第1話 タクシー
1月28日(木)19時。
群馬県北西部、某県道にてのこと。
年若き2人の男女を乗せた古臭いタクシーは、小雪降る夜の山道を右へ左へと快調に飛ばしていた。
ヘアピンカーブだろうが、急勾配だろうが、殆どブレーキを踏んでいない。危ないって!
きっと地元の運転手なのだろう。ハンドルを切る度に、スパイクタイヤの溝が路面の氷を削り飛ばしていく。
ガガガガガッ!
「お客さんも物好きだねぇ~、こんな寒い時期にさ」
突如そんな豪腕運転手が、後部座席の客にボソボソと呟きを開始する。
「ん、物好き? それって何?」
「またまた、どうせ目的はアレなんでしょう? アレアレ!」
「だから、アレって?」
「もう焦れったいな......コレだよコレ!」
「はぁ~?」
見ればタクシー運転手はハンドルから手を離し、『うらめしや~』ポーズを取ってるではないか。ヘアピンカーブだらけの山道を両手離しで運転するとは、幾らなんでも危険過ぎる。
「おっと、危ねぇ! よよいのよい!」
キー、キキキーッ!
側溝に脱輪寸前。そんなあるまじき危機を、片手ハンドルで難なく切り抜ける運転手だった。命を預けてる客の方としてみれば、そりゃ堪ったもんじゃ無い。
「ウェ~、シヌ~!」
後部座席で青白い顔した軟弱イケメンハーフは、予想に違わず歓喜の雄叫びを上げた。
「おいポール......どさくさに紛れて抱き付いてんじゃねぇぞ!」
「す、すまんです。エマサン......オ、オェ~」
どうやら......軟弱イケメンハーフは、山道に慣れて無いらしい。今度は顔が雪のように白くなってる。
きっと、さっき麓の街で食べた天ぷら蕎麦が胃の中で下へ進もうか、上へ戻ろうかと迷ってるのだろう。
「お前、絶対吐くなよ」
一方右側に座る美形女子は至極平穏。吐かれても被害を被らないように、尻をドア側へズルズルと平行移動。実に懸命な策と言えよう。
今このタクシーに乗車する年若き2人の男女......
それは言うまでもな無くエマとポールの師弟コンビ。もちろん、顔がバレないよう変装済みだ。
公安山上局長から貰った情報を頼りに、『マーメイド』を奪還すべく新潟と群馬の県境までやって来たと言うのがここまでの経緯。
幸いにも運転手は、まさかこの2人が指名手配『窃盗団?』などとは夢にも思っていない様子だ。
「運転手さん、ここら辺って幽霊出るの?」
直球勝負で聞いてみた。タクシーの運転手と言えば、情報通と決まってる。思わぬ情報が転がり込んで来るやも知れない。
「なんだ、知らんのか......てっきりあんたらも幽霊探しにやって来たのかと思ったんだがな。そう......違うのか」
「おぇ、おぇ......エ、エマサン、ビ、ビニール」
「お前、吐くなって! 飲み込めっ! そ、それで運転手さん、その感じだと他にも幽霊見たさでやって来る人が多いって事なんだ? ほれポール、ビニール。頼むからこぼさないでくれよ」
「もう大丈夫デス......飲み込みマシタ」
「器用な奴だな」
運転手との話に集中しながらも、ホッと胸を撫で下ろすエマだった。
「この先には、閉山した炭鉱とか荒れ果てた遊園地やらが色々有ってな。そんな所で本当に幽霊が出るのかどうかは知らんが、去年テレビの心霊特集でここが紹介されてからだ。
それ以降すっかり有名になっちまった。まぁ、いいんだか、悪いんだか......別に行政だって、まさか『幽霊』で町起こしする気も無いんだろうしな」
時刻はちょうど夜の7時15分を過ぎた頃。窓の外の景色は鬱蒼とした黒い森ばかり。もし本当に幽霊などと言うものが存在するならば、きっとこんな所に出て来るんだろう。まぁ、とにもかくにも薄気味悪い空間だ。
「閉山した炭鉱と荒れ果てた遊園地か......」
「エマサン......何か臭いますネ」
運転手には気付かれないよう、小さくアイコンタクトを交わす2人。
『臭う』それは正に動物的直感と言えよう。またそんな直感とは、得てして当たる事が多かったりもする。
「一昔前、まだ炭鉱で銅が取れてた頃はこの辺りも賑やかだった。遊園地だけじゃ無いぞ。炭鉱団地が有って、学校が有って、病院が有って......一つの街みたいなもんだったわな。
だが銅が取れなくなってからは、みんな一斉に山を下りちまった。今じゃゴーストタウン化しとる訳さ。この有り様じゃあ、幽霊の噂話が出るのも分かるような気がするよ。
聞いた話によると、廃墟の遊園地で夜な夜な子供達が楽しそうに遊んでるそうだそ。おお~恐い恐い......」




