第18話 馴れ初め
言うまでも無くこの西部劇『BAR』は地下1階。故に、もしボードで閉鎖されていなければ、この階段は地上へと通じているのだろう。
「マサカこの『BAR』の入口は、昔っから井戸って訳でも無いんダヨネ?」
「ここは『レストラン花畑』の地下だ。当時はぎょうさん大人達がそこの階段を降りてここで酒を飲んでたんやろな。
1階レストランの床は、ボードやら敷物やらで完全に覆い尽くされとる。まさかレストランの下にこんな『BAR』が存在してるとは夢にも思って無い筈やろ。
全く......とてつも無く優雅な『アジト』を前任者さんは見付けてくれたもんやわ。たった1人で井戸からトンネル掘ったらしいぞ。上の食堂から出入りしてたら、下が『アジト』だって直ぐにバレちまうからな」
火炎放射器女は、至極リラックスした表情で滑らかに舌を動かし始めた。
気付けば、カウンター椅子に腰掛け、背伸びをしている。さぞかし背負っていたガスボンベが重かったのだろう。
この女......
スキだらけじゃん。
まるで飲み友達を自宅のマンションに連れて来たような態度だ。
これから女子会でも開くつもりか?
いや、残念ながら僕は男だ。そんな事より、この女にはいっぱい聞かなきゃならない事が有る。一刻も早くエマさんの所に行かなきゃならないんだ。背伸びに付き合ってる場合じゃ無いぞ!
とまぁ、そんな心理が働いたポールは、緩み過ぎた空気を引き締めるべく、声のトーンを一気に上げていった訳ではあるのだが......
「僕ハ急いでルンダ! こんな事してる間ニモ、エマサンが......えっ、あっ、ウッ!」
なぜだか話の途中で絶句してしまう。
その理由は他でも無かった。
「全く......鬱陶しいわ......」
ボールのいきり立つ話など、まるで聞いてない火炎放射器女は、徐に大きなゴーグルを、ポロロン......っと、外したのでした。本人の言葉通り、さぞかし鬱陶しかったんだろう。
一方、そんなゴーグルの内に秘めていたものと言えば、
切れ長の目。
しっかりと通った鼻筋。
アヒルを彷彿させる唇。
左顎下のホクロ。
4つ合わせて、超美人。しかもスタイルがやたらと素晴らしいときてる。
そんな怪しきフェロモン砲が、一撃でポールのハートを射抜いてしまったのである。
「マズハ馴れ初めの印にカクテルでも」
『馴れ初め』?
全く意味不明なる言葉を発しながら、社交ダンスもどきのステップでバーカウンターの内側へと舞っていくこの男の顔は、明らかに『自分はCOOL』オーラをふんだんに撒き散らしてる。
『あんたおバカ?』
話の流れからすれば、是非ともそんな言葉を投げ掛けてやって欲しい場面ではあったのだが......
「あら、大人の『男』が大人の『女』に一体どんなカクテルを振る舞ってくれるの? それは楽しみやわな」
なぜ『男』と『女』の時だけ必要以上のアクセントを付けるのか、またなぜいちいち性別の前に『大人の』を付け加える必要があるのか、甚だ不明である。
とにもかくにも、そんなポールの挑発に、まんまと便乗して来た火炎放射器女だったのである。
前述でも記載しているが、一応これは美男美女の交わり。見た目だけで言えば、結構お似合いだったりもする。
ただの物好き同士の馴れ合いなのか?
はたまたキツネとタヌキの化かし合いなのか?
それぞれの本意は不明だが、変なところで歯車が噛み合っている事だけは事実だった。
「そう言エバ......マダあなたのお名前ヲお伺いしてませんデシタネ」
ポールは、『Gin liquor』と文字られたボトルのキャップを抜きながら、唐突に切り出してみる。すると、
「『Gin liquor』......そんな強い酒をあたしに飲ませて、この後どうするつもりなのかしらん?
この花輪凛なる戦士、今までいくら飲んでも酔っ払った事が無いさかい。まぁ......余計な事かも知れんけどね......」
カウンターの上に置かれたランプの淡い灯りが、凛なる美女史の横顔をおぼろ気に浮かび上がらせてる。
そんな大人の女から発せられる強烈なフェロモンに、もちろんポールの目は釘付け......なのかと思いきや、
この男はこの男で、然り気無く自慢の金髪をたくし上げ、その返礼にニヒルな笑顔を披露していた。マダムキラーの異名を持つこの男も、今のところは対等に『大人の女』と渡り合っているようだ。
因みにこの花輪凛なる火炎放射器女......
『大人の女』とは言っても、肌の艶々感から察するに、到底30には達していない。
ポールの年齢からしてみれば、明らかに年上となるのだろうが、少なくとも『マダム』と言う言葉のイメージには程遠いものがある。




