第6話 クリスマス演劇は誰の役か
鏡星学園は、たぶん壊れ慣れている。
少なくとも、俺はそう思った。
旧校舎の外壁が派手にえぐれ、窓ガラスが割れ、朝っぱらから巨大ロボが屋上に立ち、俺の分身が学園征服を宣言した。
普通なら、その日の授業は中止だ。
少なくとも、保護者に連絡が行き、生徒は帰宅し、職員会議が開かれ、ニュースになる。
だが、鏡星学園は違った。
昼前には旧校舎の破損部分に仮設シートが張られ、ガラス片は片づけられ、危険区域には黄色いテープが貼られた。
そして昼休みの終わり、全校放送が入った。
『生徒会より連絡します』
鳴海愛の声だった。
校内のざわめきが、すっと静まる。
俺たちは生徒会室を出たばかりで、廊下にいた。
美咲は腕を組み、宙は壁にもたれて、アリスの頭を撫でている。
俺はというと、帰りたい気持ちと帰れない現実の間で、精神的にこたつを探していた。
『本日発生した旧校舎の破損、および未承認可学機器の暴走については、生徒会と教職員が対応中です。危険区域には近づかないでください』
「未承認可学機器って、タロウくん3号のことか」
俺が呟くと、美咲が言った。
「便利な言い方ね」
「鏡星学園、何でも言い換えれば済むと思ってないか」
「だいたい済んできたんじゃない?」
否定できないのが怖い。
放送の中の愛は、淡々と続ける。
『なお、冬季クリスマスパーティーは予定通り実施します』
廊下のあちこちから、驚きの声が上がった。
「え、やるの?」
「校舎壊れたのに?」
「さすが鏡星」
「むしろテンション上がってきた」
最後のやつはどうかと思う。
『この程度で行事を止めれば、鏡星学園ではありません』
愛の声は揺らがなかった。
俺は思わず廊下のスピーカーを見上げる。
「言い切ったぞ」
美咲が少し笑った。
「鳴海先輩らしい」
『ただし、安全管理を最優先とします。各クラスの準備は、担当教員および生徒会の指示に従ってください。無断の演出、可学機材の持ち込み、ロボット使用、放送システムの乗っ取りは禁止します』
「最後、完全にナオキ対策だな」
「直樹対策とも言えるわね」
「俺はやってない」
「関係者」
「便利に使うな、その言葉」
放送が終わると、廊下の空気が一気に動き出した。
生徒たちはざわざわと教室へ戻っていく。
校舎が壊れたのに、クリスマスパーティーは中止されない。
巨大ロボが出たのに、授業は続く。
おかしい。
おかしいのだが、鏡星学園ではギリギリ普通なのかもしれない。
俺は重い足取りで教室へ向かった。
行きたくない。
理由は単純だ。
クラスでは、例の演劇の配役会議が続いているはずだった。
つまり、俺が姫役にされかけている会議である。
昨日は逃げた。
いや、正確には学校へ向かう途中で分裂事故に遭ったので、逃げたわけではない。
だが、結果的には逃げた。
そして今、俺は逃げられない。
なぜなら、美咲が俺の制服の袖をつかんでいるからだ。
「美咲」
「何?」
「袖を離せ」
「離したら逃げるでしょ」
「逃げない」
「本当に?」
「……行き先による」
「ほら」
美咲は離さなかった。
宙は俺たちの少し後ろを歩いている。
アリスがこちらを見て、けらけら笑うような声を出した。
「ヒメサマ、逃げ腰ダ」
「その呼び方を今すぐやめろ」
「直樹くん……怒ってる」
宙がぽつりと言う。
「怒ってるわけじゃない」
「……じゃあ、嫌がってる」
「それはそう」
「……嫌なら、言えばいい」
その言葉に、俺は少し黙った。
嫌なら言えばいい。
そんな簡単なことが、俺はずっと苦手だった。
教室の前に着いた。
中から声が聞こえる。
「だから姫役は時雨でよくない?」
「本人来たら決定でしょ」
「似合うし」
「衣装、絶対映えるよな」
