第28話 山上局長
「奪ったヤツが分からないノニ、よく今帝工に『マーメイド』が戻ってるって分かりましたネ?」
ポールは愛犬の頭を撫でながら首を傾げた。確かに不可思議な話だ。
「帝工の中に潜り込ませてたスパイからの情報だ。かなり信憑性は高い。とは言っても、今『マーメイド』が帝工本社ビルに有るって訳じゃ無い。一旦は持ち込まれた『マーメイド』は、直ぐにトラックで外へ運び出されたらしい」
「まさかもう『マフィア』に売り飛ばされたってことなの?!」
ここで身を乗り出したのは意外や意外。美竹摩耶だった。
足がフランソワーズのヨダレまみれになっている事などお構い無し。それほど局長の話に集中してたのだろう。
「現時点でまだ『マーメイド』はただの『隕石』に過ぎん。商品として売り出す為には、まだ少し時間が掛かる。
トラックをうちの部署一番の経験者に尾行させた。サバイバルマニアの強者をな。でも途中で一切の交信が途絶えちまった。
恐らく......奴らに尾行を気付かれて拿捕されたか、もしくは既に始末されたかのどっちかだ。......とにかく足取りは途中で途絶えてしまった」
「それで......トラックはどっちの方角へ向かったんだ?」
今度はエマが鋭く反応する。既にこの時点で次に起こすべき行動を見据えているのだろう。
「群馬と新潟の県境。いわゆる山岳地帯だ。まぁ、豪雪地帯とも言うけどな」
「ご、豪雪地帯か......」
思わずエマの口から深い溜め息が漏れる。つい最近、極寒の極東ロシアから戻って来たばかりだ。
フゥ......エマが更に深い溜め息をつくと、今度は美緒が別の視点からの質問を始めた。
「『マーメイド』がどっかの星から落ちて来た危険な隕石だって事は分かってるけど、それ以外の事はまだ何も知らされていない。そろそろそっちの方も詳しく話してよ」
そんな質問を繰り出した美緒が、ラブホから逃げ出してからと言うものの、すでに3日間が経過していた。
その間、薄汚い空き家で身を隠したり......
地下下水道でドブネズミと戯れたり......
はたまた公園の茂みの中で一夜を明かしたり......
たかが3日間、されど3日間、この美緒と摩耶の2人に取ってこの隠匿なる3日間が、如何に壮絶なものであったかは、想像に余りあるものがある。
周知の通り、4人の顔は『強盗犯』として世間一般に広く知れ渡っていた。
他人に顔を見られる事はおろか、街中に設置された防犯カメラにその姿を捕らえられる事すら大きなリスクとなり果ててしまう。
そんな訳だから、今この場において彼女らの気力体力が極限の状態に達していたと言っても、決して過言では無かった。
一方、
『マーメイド』の事をもっと詳しく話せ......
そんな美緒のリクエストに対し、まず口を開いたのはやはりこの男。山上局長だ。
「良かろう。ならば1から話してやる。1回しか言わないから集中して聞いとけ。事の始まりはちょうど去年の今頃、山中湖での出来事だ。
引退した老夫婦が湖畔の別荘で余生を静かに楽しんでいた訳なんだが、とある物体に近付いたおかげで、その翌日に亡くなっちまった。2人揃ってな......さぞかし無念だった事だろう」
ここで山上局長は一旦話を止め、少し冷め掛かったコーヒーを漸くすすり始める。もしかしたらこの男、猫舌なのかも知れない。
「それでその物体トハ? それがマーメイド?」
確信に触れるのを避けたような話の内容に、少しイラ付いたポールが催促を入れる。
「まぁ、そんなに焦るな......」
山上局長はそんなポールを嘲笑うかのように、口の周りに付いたコーヒーをゆっくりとハンカチで拭き始めた。この男、あまり性格が宜しく無いようだ。
「その夜は快晴で満月が照り輝いてたそうだ。夕食を終えた老夫婦は、デッキに出て満月を肴にワインを酌み交わしていたらしい。すると突然、流れ星が落ちて来た。ただ見てるだけにしておけば良かったのにな......
そんな別荘の直ぐ近く、山中湖の波打ち際に落ちた流れ星は、エメラルドグリーンに光り輝いてたそうだ。
直径20センチ程度のほぼ球体に近いような物体だ。そんな得体の知れない物体が天から降って来れば、誰でも手に取って見たくなるわな。
決して老夫婦もその例外じゃ無かったって事だ。近付くだけならまだしも、手に取って観察を始めちまった訳だ。
やがて2人は揃って気分が悪くなり、たまたま通り掛かった別の老人に発見されて、直ぐに救急車で運ばれたそうなんだが......
治療も虚しく翌日には帰らぬ人となった。更に老夫婦を発見した救済者も直ぐに気分を概して病院に運ばれたが、そっちの方もどうやら数日後に息を引き取ったらしい」




