第25話 公園の家
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AM6:30。
東京都心でそんな騒動が巻き起こってから、3日間が経過した早朝のこと。
新宿区内、某所公園の遊歩道では、出勤前のジョギングに精を出す若者や犬と散歩を楽しむ老夫婦などなど......平和を象徴するかような日常の景色が広がっていた。
朝日を背に浴びながら、少し高い丘からそんな景色を眺めていた男は、噴水横の柱時計に目をやると、
「おお、もうこんな時間か」
ボソリとそんな呟きを見せた途端、足元に置いてた空バケツを手に取り、あたふたと丘を下って行った。
その先には水飲み場が見える。きっとそこでバケツに水を汲むつもりなのだろう。
厳つい身体、薄汚い野球帽、着古したドカジャン、傷だらけの安全靴、そしてほぼ顔全面に広がった無精髭......その者の容姿を中継するならば、凡そそんなところだ。
もしかしたら、この公園内に『家?』を構える『住人』なのかも知れない。もっとも、住民票など持っている訳も無いのだが......
一足先、水飲み場で手を洗っていた老夫婦は、その者が近付いて来る事に気付くと、
「ちょっと、あなた」
「ん?......さぁ、もう行くとしよう」
互いにアイコンタクトを取り、怯えた顔して足早に立ち去って行く。月曜の朝からトラブルはご免......きっとそんな思考が働いたのだろう。
相手がただの浮浪者ならば、そこまで焦る必要も無いのだろうが、この男に限ってはやたらと目付きが鋭い。格闘家によく見られる特徴だ。
無人となった水飲み場にやって来たそんな『住人』は、老夫婦の退避行動などには目もくれず、勢いよく水道のコックを捻る。
ジャー......
え~と、1、2、3、4、5人。今日は来客が多いからな。でもまぁバケツ1杯も汲んどきゃ、事足りるだろう......
そんな『住人』はバケツに水を貯め切ると、満足気な表情を浮かべて丘を駆け登って行く。
因みにバケツは思いの外キレイで光り輝いていた。見たところ新品のようにも見える。
拾ったものなのか? それとも合羽橋で買ったものなのか? それは本人に聞いてみなければ分からない。
やがて丘の上まで戻って来ると、今度は木々が生い茂る道無き道へと駆け下りて行った。きっと進むこの先に『住人』の『家』なるものが存在しているに違いない。
たかが満タンのバケツ1個と言ってしまえば、それまでの事かも知れないが、実際に持ってみるとこれがまた結構重い。
にも関わらず、バケツから1滴も水を溢す事なく、クールな顔して丘を上り下りするこの男は、明らかに怪力の持ち主だった。
やがてそんな『住人』の目に飛び込んで来た景色と言えば、予想に違わず『家』。とは言っても、ダンボール、ブルーシートを駆使した平屋造りだ。
そんな『家』の中にスタスタと入り込んだその者は、用意していたコーヒーメーカーに汲み立てホヤホヤの水を注いでいく。
サイホン式の実に本格的なコーヒーメーカーだ。決して安価な代物では無い。きっとこの男の拘りで譲れないとこなのだろう。
よくよく住居内を見渡してみれば、見れば見る程に首を傾げてしまう。
足元にはイランから直輸入した高級絨毯が敷かれ、腰を下ろしたベッドはシモンズ製。それ以外にも棚やらテーブルやら椅子やら......家具と言える全ての物が、高級アンティークで統一されていた。
そんな訳だから、当然の如く使用しているコーヒー豆のラベルにも『スペシャルブルーマウンテン』......そんな文字が記されていたのである。
果たしてこの住居の外観を見た者で、誰がこのゴージャスな住空間を想像出来るだろうか。
この男......
きっと何か複雑な事情が有って、このような場所を住居としているに違いない。
因みに......
すぐ裏の『住人』に聞いた話によると、2日前の夜中、突然引越トラックがやって来て、翌朝にはこの『家』が出来上がっていたそうな。とにかく謎は深まるばかりだ。
「う~ん、いい香りだ。俺の1日はこの引き立つ香りで始まる」
そんな住民票を持たぬ『住人』は、引き立つコーヒーの香りにさぞかしご満悦な表情を浮かべていた。




