第22話 死のプール
そんなゴージャス5階の廊下には、たった1つの扉が存在していた。この階には1部屋しか存在しない訳だからそれは寧ろ自然と言えよう。
ところが、まるで自然じゃない光景がそこには広かっていたのである。
「こりゃなんなんだ?」
「果て? 水道管でも壊れたんですかね? それともプールの水が溢れてるとか?」
扉の上に設置されている『使用中』マークは点灯していない。つまりその表示は、この部屋の中に客は居ないと言ってる訳だ。
とは言っても、マフィアに追われて逃げてる人間が、フロントを通して客になってる訳も無かった。きっと黙ってこの部屋の中で隠れてるんだろう。
そんな特別室『マーメイド』の扉の下からは、未だダラダラと水が流れ続けてる。
「部屋に入ってみれば分かる事だ。それよりこれを見てみろ。鍵をこじ開けた跡が有るぞ」
さすが兄貴。見ている所はしっかり見てるようだ。
「と言う事はやはり......」
「間違いない。我々が求めている『マーメイド』はこの部屋の中だ!」
途端に気合いを入れ直す兄貴と4人の黒服集団。自然と足が扉へと近付いていく。
ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ......
ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ......
フカフカ金色絨毯はかなり水を含んでいる。見た目以上に溢れ出た水は大量らしい。
「この水......なんか怪しく無いっすかね?」
気になる人間はやっぱ気になるようだ。しかし兄貴はと言うと、
「水が恐くて、マフィアが務まるか! お前はカナヅチか?」
気にも留めていない様子だ。
もしこの時兄貴が、本来持つべきリーダーの資質を持ち合わせていたならば......
もしこの時部下達が、リーダーの軽率なる行動を諌めるだけの勇気を持ち合わせていたならば......
いとも容易く美緒達の仕掛けた罠にはまる事も無かったであろうに。
しかし、『トロピカル』『サンセット』『な・ぎ・さ』『ポセイドン』『ドルフィン』『シュリンプ』『チャモロ』『マンタ』『若大将』。
立て続けにそんな部屋群を蹂躙して来たこの者達に、足を止める術は無かったのである。
そして遂に......お決まりの『4コマ漫画』は、無事連載を始めたのだった。よせばいいのに......
「それじゃあ開けて下さい!」
まずは能天気な1人目が、シャンパンタワーに注ぐべくシャンパンの口を開けた。
スポン。カシャ。
「はい、鍵開けました!」
次に能天気な2人目が、シャンパンタワーの頂上にシャンパンを運んでいく。
ギー、パタン。
「はい、ドア開けましたよ!」
更に能天気な3人目が、シャンパンを持って第1歩を踏み出した。
ピチャッ、ピチャッ......足を湿らせながら部屋の中へと侵入していく。
そして能天気な4人目が、シャンパンを勢いよく注いでいった。
ドバドハドバ......黒スーツで固めたホスト達は全員が『マーメイド』の中へと突入を果たしていく。
最後に......
2人の年若き女性客が、シャンパン片手に締めの挨拶を!
「踊りなさい」
「跳ねなさい」
すると、
カチッ。
そして、
ビッ......
ビビッ......
ビビビッ......
ビリビリビリビリビリビリビリビリッ!
「う、うわぁ!」
「のうぁ~!」
お客様のリクエスト通り、踊って跳ね出したのである。
プールから水が波々と溢れ出し、風呂からも洗面台からも絶え間なく水が流れ続けている。
2人の女性客の手によって形成されたそんな『水のステージ』上で、7色に発光しながら、踊り、そして跳ね続ける5人の黒服集団はと言うと、
「し、死ぬ......」
「も、もうダメだ......」
白目を剥き、口から泡を吹き出しながら悶え苦しんでいた。目の光が完全に消え落ちるまで然したる時間を要す事も無いのだろう。
そんな様子をダブルベッド上で暫し眺めていた美竹摩耶はと言うと、あまりこの手の修羅場に慣れて無い。
「ちょっと、もうそろそろ止めといた方がいいんじゃ無い?」
最初は手を叩いてはしゃいでいた摩耶も、余りに壮絶なる状況を目の当たりにし、今や顔面蒼白と化していた。




