」


「ありません」


「縦穴は?」


「ありません」


「水は?」


「ありません」


「爆破は?」


「可能です」


「可能かどうか聞いてない!」


 エリシアが疲れたように言った。


「あなたたち、いつもこうなの?」


「今日は何回目だ?」


「数えるのはやめたわ」


「賢明です」


 アイリスが頷く。


「あなたが言うと腹が立つわね」


「不満です」


 坂を上る。


 足元には土が混じり始めた。


 黒い石の床の隙間に、細い根が入り込んでいる。


 古代の通路を、森が少しずつ侵食している。


 壁の青い線は、もうほとんど消えていた。


 代わりに、外の光が強くなる。


 出口だ。


 石のアーチが崩れ、その先に夜明け前の森が広がっていた。


 俺たちは、外へ出た。


 冷たい空気が肺に入る。


 王都の地下とは違う匂い。


 湿った土。

 木の葉。

 草。

 遠くで鳥の鳴く声。


 空はまだ暗い。


 でも、東の端が少しだけ白んでいた。


 王都の外れの森だ。


 俺はその場に膝をつきそうになった。


 でも、膝をつく前に、エリシアが先に言った。


「出られたのね」


 声が少し震えていた。


 寒さのせいか。


 疲れのせいか。


 それとも、別の何かか。


 アイリスが周囲を確認する。


「外縁退避路、脱出完了。現在地、王都西外縁の森林地帯と推定」


「推定じゃなくて、たぶん合ってる」


「曖昧です」


「今は曖昧でいい」


 俺は振り返った。


 出口は、崩れた石のアーチに隠れている。


 木の根と蔦が絡まり、外から見ればただの古い遺構にしか見えない。


 しばらくは、追手も見つけにくいはずだ。


 そう思った瞬間だった。


 森の少し先で、青白い光が灯った。


「……嘘だろ」


 木々の間。


 苔むした石碑が立っていた。


 街道沿いの神託碑より小さい。


 けれど、間違いなく神託碑だった。


 古い森の中に、ひっそりと埋もれるように立っている。


 その表面に、青白い文字が浮かび上がる。


 俺たちは誰も動かなかった。


 文字が、冷たく並んでいく。


 王女誘拐犯、捕縛せよ。


 第二王女、緊急保護対象。


 妨害因子、三名。


 王都西外縁、森林地帯。


 エリシアの顔から、わずかに血の気が引いた。


「ここまで……」


 アイリスが神託碑を見る。


「神託網は王都外縁部にも残存しています」


「便利すぎるだろ、神託」


「追跡用途としては優秀です」


「褒めるな!」


 石碑の文字は、さらに続く。


 対象回収、優先。


 青白い文字が一瞬だけ乱れた。


 そして、短い一文が浮かんだ。


 妨害因子を排除し、対象を回収せよ。


 エリシアの表情が冷える。


「対象」


 彼女は低く言った。


「私は対象ではないわ」


 アイリスが静かに言う。


「はい」


 エリシアがアイリスを見た。


 アイリスは神託碑を見たまま、もう一度言った。


「エリシア・レーヴェンです」


 風が木々を揺らした。


 ほんの短い沈黙。


 エリシアは何も言わなかった。


 ただ、ペンダントを握る手から少しだけ力を抜いた。


 夜明け前の風が吹いた。


 濡れた服が冷える。


 どこか遠くで、犬の吠える声がした。


 追手が、森へ入ってくるかもしれない。


「行くぞ」


 俺は言った。


 エリシアは神託碑から視線を外さない。


「どこへ?」


「王都から離れる」


「それだけ?」


「今はそれだけだ」


「雑ね」


「俺もそう思う」


 アイリスが言う。


「最短離脱経路を提示します」


「普通の道だよな」


「森を直進します」


「普通じゃない!」


「街道は追跡者に捕捉される可能性が高いです」


「それはそうだけど!」


 エリシアが短く息を吐いた。


「森を行くしかないわね」


「王女、森歩けるのか?」


 俺が聞くと、彼女は少しだけ目を細めた。


「誰に向かって聞いているの?」


「第二王女」


「なら答えは分かるでしょう」


「分からない」


「王女を甘く見ないことね」


「今ので何回目だ?」


「数えないでと言ったでしょう」


 俺は神託碑に背を向ける。


「行こう」


「ええ」


「了解しました」


 三人の声が、夜明け前の森に小さく重なった。


 王都の方角では、遠く鐘が鳴り始めている。


 たぶん、追跡の鐘だ。


 俺たちは森の奥へ走り出した。


 背後で、神託碑の青白い文字だけが、いつまでも冷たく光っていた。

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