「女子より可愛いまである」
俺はドアの前で止まった。
美咲が俺を見る。
「入る?」
「……帰る」
「入る」
「はい」
美咲がドアを開けた。
教室の中の視線が、一斉にこちらを向いた。
俺はその瞬間、扉を閉めたくなった。
だが美咲が後ろから押してきたので、強制的に中へ入る。
「お、時雨来た!」
「主役登場!」
「姫ー!」
「姫言うな!」
叫んだ瞬間、教室が一瞬静まった。
自分でも驚いた。
思ったより大きな声が出た。
クラスメイトたちは、ぽかんと俺を見る。
黒板には大きく書かれていた。
『クリスマス演劇 現代風童話劇』
その下に、仮タイトル。
『眠れる森の配信者』
何だそれ。
さらにその下に、役名が並んでいる。
王子。
姫。
魔女。
配信スタッフ。
森の動物。
スポンサー。
現代風にもほどがある。
そして、姫役の横に、俺の名前が書かれかけていた。
『姫:時雨直――』
俺は黒板を見た。
見るだけで頭が痛くなる。
「誰が書いた」
俺が低い声で言うと、前の席にいた男子――高橋が軽く手を上げた。
「いや、仮だから仮」
「仮でも書くな」
「そんな怒るなって。似合うからいいじゃん」
その瞬間、胸の奥がざらっとした。
似合うからいい。
何度も言われてきた言葉。
小さいころから。
中学でも。
高校に入ってからも。
可愛いから。
似合うから。
面白いから。
ちょっとだけだから。
俺はいつも、冗談っぽく返していた。
やめろよ、とか。
ふざけんな、とか。
でも本気で怒ったことはなかった。
怒ると、場がしらける気がした。
面倒なやつだと思われる気がした。
だから笑った。
嫌だったのに。
美咲が俺の隣で、何も言わずに立っている。
宙も教室の後ろで、静かに見ている。
俺は息を吸った。
「俺を勝手に姫にするな」
教室がまた静かになった。
高橋が少し困ったように笑う。
「いや、だから仮だって」
「仮でも嫌だ」
「そんなに?」
「そんなにだ」
「でも、他に似合うやついなくない?」
別の女子が言った。
名前は西野。演劇のまとめ役になっている。
彼女は悪気なく言ったのだと思う。
「時雨くん、顔きれいだし、舞台映えするし。衣装も絶対似合うよ」
まただ。
悪意はない。
たぶんない。
だから面倒だ。
悪意がないものに怒ると、こっちが悪者になる。
俺は言葉に詰まった。
似合う。
それ自体は、たぶん嘘じゃない。
俺もわかっている。
女顔だ。
衣装を着せられたら、たぶん笑われるくらいには似合う。
だから余計に嫌だった。
似合うからって、やりたいとは限らない。
なのに、その当たり前を言うのが、どうしてこんなに難しいのか。
「時雨?」
高橋が首を傾げる。
「そんな本気で嫌なら、まあ、考えるけどさ」
その言い方も、何となく引っかかった。
本気で嫌なら。
じゃあ、俺が今まで本気で嫌だと言わなかったから、勝手に決めていいと思われていたのか。
そうかもしれない。
そうなのだろう。
俺が言わなかった。
俺が曖昧にした。
でも。
「……俺は」
言いかけた時だった。
教室の窓の外で、何かが光った。
生徒の何人かがそちらを見る。
直後、校内放送のスピーカーから、ぷつん、とノイズが鳴った。
『聞こえるか、鏡星学園二年B組』
教室が凍りつく。
俺の背筋も凍った。
この声は。
俺の声に似ていて、俺ではない声。
ナオキだ。
『配役会議の最中に失礼する』
「全然失礼と思ってない声だな」
俺は呟いた。
美咲が窓へ駆け寄る。
「外!」
全員が窓の外を見る。
校庭側ではない。
校舎と校舎の間の中庭。
そこに、ナオキが立っていた。
白い制服の上に、黒いマント。
肩には妙な装飾。
手にはマイク。
背後には小型ドローンが数体浮いている。
