第26話 老人・ランガール
(来訪者1人目/5 題名:犬を連れた老人)
そんな香しいコーヒーの匂いに刺激されたのか?
ワンワンワンッ!
突然、『家』の外が騒がしくなった。
「おい、フランソワーズ! リードを引っ張るなッテ!」
どうやら......腰の曲がった老人が大型犬に引っ張られて、丘を下りて来てしまったようだ。
ワンワンワンッ!
老人は足にブレーキが掛からず、事もあろうかなんと! そのまま『家』の玄関をくぐってしまったのである。
すると......
「いらっしゃい。朝一コーヒーを飲ませてやる。そこにでも掛けててくれ」
そんなバリスタは、朝一客を丁寧にアンティークソファーへと誘導した。
「ありがとデス......ほらっフランソワーズ、お前もオスワリ!」
英語訛りの日本語で老人がそんな声を掛けると、フランソワーズと名付けられた『バーニーズマウンテンドッグ』は、ク~ン、ク~ンと猫なで声を発しながら、高級イラン製フカフカ絨毯の上で気持ち良さそうに寝そべってしまった。きっと高級絨毯の肌触りが堪らないのだろう。
バリスタはそんなフランソワーズに軽く微笑み掛けると、今度は自慢のドイツ製高級キッチンカウンターに6つのカップを並べていく。
つまりそれは、この高級且つやたらと狭い空間に、自分も含めて合計6人もの人間がこの後集結すると言う事を示唆している。更に謎は深まっていく。
(来訪者2人目/5 題名:謎のRUN・GIRL)
時刻は6時45分
この時間になって来ると、遊歩道も徐々に賑わいを見せ始めていく。
一種のブームなのか、最近ではランニングに精を出す女性の姿も頻繁に散見出来るようになった。
今、遊歩道をバテバテで走り込むピンク一色の女性も決してその例外では無い。
ちょうど長い坂道を上り切ったその時のこと......
「あっ、足がつったぁ! あらら......」
ゴロゴロゴロ......なんとその年若きピンク・ラン・ガールは、突如足をつって丘を転がり落ちてしまったのである。
そして気付けば、この女性もまたあれよあれよとブルーシートの門を潜って行った。
「いらっしゃいエマさ......い、いや何でも無いです。お待ちしておりました。まぁ、キッチンカウンター席にでも座ってて下さい。今コーヒー入れますから」
「あんがと」
突如飛び込んで来たそんな女性は、泥が付いた牛乳瓶の底眼鏡を汗拭きタオルで拭きながら、素直にカウンター席へと腰を落ち着かせる。
「どうも、初めまして」
ラン・ガールが先客の老人に軽く会釈をすると、
「こちらこそ、ハジメマシテ」
老人もハニカミ笑顔でそれに応える。
ウーッ......どうやらフランソワーズは突然現れたラン・ガールがお気に召さない様子。主人がニヤけている事に嫉妬しているようだ。
「この犬、可愛く無いな」
「ス、スマンデス......」
一方、
ポコポコポコ......アルコールランプで沸騰した湯がサイホン管を上り切ると、いよいよバリスタ特製スペシャルブルマンブレンドの出来上がりだ。
朝からそんな高級コーヒーが飲めるとは、実に贅沢としか言い様が無い。しかもこんな『家』の中で。
外は極寒とも言える世界、にも関わらずダンボール1枚隔てたこの空間は有り得ぬ程に暖かい。特に足の裏が。
どうやら......イラン製高級絨毯の下は、床暖房になっているようだ。フランソワーズが気持ち良さそうに寝っ転がる理由もよく分かる。
(来訪者3人目、4人目/5 題名:新宿区職員)
それから5分もしないその頃。
今度は丘の上で、
「あら、またこんな所に住み着いてる!」
「これは注意しないといけませんね!」
「突撃よ!」
「了解!」
鼻息を荒くして目を吊り上げる年若き2人の女性の腕には『新宿区生活安全課』などと書かれた腕章が朝日に照り輝いてる。
本当にそんな『課』が存在するのかどうかは分からないが、とにかく揃いの作業着の背中には『新宿区』と大きな文字が描かれていた。最近の区役所は、朝の7時前から活動している? のだろうか......
スタスタスタ......
スタスタスタ......




