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第11話 バロン

 ※ ※ ※ ※ ※ ※


 翌朝、7時。


 降り続いていた小雪は、いつしかその鳴りを潜め、空気は驚く程に澄み切っていた。


 東の森からようやく顔を出し始めた朝日は、そこに住む多くの子供達やスタッフに、また新たな1日の始まりを告げようとしている。


「まどか先生、大変よ! 森の中で女の人が死んでる!」


「え? な、なんですって?!」


 日常の如く、子供達の朝食準備を進めていた『まどか先生』なる老いた女性は、驚きの余り、今朝方畑で採れたばかりの小松菜を、見事足元にばら蒔いてしまった。


「全身傷だらけのお姉さんが倒れてて全然動かないの!」


 ワン、ワン、ワン!


 健気な少女の隣で、耳と尻尾を逆立てたラブラドールレトリーバーも興奮冷めやらぬ様子だ。きっと朝の散歩で遭遇したこの異変を、彼も彼なりの表現で『まどか先生』に報告しているのだろう。



「お姉さん?」


「そう......汚れてたけど、凄いキレイな顔してたよ。頭から血を流してる」


 まさか......


 昨晩の崩落事件?!


 ............


 ............


 そうよ!


 きっとそうに違いない!


「こうしちゃ居られないわ!」


 まどか先生は、慌ててエプロンを脱ぎ捨てると、顔に出来たシワをクシャクシャにして、思わず叫び声を上げた。


 すると、


 ドタバタ、ドタバタ......異変に気付いた大男が、勝手口の外から水牛の如く雪崩れ込んで来た。


「どうかしましたか?!」


 その者......見れば手足は泥だらけ。顔もあちこち泥が跳ねまくってる。きっと早朝から畑仕事に精を出していたのだろう。


「大変よ! 森の中で若い女の人が倒れてるらしいの!」


「若い女性が倒れてるですって?! まさか......昨日の崩落事件......ですか?」


「とにかく......行ってみれば分かる事です!」


「分かりました。おいバロン! 案内しろ!」


 食堂の入口で、半べそかいてる少女と興奮仕切りの犬が視界に入れば、凡そ誰でも朝の散歩で見付けた事くらい想像がつくものだ。


 予想に違わず、『バロン』と呼ばれた大型犬は、ワン、ワン、ワン!(まかしとけ!)と鳴き声一発、外へと駆け出して行った。


「さぁ徳田とくだ、私達も行きましょう!」


「がってんっす!」


 スタスタスタ......氷が張った畦道を、慣れたステップで走って行く親子以上の年が離れた2人だった。


 そんな2人の素性はと言うと......


◼️木村円香きむら まどか

 72才 ♀️

 孤児院『ひつじの杜』の創設者であり院長。身寄りの無い子供達を受け入れ、養子縁組を斡旋する人徳者として知られている。


◼️徳田次郎(とくだ 次郎)

 21才 ♂️

 孤児院『ひつじの杜』の出身者。木村円香の生き方、考え方に賛同し、『ひつじの杜』で下働きとして円香を助けている。


 まぁ今分かる事と言えば、そんなところだ。



 やがて2人と1匹が進む事3分もしないうちに、


「まどか先生、居ましたぜっ!」


 見ればある1点を中心として、バロンがコンパスの如くグルグル円を描いている。


 そしてそんなコンパスの中心に有るものと言えば......犬の散歩少女の言っていた通りの物体が、言ってた通りの状態となっていたのである。


 落ち葉とかき氷の絨毯にうつ伏せとなったその者は、ピクリとも動かない。


 ワン、ワン、ワンッ! 耳元で激しく吠えるバロンの声すら耳には届いていないらしい。


 そんな状態を見れば、


『死体』


 きっと誰もがそう思う事だろう。


「煩い! バロン、少し下がってろ!」


 慌てて徳田が走り寄ってみると、身体の至る所に、小さな噛み傷のようなものが散見出来る。そして頭から血を流していた。


 更に言ってしまうと......


 なぜか、ずぶ濡れだったのである。



「ずぶ濡れって事は、まさか......」


「どうやら、源氏池から這い出て来たようね」


 身体に出来た無数の噛み傷を見て、2人は一瞬にして共通の結論に達したようだ。



『源氏池』なる水場......


 そこに生息している『生物』を知っている者であれば、誰でも同じ結論に達する事であろう。


 その傷の正体......


 それがピラニアの鋭い歯によるものである事は明らかだった。



 やがて徳田が恐る恐るその『死体?』に触れてみると、


「うっ、うっ、うっ......」


 なんと!


「ま、まどか先生! 生きてまっせ!」


 どうやら、『死体』では無かったらしい。きっとその分類に移行する一歩手前だったのであろう。


 徳田の見たその者の顔は、氷のように白かった。そして徳田の手が触れたその者の身体は、氷のように冷たかった。


 しかし心の臓だけは、弱々しくも動きを止める事は無かったのである。



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