そのうち一体がスピーカー代わりになっているらしい。
どこからそんなものを持ってきた。
たぶん玉藻先生の屋敷だ。
いや、もう考えるのをやめたい。
ナオキは窓を見上げ、俺と目を合わせた。
同じ顔。
違う表情。
堂々としている。
俺の中の何かが、またざわついた。
『姫役が必要なら、私がやる』
教室が騒然となった。
「え、誰?」
「時雨くん?」
「女子?」
「双子?」
「さっき屋上にいた子?」
「え、姫役めっちゃ似合いそう」
「確かに」
俺は机を叩きそうになった。
ナオキは中庭から、二階の教室を見上げている。
『現代風童話劇、だったか。悪くない。だが配役の思想が弱い』
高橋が窓から身を乗り出す。
「えっと、君、誰?」
『時雨ナオキ』
「時雨?」
『時雨直樹から生まれた、時雨直樹ではない者』
「情報量!」
教室中が混乱する。
西野が俺を見る。
「時雨くん、説明できる?」
「できる範囲とできない範囲がある」
「最近そればっかりね、あんた」
美咲が呆れた。
ナオキは続ける。
『直樹♂が嫌がるなら、その役は私がもらう』
「だからその呼び方やめろ!」
俺は窓際に立ち、ナオキを見下ろした。
「おまえ、何しに来た!」
『配役を正しに来た』
「正すな!」
『嫌なら逃げればいい。逃げた役は、私がもらう』
その言葉に、俺はカッとなった。
「逃げたわけじゃない!」
『昨日、学校に来なかった』
「途中で分裂したんだよ!」
『その前に、寒さに負けてこたつへ戻った』
「なぜそこまで知ってる!」
『私はおまえだからな』
教室がざわつく。
美咲が額を押さえた。
「ナオキちゃん、そこ暴露しなくてもいいのに」
「美咲、感想そこか」
ナオキは俺を見ていた。
『直樹。おまえは嫌だと言う。姫役は嫌だ。可愛いと言われるのも嫌だ。勝手に決められるのも嫌だ』
「そうだよ」
『なら、何がいい?』
「は?」
『おまえは何を選ぶ?』
言葉が詰まった。
何がいい。
それを聞かれるとは思っていなかった。
俺は姫役が嫌だ。
可愛いと言われて勝手に盛り上がられるのが嫌だ。
衣装を着せられて、似合う似合うと笑われるのが嫌だ。
それははっきりしている。
でも。
じゃあ何がしたいのか。
俺は演劇で何の役をやりたいのか。
舞台に立ちたいのか。
裏方に回りたいのか。
そもそも参加したいのか。
何も考えていなかった。
嫌だと思うことばかりで、自分が選ぶことを考えていなかった。
『答えられないのか』
ナオキの声が少し低くなる。
『なら、私が選ぶ』
「おまえは俺じゃない」
俺は反射的に言った。
ナオキは、一瞬だけ笑った。
寂しそうにも、嬉しそうにも見えた。
『そう。だから、私は私の役を選ぶ』
その言葉は、屋上で聞いた言葉よりも近く、痛かった。
私は私の役を選ぶ。
ナオキは暴走している。
ロボットを奪い、学校を壊し、学園征服を宣言している。
間違っている。
間違っているはずだ。
なのに、彼女は自分で選ぼうとしている。
少なくとも、俺よりは。
俺は、何をやらされたくないかばかり考えてきた。
ナオキは、何を奪うかを考えている。
それが正しいかは別として、彼女は自分で決めようとしている。
俺は胸の奥が苦しくなった。
「ナオキちゃん!」
美咲が窓から声を張った。
「そんなやり方しなくてもいいでしょ!」
ナオキの視線が、美咲へ移る。
『美咲』
「役を選びたいなら、普通に言えばいいじゃない!」
『普通に言って、聞いてもらえるならな』
美咲が言葉を止めた。
ナオキは静かに続ける。
『直樹はずっと普通に嫌がっていた。笑いながら、冗談みたいに、少しずつ。でも聞かれなかった。なら、聞こえる大きさで言うしかない』
「それは……」
『私は、直樹が言えなかった声だ。だが、直樹の代弁者では終わらない』
