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第19話 堕天使

「凛サン......美しいお方に相応しいキレイなお名前デス。いつもアナタのお姿を見ていられるコスモスに私は嫉妬してシマイマス」


 レモンを慣れた手つきで搾るポールの目は、いつしかカウンターの角に置かれたコスモスに向けられていた。


 キュッ、キュッ、キュッ......


 スクイーザーとレモンが擦れるリズミカルな音だけが、2人だけの贅沢な空間に響き渡っていく。


「それ造花。ここ地下やから、光合成出来へん言うとるぞ」


「ウッ......」

 

 この程度の上げ足で怯むようなポールでは無い。そんな即席バーテンダーは、澄ました顔でシェイカーの中にたっぷりと氷を注いでいく。


 続けてGin liquor、レモン、ペパーミント、アンゴラスジュピターズ......レシピ通りにカクテルを作り進めていった。


「サァ! 何ガ出来るかはオ・タ・ノ・シ・ミ!」


「フォーリンエンジェルやろ」


「ウッ......」


 知らない振りしててあげればいいのに......どうやらこの者の辞書に、『忖度』と言う言葉は無いらしい。


 シャカ、シャカ、シャカ......


 レモンとミントの爽やかな香りが立ち込める中、シェイカーを振るリズミカルな音がクラシックな『BAR』の空間に響き渡っていく。


 やがて、ギンギンに冷やされたグラスにミルキーピンクのカクテルが流し込まれると、


「フォーリンエンジェル......コレは『堕天使』のあなたにぴったりのカクテルです。Gin liquorは少なめにしておきましたカラ、アナタのお仕事に支障を来すコトも無いデショウ」


 コトン。ポールは静かにカクテルを差し出した。


「堕天使......あたしがか?」


 その時凛の目は、カウンターの上に置かれたカクテルではなく、ポールの目を見詰めていた。


 自分が『堕天使』......そんな事を言われるとは夢にも思って無かったのだろう。


「そうデス。『マーメイド』ハ既にこの地カラ他の場所へと持ち去られていマス。公安の本部カラハ退去命令ガ出てる筈デショウ。


 なのにアナタはソレを潔しとせず、一人この山で潜伏ヲ続けてイル......あなたはきっとプライドが高いお方なのデスネ。


『叶わぬ願い』それがフォーリンエンジェルのカクテル言葉デス。そんなアナタを『堕天使』と呼ばずして、何と呼べば宜しいのでショウカ? まぁ、まずはこのカクテルで舌を潤わされてみてはイカガ?」


「全く......何も知らんクセに」


 凛はポールの目から視線を落とすと、そこにはそんなミルキーピンクのカクテルが。


 冷えきったカクテルグラスは汗をかき、僅かに流れ落ちる滴は、『堕天使』の心の中で流れる涙のように思えたりもする。


 やがて凛はそんなカクテルグラスに指を絡めると、厚い唇にそれを運んでいった。そして一旦舌を潤した後、トクトクトク......一気に喉の奥へと流し込んでいく。


 やがて空となったグラスをカウンターの上に戻すと、ふぅ......満足気な表情を浮かべて一つ大きな溜め息を披露した。


 冷え切った身体に多少なりとも血色が戻って来たのだろう。気付けば透き通るような頬に赤味が差している。


「いつも飲んどる酒と同じなのに......何で他人ひとに入れてもろた酒はこうも美味いんやろ......」


「このカクテルには、Gin liquor、レモン、ペパーミント、アンゴラスジュピターズ、氷、ソシテ一番大事な隠し味を含ませてイマス。きっとそれがこのカクテルの味を引き立たせてるんだとオモイマス」


「果て......その隠し味とは何ぞや?」


 ポールは飲み干されたカクテルグラスを下げながら、ニコリと笑顔を見せる。


 そして語った。


「2度モ命を救ワレタ『大人の男』が、大事なアナタに捧げる『心』......とでも言いまショウカ」



 因みにこのポール・ボイドなる色男......


 直属の上司であるエマへの一途な心に曇りが差した事などは一度も無い。それは今も同じである。


 元々生まれ持ってる先天的な『ジゴロ癖』が悪さをしている部分も有るが、それを然り気無く遂行出来る彼の才能は、時には捜査の役に立つ事が有ったりもする。


 正に今このローカルな『BAR』での一幕は、その才能が生かされている典型とも言えるのでは無かろうか。



 やがて、今度は凛が口を開いた。


「自分......名前は?」


「ポール・ボイド......『EMA探偵事務所』の新参者デス。今後お見知り置きヲ」


「そう......新参者なのかい」


「......」


「ならば......カクテルのお礼に、手柄を立てさせて上げるとすっか」



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