第9話 ロープ
扉を潜り抜けてみると、1階の管理通路も地下と変わらず暗黒の世界が広がっていた。光を発するものは何一つとして存在しない。
懐中電灯を点ければ、もう少し動きも機敏になるのだろうが、そんな事しようものなら侵入者はここに居ますよと、自らの存在を発信するようなものだ。
「さぁ、階段は向こうよ。真っ直ぐ進んで」
早速摩耶がナビゲートを開始すると、
「あら、あなたあたしの話聞いて無かったの? 向かうのは階段じゃ無いわ。エレベーターよ」
美緒はさらりと言って退ける。
「だからエレベーターは動かないって......」
「敵もバカじゃ無い筈よ。1つしか無い管理用の階段なんかマークしてるに決まってるでしょう。もしかしたらもう伏兵を潜ませてるかもよ」
「だからエレベーターは動かないって何度も......」
「そんなもん、別に動かなくてもいいのよ」
「へっ???」
ちなみに、エレベーターを辞書で調べてみると、
『ワイヤロープにつるした箱を、専用の昇降路内をモーターで上昇・下降させ、人・貨物を運搬する装置』
と記されている。
つまりこれから美緒が乗ろうとしている『箱』は、モーターで上下する訳であって、そのモーターを動かす動力は『電力』だ。
しかし今『電力』は、先程配線を切ってしまった訳だから、モーターには届かない。すなわち、エレベーターは使用出来ないと言う事だ。
にも関わらず、美緒はこれからエレベーターへ向かうと言う。
その真意が摩耶にはどうしても分からなかった。???顔になるのは、むしろ自然と言えよう。
「分かった......そこを右に曲がると、業務用のエレベーターホールよ」
動かないエレベーターとかけて、20階へ上がるととく。その心は? 恐らく......2人がエレベーターの『箱』に乗った時に分かる事なのだろう。
(残された時間:25分)
よもやこの制限された時間の中で、美緒程の者が茶番を演じる訳も無かろう。そんな確信を持った摩耶は、『エレベーターは動かない』のリピートを止め、足早にエレベーターホールへと美緒を導いていったのである。
やがて、
「さぁ、着いたわよ」
お望み通り、目の前にそれが有った。管理用と言うだけあって、通常のそれより遥かに大きい。
「思った通りね。やっぱ扉は閉まってるか......まぁ、備え有れば憂い無しって事」
などと美緒は独り言のように呟くと、もはや『ドラえもんの四次元ポケット』と化した持ち前リュックから、何やらレバーのような道具を取り出した。
するとすかさず扉脇のカバーをめくり、穴にレバーを突き刺す。そして時計と逆回りに180度回して、
「ほいっ、ロック解除したから扉開けて」
などと言う。
「はぁ?」
半信半疑で扉に手を掛けてみると、
ガラガラガラ......見事、ご開帳を成し遂げたのである。
まさかこの人はドラえもん......?!
摩耶がブルースウィルスの顔を頭に浮かべる間すら与える事も無く、
「さぁ、早く中に入んなさいよ」
美緒は『箱』の中から手招きしている。とにかく動きが電光石火。摩耶は頭も身体も全くついていけなかった。
「え、あ、はい......」
慌てて飛び乗ると今度は、
「はい肩車!」
「え、な、なに? 肩車?」
「そうよ肩車して。時間が無いんだから」
「あ、は、はいっ」
摩耶は訳も分からず腿に両手を置き前屈みになると、
「ホイ、ホイ、ホイッ!」
何と美緒は土足で摩耶の背中に駆け上がると、
「はい、終わり!」
気付けば背中が軽くなっている。何事かと思い、上を見上げて見れば、
「何ボサッとしてんのよ。早く上がって来なさい」
なんと! 天井の点検口の上からロープが垂れ下がっているではないか。つまり、このロープを伝って『箱』の上に上がって来いと言いたいのだろう。
「はい......」
美緒に言われた事に対し、ただ『はい』と答えるだけのロボット摩耶は、必死にロープにしがみ付く。するとロープはヒュルルルと持ち上がり、気付いた時には、美緒の横に座っていたのである。
この一連の動作に掛かった時間と言えば、凡そ1分足らず。しかもド素人の摩耶が居るにも関わらずだ。
すっ、凄い......
摩耶の驚きが一入で無かった事は言うまでも無い。そんな驚きと同時に、摩耶の心の中ではザワザワザワ......胸騒ぎが渦巻き始める。
まさかね......いくら何でも、それはしないでしょう。残念ながら、そのまさかだったのである。
「さぁ、20階まで登るわよ」
「やっぱ、そう来たか!」




