第9話 最後の策
もちろん、そんな装備はエマのリュックでも同じ事が言えるのだが、まさかそれを使ってポールとドンパチやる訳にもいかない。
果て、困ったものだ......
肌がピリピリしてくる程の緊張感に包まれる中、エマがベッドの裏側で、次なる行動を決めかねていたその時の事だ。事態は思わぬ方向へと展開を始める。
「うわぁ! こっちに来るな!」
タッ、タッ、タッ......
なんとポールは、いきなり物凄い勢いで走り始めたではないか!そしてそんな狂乱男が走り向かった先はと言うと......
「まっ、まずい!」
廊下の窓だったのである。
「うわぁー! うわぁー!」
このフロアーは言うまでもなく3階。そして地上はコンクリートだ。
もしこのままポールが、窓ガラスを突き破って頭から地上へ落下しようものならば、待ち受けているものは『死』。
仮に打ち所が良くて『死』を免れたとしても身体へのダメージは計り知れない。
一難去ってまた一難。
全く......世話の焼けるやつだ。
エマはポールの足音を聞き取った途端、ベッドを蹴り倒し猛ダッシュを開始。向かった先は他でも無い。ポールの背中だ。
「バカヤロー! 止まれ!」
単純なヤツだけに、呼び止めれば止まってくれる?! などと、淡い期待を持ったりもしてみたが、世の中それ程甘くは無い。
むしろ更に加速を強め、今にも3階の窓を突き破ろうとしているではないか!
「うわぁー! うわぁー!」
そして遂に、
ガッシャーン!!!
重厚な窓ガラスは、敢えなく木っ端微塵に吹き飛んだ。そしてポールの身体は、勢いのまま宙を舞う。
ハルマゲドンの到来だ!
しかし、
ガシッ。
............
............
............
この時、ポールの身体は、その全てが外気に晒されていたと言えよう。吹き付ける強風が、ポールの金髪をユラユラと揺らしている。
そんなポールの顔には、血の雫がポタリ、ポタリ......鋭利なガラスの破片が飛び散ったのだ。傷の1つや2つ負ったところで、別に不思議な話では無い。
ところが、ポールは奇跡的にも一切傷を負っていなかった。
ポタッ、ポタッ、ポタッ......ポールの顔に垂れ落ちるそんな血の雫はなんと!
身長180センチ、そんな大男の身体を片手1本で支えるエマの右腕から垂れ落ちていたのである。
「うわぁー、触るナ! 僕に触れるナ!」
窓を突き破ろうとも......
全身を窓の外に投げ出そうとも......
はたまた、憧れのエマに命を繋ぎ止められていようとも......
残念ながら、正気を戻す事は無かった。
バタバタバタッ!
命綱とも言える傷付いたエマの手を、訳も分からず必死に振りほどこうとするポール。
この手がポールの身体から離れた瞬間、身体は一気に落下し、次の瞬間にはコンクリートの地面に叩き付けられている事だろう。
そしてポールの身体が動く度、エマの腕は窓枠に残った鋭利な刃物に切り刻まれ続けていく。
ポタ、ポタ、ポタ、ポタ、ポタ......
ダメだ。もうそろそろ限界だ。腕の感覚が無くなって来たわ......
そんなエマの身体を張った救出劇などお構い無しに、なおもこの男は、
「この化け物ガ! あの世へ帰レッ! うわぁー、うわぁー!」
バタバタバタッ!
なおも狂気の叫び声を上げ続け、手を振りほどこうと必死の抵抗を続けている。
ポールを正気に戻させる方法......
それはもはや1つしか残されていなかった。
もしそれでもダメだったら......
その時は、ポールの寿命として最悪の結末を受け入れざるを得なかろう......
やがてエマは覚悟を決め、最後の力を振り絞り、ポールの身体を一気に持ち上げる。
そして、
目を瞑り、
最後の策へと至った。
これでどうだ!
えいっ!
!!!
............
............
............
すると......
それまでバタバタと暴れまくっていたポールの身体が、嘘のように大人しくなる。更には、叫び続けていたポールの口が見事なまでに閉じられている。
それは正に、エマの起こした奇策が見事『吉』と出た瞬間だったと言えよう。
では一体、
今2人に何が起こっているのかと言えば?
その答えは?!




