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第10話 死神

「はっはっはっ......ここは炭鉱跡地なだけに裏通路がいっぱい有るんですよ。どこへ行くにも道は1つだけじゃ有りません。蟻の巣みたいに張り巡らされてるんです。


 ですから、仮に国家権力がなだれ込んで来るようなことが有っても、そうそう捕まるようなことは無いと思います、はい」


 鼻高々、自信満々に語る所長に対し、


「そんなことにならんと信じてるがね」


 急に不機嫌になる来客様だった。眉間に1000本のシワが寄ってる。とうやらこの来客、感情表現が豊かな人物らしい。


「も、もちろんです!」


 口は災いのもととはよく言ったもの。機嫌が戻るまでは慎まねばならない。


 その一方、


「薬をくれ......何でもするから......」


 ショーウィンドウの『酒の肴』はと言うと、決して期待を裏切らなかった。来客の欲求を満たすだけの反応を示し続けてくれてる。


 髪の毛は山姥のように乱れ切り、顔は深すぎるシワに覆い尽くされている。痩せ細ったその男の年齢は見た目60才以上。でも実際のところは40にも満たないのであろう。


 やがて、


「さぁ、どうぞ」


 そんな『肴』が見えていないかのように和装ホステスが笑顔でウォッカのボトルを手に持つと、 トクトクトク......アルコール度数40を超えるそんな飲み物を一気にウォッカグラスへと注いでいった。


 それに対し来客は、形だけのグラスを手に持ちながらも、気持ちは既に皆を置いて別世界。


「もう待ちきれん。とっとと始めたらどうだ?!」



 どうやらこの来客......


 高級な酒よりもきれいな女性よりも、遥かに『肴』に興味が有るらしい。身を乗り出し、目を爛々と輝かせるその姿は、もはや猟奇的としか言い様が無かった。


 こんな上司を持った部下は、きっと命がいくつ有っても足りないのだろう。考えただけでもゾッとする......



 そうこうしているうちにも、


「よし、始めろ!」


 そんな所長の号令の元、注射器を10本程持った白衣姿の男がショーウィンドウの中へと足を踏み入れていった。


「早く......早く......打ってくれ......」


 するとそれを見た『肴』が息を吹き返す。深い隈の上に乗った2つの目は一気に光を取り戻し、血が出るような視線で注射器だけを見詰めていた。もう待ち切れ無い! そんな意の現れなんだろう。


「さぁ、早く打ってやれ! 10本全部だ! これはこいつが求めてるからその期待に応えてるだけのことだ。なんて俺は優しい人間なんだ! 君、そう思うだろ?」


「も、もちろんその通りです! はい!」


 来客の狂喜なる様を目の当たりにし、所長の顔が正に青くなり掛けたその時のことだった。


「所長、大変です! 大量の放水を行ったのに侵入者は流されてません。まだ生きてます! 現在排水路を南下中。このままではこの『MARSマーズ』への侵入を防げません!」


「な、なんだと?! 放水を逃れたってことなのか? そ、そんなバカな!」


 見れば、ショーウィンドウの中で注射器を構えてた白衣の男も呆気にとられフリーズしてる。


 一方所長は所長で、そんな不始末に対しまたしても叱責を受けるのでは?! と思い、戦々恐々としていた訳ではあったのだが......


「もうじれったい! 俺に貸せ!」


 来客はなおもこっちの方が大事だったらしい。


 いつの間にやらショーウィンドウの中に入り込んで、無数の注射器を白衣の男から奪い取ってる。もう暴走機関車を追い抜く勢いだ。


「薬......頼む......」


 そして尚も懇願を続ける『肴』の腕を露出させると、


「ほら......これが欲しかったんだろう? ぼ・う・や!」


 ブスッ。


「ああ......」


「もっと欲しいか? ならばもっといっぱい打ってやろう」


 ブスッ。


 ブスッ。


「おお......」


「なんだ? まだ足りないのか?」


 ブスッ、ブスッ、ブスッ......


「むぐぐっ......」


「ハッ、ハッ、ハッ!」


 ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ......


「......」


「どうだ、これでもか?! ほら、ほら、ほらっ!」


 すでに薬は全て打ち尽くしたのに、


 ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ......


 一向に刺すことを止めない来客だったのである。


 そして遂に、


「......」


 息耐えていたのである。満足そうな笑顔を浮かべながら......


 死因は言うまでも無く、薬剤の多量接種によるショック死。それは正にこの来客が『死神』へと変貌を遂げた瞬間だったに違い無い。


「俺は『VERONICAヴェロニカ』の重臣、ゲオルギー(еоргий)だ! 「COYOTE(コヨーテ」様、万歳! ハッ、ハッ、ハッ!」


 それは『死神』の正体が明かされた瞬間だったに違い無い。


 『VERONICA』『COYOTE』『ゲオルギー』


 アラルから吹き込んだそんな名の邪悪な風は、今正にこの日本を蹂躙しようとしている。


 果たしてエマ達は、そんな邪悪な風を防ぐことが出来るのだろうか? ヴァローナを遥かに超えた巨大組織を相手に......



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