ナオキはマントを翻した。
『私は、私になる』
教室の空気が変わっていた。
さっきまで混乱して笑っていたクラスメイトたちが、今は黙っている。
高橋も、西野も、他の生徒たちも、俺とナオキを見比べていた。
高橋が、気まずそうに頭をかいた。
「……時雨」
「何だ」
「そんなに嫌だったんだな」
「……まあ」
「悪かった」
予想外だった。
俺は高橋を見た。
高橋は、本当に少し気まずそうだった。
「いや、正直、似合うし面白いかなって思ってた。そんなに嫌がってるとは思ってなかった」
西野も小さく手を挙げた。
「私も。衣装合わせたら絶対綺麗だと思ったし、みんな盛り上がるかなって。本人が嫌なら、ちゃんと聞くべきだった」
俺は何も言えなかった。
謝られるとは思っていなかった。
怒られるか、笑われるか、面倒くさがられるか。
そう思っていた。
でも、言えば届くこともあるのかもしれない。
もちろん、全部がそうとは限らない。
でも少なくとも、今は届いた。
それなのに俺は、何も言えなかった。
美咲が俺の横に立つ。
「直樹」
「……何だよ」
「嫌なら嫌でいい。でも、じゃあ何がいいのか言いなさいよ」
その声は、きついようで、逃げ道をくれていた。
「姫役は嫌。それはわかった。じゃあ、あんたは何がしたいの?」
俺は黒板を見る。
役名が並んでいる。
王子。
姫。
魔女。
配信スタッフ。
森の動物。
スポンサー。
ナレーター。
照明。
音響。
脚本補助。
舞台装置。
何がいい。
俺は、何がしたい。
答えが出ない。
喉の奥に言葉が引っかかる。
「俺は……」
ナオキが中庭から見上げている。
美咲が隣にいる。
宙が教室の後ろで、アリスを抱いている。
クラスメイトたちが待っている。
誰も急かしてはいない。
なのに、俺は答えられなかった。
「……わからない」
ようやく出たのは、それだけだった。
情けない声だった。
でも、嘘ではなかった。
美咲は少しだけ頷いた。
「じゃあ、わからないって言えばいい」
「それでいいのかよ」
「少なくとも、勝手に姫にされるよりはいいでしょ」
確かに。
俺は黒板に近づいた。
チョークを手に取る。
姫役の横に書かれかけていた自分の名前。
『時雨直――』
それを、俺は消した。
教室が静かになる。
俺はその横に書いた。
『未定』
高橋が小さく笑った。
「未定って」
「悪いか」
「いや、時雨っぽい」
「褒めてるのか、それ」
「たぶん」
西野が黒板を見て、少し笑った。
「じゃあ、姫役は再募集。時雨くんは未定。本人が決めるまで保留」
「保留って便利ね」
美咲が言った。
「人生の半分は保留でできてる」
俺が言うと、美咲は呆れた顔をした。
「保留しすぎると、またナオキちゃんが暴走するわよ」
ナオキは中庭で、俺が黒板に書いた『未定』を見ていた。
窓越しでもわかる。
彼女は、少しだけ満足そうだった。
でも、それで終わる気はないらしい。
『直樹』
「何だ」
『未定は逃げではないのか?』
「今は違う」
『どう違う』
「自分で決めるまで、誰にも決めさせないって意味だ」
口にした瞬間、自分で少し驚いた。
そんな言葉が出るとは思わなかった。
ナオキも一瞬、目を細めた。
『少しは言えるようになったか』
「おまえのおかげとは言わないからな」
『言わなくていい。聞きたいわけでもない』
ナオキは空中のドローンに指示を送った。
ドローンが高く上がる。
中庭に、低い機械音が響く。
どこか遠くで、タロウくん3号の駆動音らしきものが聞こえた。
嫌な予感がする。
美咲も同じ顔をした。
「ナオキちゃん、まだ何かする気?」
『もちろん』
ナオキは堂々と答えた。
『この程度で終わるなら、征服など宣言しない』
「征服はやめろって言ってるだろ!」
