第8話 LSD
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やがて、静寂を破るかのように、エマが重い口を開く。
「おい、ポール」
「なんデショウ?」
「お前......避けなかったのか?」
「避けるッテ......何のコト?」
「だから......プシュン! って飛んで来たやつを避けなかったのか?」
「エマサンの言ってる事ノ意味が全く分からナイんデスガ......それはそうと、虫でも居るんデスカネ? 今、首がチクッとしまシタ」
見ればポールは、やたらと首を擦っている。
ヤブ蚊にでも刺された?
いや、そんな筈は無い。何度も言うようだが、今は真冬だ。
「お前......調子はどうだ?」
今度は月並み? とも言える質問を繰り出すエマ。しかし、
「別に普通デスケド。何か有ったんデスカ?」
やはり、ポールの様子に変化は見られない。
「それで......調子はどうなんだ?」
なおも聞いてみるエマ。
「ダカラ調子は普通デスッテ......エ? ナ、ナニ? ア、ア、ア......」
そして遂に! ポールはエマの予測に違わず、大きな変化を見せたのである!
気付けば壁の黒ずんだシミを見詰めながら、ワナワナワナ......腰は完全に抜けてた。目は血走り、髪の毛は逆立ち、その顔からは明らかに血の気が引いている。
「出たっ......クルナ......こっちへクルナッ! ばっ、化け物メッ!」
やっぱ、思った通りだ!
こいつはちと困ったぞ......
それは正に、エマの『仮説』が『仮説』を超えて『現実』となり果てた瞬間だったのである。
「アワワワワ......」
この症状は間違いなく、『LSD』
なんてこった!
全く......よくそんな事考えたもんだ。
恐らく......
この部屋の入口に、赤外線センサーが取付られていたんだろう。センサーが反応した途端、スイッチが入って『LSD』をたっぷり染み込ませた針を発射された......
そして、プスッ! きっとそんな仕組みだったに違いない。
突然電磁波計の数値が上がったのも、そんな無人装置が働いた結果だったと思われる。
それまでエマが強く感じ取っていた『殺気』の謎が、今正に解けた瞬間だったと言えよう。
(※LSD:リゼルグ酸ジエチルアミドの略。非常に強烈な作用を有する半合成の幻覚剤の事を言う)
でも残念ながら......
気付くのが少し遅過ぎたようだ。舞台はいよいよ最恐なる一幕へと誘われていく事となる。
「おいポール、こっちを見ろ! ここにはあたしとお前しか居ない。お前が見てるのは幻覚だ!」
そんな真実を告げたところで、ポールが正気に戻るとは思えなかった。でもとにかくきっかけが欲しい......そんな楽観的希望から発せられたエマの叫びだったに違いない。
しかし、状況が好転する訳も無かった。やがてポールはゆっくり振り返ると、再び狂気の叫びを始める。
「ウワァー、こっちへクルナ! コノ化け物め!」
そしてなんと!
彼の右手には、銃が握られていたのである。そしてその照準は、なんと! 寸分の狂いも無くエマの眉間に当てられていた。いつその引き金が弾かれてもおかしく無い状況だ。
きっとこの時......
ポールの目に映っていたエマの姿は、エマであってエマにあらず。『人なき者』そのものだったに違いない。その証拠に、
「目を覚ませっ!」
エマがそんな声を上げても、
「ウルサイッ!」
聞く耳持たず。
そして遂には!
バンッ!
バンッ!
バンッ!
引き金が、引かれてしまった。日頃から慕い、そして憧れの存在そのものだった『GOD』なるエマの急所を狙って!
しかし、バサッ!
エマは反射的に体を翻し、横っ飛びになりながらベッドの影に身をした。
立て続けに放たれた銃弾は、エマの髪の毛を掠め、エマの背負った万能リュックを貫通し、そしてエマのクロスのピアスをはじけ飛ばす。
「ふぅ......危ねぇ......」
しかし、幸いにもエマの身体に銃弾が触れる事は無かった。
バンッ! バンッ! バンッ!
なおも放たれ続ける銃弾の嵐は、エマの盾となったベッドにめり込み、いつの間にやら焦げ臭い臭気を放ちながら煙を上げている。
やがて、カチッ、カチッ、カチッ......
どうやら、全ての弾を撃ち尽くしたようだ。とは言っても、ポールが背負うリュックには、まだまだ弾はおろか、手榴弾やらプラスチック爆弾やらボウガンやら......いっぱしの軍隊と互角に戦えるだけの武器弾薬がふんだんに詰め込まれてたりもする。




