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第1話 【運命】

 ※ ※ ※ ※ ※ ※


 シャカシャカシャカ......


 重々しい空気の中、誰もが語ることを忘れてしまった店内において、音を発するものが有ったとしたら、それはマスターが繰り出すシェイカーの音くらいのものだった。


 アダルトな雰囲気に包まれた店内において、極限まで照度を落としたダウンライトの灯りは、カウンター座席に座る2人の男女を寂し気に浮かび上がらせてる。


 時刻は深夜1時。そんな時間ともなれば、2人以外に客の姿は無い。既に『BAR SHARK』と描かれたネオン看板が店内に仕舞われてるところを見ると、今日はもう店仕舞いしてるのだろう。


 そしてそんな2人はさっきからずっと無言。ただ何となく......そんな曖昧な視線をカウンター越しのマスターに向けてるだけだった。きっと喋ることを忘れた九官鳥にでもなってしまったのだろう。


「......」


「......」


 そんな塞ぎ込む2羽の九官鳥を見るに見かねたマスターが、遂に居た堪れなくなって口を開いた。


「圭一さん、まぁこれでも飲んで少し気分変えましょう」 コトン。


 やれやれ......そんなテロップを流しながらマスターは圭一の目の前に薄黄色のカクテルを置いた。


「これは......ソルティ・ドッグ?」


「残念! 惜しいですけど違います。これは【ブルドック】です」


「どこが違うんだ?」


「ソルティはグラスの縁に塩をまぶしますが、これは塩をまぶして無いんです。 それと......このカクテルには、強そうな名前の印象とは裏腹に包み込むような優しさが含まれてます。行方不明の仲間を想い続ける強者さんにぴったりの酒だと思いますよ。


 言うまでも無く、このカクテルにはレシピの通りのウォッカが含まれてます。ウォッカと言えば直ぐにロシアが頭に浮かぶと思いますが、実はその周辺諸国でもメジャーな酒なんです。


 どうですか? 1度お仕事のことなど忘れてロシア周辺国を旅されてはいかがしょう。何か道が開けるかも、なんて......まぁ私の独り言です。ハッ、ハッ、ハッ」


 きっと圭一を力付けたかったのだろう。重い空気に逆らうような大笑いを持って、話を締めくくるマスターだった。



「旅行だって? 美緒さんと摩耶が連れ去られてるのに、そんな気分じゃ無いよ。マスター......」


 もちろん圭一だって、マスターに悪気が無いことは分かってる。軽く話を受け流しながら、トクトクトク......そんな『ブルドック』で、心と共に渇き切った喉を潤すブルドックファイターだった。



 そうなると、次は、


 コトン。


「エマさん、ポールなら大丈夫です。彼は今運命の人と出会えて共に戦ってます。


 聞けば公安一の強者らしいじゃ無いですか。きっと無事に帰って来ますよ。


 さぁこれでも飲んで我々も運命の人が現れるのを待ちましょう」


 そんな占い師張りの語りを繰り出しながら、今度はエマの前に琥珀色のカクテルを置いた。


「これは?」


「【ホーセズ・ネック】と名付けられたカクテルです。コニャックとジンジャーエールを混ぜてその後にレモンスライスで色付けしてます。


 その名の通り馬の首輪と言う意味ですが、馬と首輪の切っては切れない【運命】、そんな意味が込められたカクテルなんです。


 ポールと公安の強者さんとの間には、運命の出会いが有りました。次は誰のところに運命の人が現れるのか? なんてことを密かに期待してるのは私だけでしょうか? 


 エマさんも1度圭一さんと少し西の国にでも旅してみたらいかがですか? まぁ、これもただの独り言です。忘れて下さい」


「マスター、あたしもそんな気分じゅ無いって。【運命】の人? あたし達にもそんなのが現れたら苦労しないな」


 こちらも圭一同様、うつむき加減で【ホーセズ・ネック】を飲み干すエマだった。


 その時だ。


「どうやら現れたみたいですよ」


 気付けばマスターは、防犯カメラの映像を食い入るように見詰めてる。


「誰か来たのか?」


「来ましたよ。【運命】の人が」


 すると、エマも圭一の目も自然とそちらへ向いていく。すると、


「こいつが? 【運命】の人? マスターちょっとおかしくなったんじゃないか?」


「......」


 首を傾げる圭一に対し、なぜかエマは無言。ただ目からは鋭い光を発している。一体こんな時間に誰が来たと言うのか?


 その答えは......これだった。



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