『なら、名称を変えよう』
ナオキはマイクを持ち直した。
『クリスマスパーティー当日、私は鏡星学園全体を舞台にした征服劇を実行する』
教室がざわついた。
「征服劇?」
「何それ」
「ちょっと面白そう」
「いや、校舎壊した子でしょ」
「でも演劇としては迫力あるよね」
うちのクラス、順応するのが早すぎる。
俺は窓枠をつかんだ。
「ナオキ! 勝手に学園を巻き込むな!」
『誰かに配役される前に、私がこの学園全部を舞台にする』
「規模がでかすぎる!」
『直樹。おまえも選べ』
「何を」
『逃げるのか。止めるのか。舞台に上がるのか』
風が吹いた。
中庭の落ち葉が舞う。
ナオキのマントが揺れる。
彼女は俺を見ていた。
『私は、私の役を選ぶ。おまえはどうする?』
答えられなかった。
でも今度は、何も考えていないからではない。
考えなければならないと、わかってしまったからだ。
ナオキは指を鳴らした。
ドローンたちが一斉に上昇する。
小型の煙幕のようなものが中庭に広がった。
「待て!」
俺は窓を開けようとしたが、美咲に止められた。
「二階!」
「くそっ」
煙が晴れた時、ナオキの姿は消えていた。
中庭には、黒いマントの端についていたらしい小さなリボンだけが落ちていた。
教室はしばらく静かだった。
誰かがぽつりと言う。
「……本当に、クリスマスパーティーやるの?」
その時、廊下のスピーカーから愛の声が流れた。
『生徒会より連絡します。未承認演出の予告を確認しましたが、クリスマスパーティーは予定通り実施します』
クラス全員がスピーカーを見た。
『この程度で行事を止めれば、鏡星学園ではありません』
「二回目だ」
俺は呟いた。
美咲が隣で笑った。
「鳴海先輩、絶対止める気ないわね」
「止めてくれよ、普通に」
宙が教室の後ろから、静かに言った。
「……舞台、始まる」
アリスが続ける。
「ヒメサマ未定。ナオキは女王気取り。直樹は保留。面白くなってきたナ」
「面白くない」
俺は即答した。
でも、胸の奥はざわついていた。
ナオキの言葉。
美咲の問い。
黒板に書いた『未定』。
誰かに決められる前に、自分で決める。
そんな当たり前のことが、今までどうしてできなかったのか。
俺は黒板を見る。
姫役の横に、俺の名前はもうない。
代わりに、未定と書かれている。
未定。
逃げではなく、保留。
自分で決めるまで、誰にも決めさせないという印。
それが正しいのかは、まだわからない。
でも、少なくとも、勝手に書かれていた自分の名前を消した。
たぶん、今日はそこからでいい。
美咲が俺の横に来た。
「直樹」
「何だ」
「ちょっとだけ前進したんじゃない?」
「未定って書いただけだぞ」
「昨日までなら、それもできなかったでしょ」
「……うるさい」
「はいはい」
美咲は笑った。
俺は窓の外を見た。
中庭にはもうナオキはいない。
けれど、彼女の宣言だけが残っている。
クリスマスパーティー当日。
学園全体を舞台にした征服劇。
誰かに配役される前に、私がこの学園全部を舞台にする。
無茶苦茶だ。
迷惑だ。
止めなければならない。
だけど。
俺は、少しだけ思ってしまった。
あいつは、本当に自分の役を選ぼうとしているのだと。
そのことだけは、俺より先を行っているのだと。
認めたくない。
認めたくないが、否定もできなかった。
俺は黒板の『未定』をもう一度見た。
何がしたいのか。
まだ答えはない。
でも、答えなければならない時が来る。
たぶん、クリスマスパーティーの日に。
ナオキが舞台を作るなら、俺はその舞台に引きずり出される。
そこで逃げるのか。
止めるのか。
舞台に上がるのか。
俺はまだ、何も決められていなかった。




