第23話 呪文
一方その片割れ、美緒の方はと言うと、
「あたし達を襲うとこんな酷い目に遭うって事を、こいつらの脳にインプットさせとかなきゃならないの。
無用な戦いは少しでも減らしたいからね。レベルは絞ってあるからまだ大丈夫よ。そうねぇ......あと1時間くらいかしら?」
1時間?!
どこをどう見繕ったらそんな数字が出て来るんだろう?
摩耶からしてみれば、あと1秒でもヤバいと思ったに違いない。
思い立ったら即行動。紐で縛った2つの『500万ボルトバリバリ美緒スペシャル3号』を摩耶が引き上げようとしたその時のこと。
けたたましいサイレン音が近付いて来ると共に、湿気で曇りを見せていた窓ガラスが赤色へと変化を始めた。
「パ、パトカー?!」
「そうみたいね。他の客が通報したのかしら? あらあら......救急車も来てるし、消防自動車までも来てる。やっぱあたし達はVIPなのね。フッ、フッ、フッ......」
ダブルベッドから窓越しに外を見詰めながら全く違った反応を見せる美緒だった。
更に......
「たっ、大変、警察官が大勢ホテルに入って来てる! どっ、どうしたらいいの?!」
既に顔面蒼白だった摩耶の顔が、更に血の気を失っていく。
それに対し美緒の方はと言うと、依然として憎たらしい程の落ち着きを見せてる。
「そんなに慌て無くても大丈夫よ。『ヴァローナ』に比べたら日本の警察なんて赤ん坊みたいなもんだから」
どっかで聞いたようなセリフを述べながら、美緒はとある簡易アイテムを手にしていた。それは、灰皿の横にちょこんと置かれていた『マーメイド』マークが描かれたマッチだ。
そんな様子をただオドオドと観察していた摩耶の顔は、いつの間にやら赤味を帯びて来ている。
肌色→青→白→赤......
ほんの1分にも満たぬ間に、4色も顔の色を変えるカメレオン摩耶だった。
この人はホテルを燃やすつもりだ!
これまでの『無茶苦茶』なる美緒の行動を目の当たりにして来た摩耶なら、きっとそんな風に思ったのだろう。
『無茶苦茶』
辞書でその意味を調べると、『物事の順序が、筋道立っていないさま』。そのように書かれている。
では果たして、美緒の行動は『物事の順序が、筋道立っていない』のだろうか?
答えはNOだ。むしろ美緒が起こす行動全てに筋が立っていると言っても過言では無い。
その証拠に、
「少し黙って見てなさい。今あたしが呪文で、地上に降りれる『命の階段』を作ってみせるから。それじゃあ始めるわよ。ああ、エコエコアザラク、エコエコザメラク......」
なんと美緒はナツメロ的呪文を唱えながら、
シュパッ......
マッチに火を灯したのである。それでもって次の瞬間には、目を瞑ったまま松明を持つ手を天にかざした。それは正に『自由の女神』ポーズだった。
ダメだ......
この人は完全に壊れてる。目がいっちゃってるし。
摩耶は力尽き、大事に『マーメイド』を抱きかかえながら、ダブルベッドに座り込んでしまった。
すると、
プシュー......
なんと!
突然部屋内に大雨が降り出し始めたではないか。
ピシャピシャピシャ......
「なっ、何が起こったの?!」
慌てて上を見上げてみると、大雨の正体は正に天井に設置されたスプリンクラーだった。そして天高く伸ばされた美緒の手は、確実にスプリンクラーヘッドを捕らえている。
ヘッドに設置されたヒューズがマッチの火で溶け落ち、水の放出を始めたと言う原理だ。その行動は正に、スプリンクラー設備の構造を熟知した者で無ければ、為し得る技では無い。
そしてスプリンクラーが起動を始めれば、当然の如く館内に警報が鳴り響く。
『パウォーン、パウォーン、パウォーン、5階で火災が発生しました。速やかに避難して下さい。パウォーン、パウォーン、パウォーン、5階で火災が発生しました......』
摩耶がそんな早過ぎる展開に右往左往しているうちにも、今度はシュパッ! そんな音と共に部屋内が煙に包まれていく。
そしてそんな煙は瞬く間に2人の手によって開かれた窓の外へと導かれて行った。
どうやら......美緒が万能リュックから取り出した『発煙筒』を着火させたらしい。
もう何がどうしてどうなっているのやら......あまりに素早い美緒の連続技に、摩耶の思考は全く付いていけてない。
更には、
「ほら、ボッとしてないであなたも一緒に!」
などと怒鳴りながら、煙が吹き出す窓に身を乗り出し、叫び声を上げたのだった。
「かっ、火事よ! 助けて~!」
それは正に、地上の消防自動車へ向けての『HELP!』コールに他ならない。
「「助けて~! 助けて~! ゲホッ、ゲホッ......」」
やがて、美緒の『呪文』が功を奏し、事は集大成を迎える事となる。




