第11話 バロン
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翌朝、7時。
降り続いていた小雪は、いつしかその鳴りを潜め、空気は驚く程に澄み切っていた。
東の森からようやく顔を出し始めた朝日は、そこに住む多くの子供達やスタッフに、また新たな1日の始まりを告げようとしている。
「まどか先生、大変よ! 森の中で女の人が死んでる!」
「え? な、なんですって?!」
日常の如く、子供達の朝食準備を進めていた『まどか先生』なる老いた女性は、驚きの余り、今朝方畑で採れたばかりの小松菜を、見事足元にばら蒔いてしまった。
「全身傷だらけのお姉さんが倒れてて全然動かないの!」
ワン、ワン、ワン!
健気な少女の隣で、耳と尻尾を逆立てたラブラドールレトリーバーも興奮冷めやらぬ様子だ。きっと朝の散歩で遭遇したこの異変を、彼も彼なりの表現で『まどか先生』に報告しているのだろう。
「お姉さん?」
「そう......汚れてたけど、凄いキレイな顔してたよ。頭から血を流してる」
まさか......
昨晩の崩落事件?!
............
............
そうよ!
きっとそうに違いない!
「こうしちゃ居られないわ!」
まどか先生は、慌ててエプロンを脱ぎ捨てると、顔に出来たシワをクシャクシャにして、思わず叫び声を上げた。
すると、
ドタバタ、ドタバタ......異変に気付いた大男が、勝手口の外から水牛の如く雪崩れ込んで来た。
「どうかしましたか?!」
その者......見れば手足は泥だらけ。顔もあちこち泥が跳ねまくってる。きっと早朝から畑仕事に精を出していたのだろう。
「大変よ! 森の中で若い女の人が倒れてるらしいの!」
「若い女性が倒れてるですって?! まさか......昨日の崩落事件......ですか?」
「とにかく......行ってみれば分かる事です!」
「分かりました。おいバロン! 案内しろ!」
食堂の入口で、半べそかいてる少女と興奮仕切りの犬が視界に入れば、凡そ誰でも朝の散歩で見付けた事くらい想像がつくものだ。
予想に違わず、『バロン』と呼ばれた大型犬は、ワン、ワン、ワン!(まかしとけ!)と鳴き声一発、外へと駆け出して行った。
「さぁ徳田、私達も行きましょう!」
「がってんっす!」
スタスタスタ......氷が張った畦道を、慣れたステップで走って行く親子以上の年が離れた2人だった。
そんな2人の素性はと言うと......
◼️木村円香
72才 ♀️
孤児院『ひつじの杜』の創設者であり院長。身寄りの無い子供達を受け入れ、養子縁組を斡旋する人徳者として知られている。
◼️徳田次郎(とくだ 次郎)
21才 ♂️
孤児院『ひつじの杜』の出身者。木村円香の生き方、考え方に賛同し、『ひつじの杜』で下働きとして円香を助けている。
まぁ今分かる事と言えば、そんなところだ。
やがて2人と1匹が進む事3分もしないうちに、
「まどか先生、居ましたぜっ!」
見ればある1点を中心として、バロンがコンパスの如くグルグル円を描いている。
そしてそんなコンパスの中心に有るものと言えば......犬の散歩少女の言っていた通りの物体が、言ってた通りの状態となっていたのである。
落ち葉とかき氷の絨毯にうつ伏せとなったその者は、ピクリとも動かない。
ワン、ワン、ワンッ! 耳元で激しく吠えるバロンの声すら耳には届いていないらしい。
そんな状態を見れば、
『死体』
きっと誰もがそう思う事だろう。
「煩い! バロン、少し下がってろ!」
慌てて徳田が走り寄ってみると、身体の至る所に、小さな噛み傷のようなものが散見出来る。そして頭から血を流していた。
更に言ってしまうと......
なぜか、ずぶ濡れだったのである。
「ずぶ濡れって事は、まさか......」
「どうやら、源氏池から這い出て来たようね」
身体に出来た無数の噛み傷を見て、2人は一瞬にして共通の結論に達したようだ。
『源氏池』なる水場......
そこに生息している『生物』を知っている者であれば、誰でも同じ結論に達する事であろう。
その傷の正体......
それがピラニアの鋭い歯によるものである事は明らかだった。
やがて徳田が恐る恐るその『死体?』に触れてみると、
「うっ、うっ、うっ......」
なんと!
「ま、まどか先生! 生きてまっせ!」
どうやら、『死体』では無かったらしい。きっとその分類に移行する一歩手前だったのであろう。
徳田の見たその者の顔は、氷のように白かった。そして徳田の手が触れたその者の身体は、氷のように冷たかった。
しかし心の臓だけは、弱々しくも動きを止める事は無かったのである。




