第21話 突入
そんな写真群を見詰めながら暫し腕組みしていた兄貴は部下達に改めて号令を下す。
「よしっ、全室片っ端から調べてくぞ。どっかの部屋に隠れてる事は間違い無いからな!」
そう語り終わるや否や、兄貴は先頭に立って階段を駆け上がり始めたのである。今日ここに宿泊しているカップルは運が悪いとしか言い様が無い。
2階3室、3階3室、4階3室、そして5階1室。最上階となる5階は、特別室『マーメイド』のみで、その広さは1フロアー全てに及んでいた。
まず2階にたどり着いたご一行様は『トロピカル』『サンセット』『な・ぎ・さ』......そんな文字が描かれた3室へと突入していく。
この際『空室』も『使用中』も関係無い。全然見て無かった。正に破竹の勢いとはこう言う時に使う言葉なのだろう。
「者共、突入だ!」
「「「うりゃあっ!」」」
カチャッ。
ドタバタ、ドタバタッ!
因みに時刻は深夜4時。更に何度も言うように『ラブホ』ときてる。
公認・非公認を問わず、スポーツで気持ちのいい汗を流したカップル達が、ちょうど寝静まっている時間帯と言えよう。
寝ているならまだしも、延長戦にでも突入していようものなら、目も当てられない。
そんな訳だから当然の如く......
「ちょ、ちょ、ちょっと何?!」
「ドッキリか?!」
布団のシーツをパジャマ代わりにロールした紳士・淑女衆が大パニックを巻き起こしたのである。
そんな事など一切お構い無し。
黒服集団は『トロピカル』の観葉植物をなぎ倒し、『サンセット』のオレンジミラーボールを引き落とし、『な・ぎ・さ』の貝殻ベッドを横転させながら、決死の詮索を敢行していく。
ドタン、バタンッ!
ガタガタガタッ! バリバリッ!
そして、その結果は......
「兄貴、この階には居ないようです」
「あっそ......じゃあ、次の階だ!」
バタバタバタッ......
バタバタバタッ......
兄貴と4人の部下達は、風神の如く更なる階段を駆け上がっていく。
そして3階の3室では『ポセイドン』の模型を踏み潰し、『ドルフィン』のぬいぐるみを叔父さんに抱かせ、『シュリンプ』の水槽をひっくり返して、2人の姿を追い続ける。
「フ、フライデーか?!」
「けっ、警察呼ぶぞ!」
更に4階の3室では『チャモロ』のハンモックを引きちぎり、『マンタ』のナイト照明をへし折り、ウクレレ奏でる『若大将』のフィギアを窓から投げ捨て、2人の痕跡を辿った。
「かっ、課長! 奥さんが来たの?!」
「いいから顔を隠せ!」
しかしその結果は今度も......
「4階にも居ません!」
だったのである。
そして遂に......
5階のビップルーム、『マーメイド』1部屋を残すのみとなった。
「そっか......よしっ、5階へ行くぞ!」
「「「了解!」」」
バタバタバタ......
バタバタバタ......
何も知らぬ兄貴と4人の部下達は、もう捕まえたも同然くらいな余裕で、意気揚々階段を駆け上がって行った。
「もうすぐ朝だ......早く帰って風呂に入ろう」
「さすがに徹夜の仕事は堪えるな。あ~あ、眠い」
後ろの方では、そんな和みの会話が為されていた程である。
彼らはまだ知らなかった。
『EMA探偵事務室』の底力を。
そして、美緒達が手に持つ最強(恐)なる必殺武器を持参している事を。
「兄貴、さっきロビーの写真で見たんですけど、5階の『マーメイド』って部屋はプールが有るみたいですよ」
「プールだと? 最近の『連れ込み旅館』にはそんなもんが付いてるのか?」
今や令和へと年号を変えたこのご時代。平成を飛び越えて、すでに昭和時代の死語と成り果てたそんな『連れ込み旅館』がここで上司の口から飛び出すとは夢にも思っていなかった黒服部下衆。
『ラブホだろ!』などと心では思っていても、上司にそんな修正を求める勇敢な人間はここに居合わせて居なかった。
「はい、最近の『連れ込み旅館』には、そう言った設備が備えられているようです。もっとも料金は高いので、若者にはちょっとキツイかも知れませんね」
「そんな説明はどうでもいいわっ! さっさと踏み込む用意しろ!」
「はっ!」
聞かれたから答えただけなのに、怒られて背筋を伸ばす不憫な黒服部下だった。
そして5階に到着するや否や、兄貴の目の前に広がった景色と言えば......
「なんだこのゴージャスな廊下は?」
5センチは有ろうかと思われるフカフカ絨毯。金色に輝いて少し目が痛いくらいだ。模倣品なのか本物なのかは分からないが、壁には偉人達の肖像画が。
ラブホとは言え1泊素泊まり4万円フロアーだけの事はある。まぁ、どうでもいい話ではあるのだが......




