第5話 半分の自分
生徒会室という場所には、人を黙らせる力がある。
少なくとも俺は、入った瞬間に少しだけ背筋が伸びた。
広い部屋だった。
壁一面にモニターがあり、学園内の監視カメラ映像、校舎平面図、緊急連絡網、謎の波形グラフなどが並んでいる。
普通の高校の生徒会室は、たぶんもっと紙の書類とか、文化祭のポスターとか、使いかけのマジックとかが置いてあるものだと思う。
鏡星学園の生徒会室は違った。
ほぼ対策本部だった。
いや、たぶん実際に対策本部なのだ。
なにしろこの学校では、図書館の本に吸い込まれたり、バレンタインに魔法が暴発したり、可学教師が未完成ロボを作ったりする。
生徒会室が対策本部化するのも仕方ない。
仕方ないのか。
俺はまだ納得していない。
「時雨直樹」
鳴海愛の声が飛んだ。
「はい」
「席に座れ。立ったままでは話が進まない」
「帰っていいですか」
「座れ」
「はい」
俺は素直に座った。
鳴海愛は強い。
生徒会長という肩書きだけでは説明できない強さがある。声の温度は低いのに、妙に逆らいづらい。
隣に美咲が座る。
その横に見上宙がちょこんと座り、膝の上に腹話術人形のアリスを乗せていた。
アリスはなぜか俺の方を見ている。
目が合うと、にやっと笑った気がした。
人形なのに。
「見るナ、半分男」
「その呼び方やめろ」
俺が小声で言うと、宙がぽつりと言った。
「……アリスが言った」
「おまえの声帯だろ」
「……違う」
「違わない」
美咲が俺の横腹を肘で突いた。
「静かに」
「俺だけ怒られるの理不尽じゃないか」
「だいたいあんたがうるさいから」
「今日の俺、被害者なんだけどな」
「被害者で関係者」
昨日からその分類が便利に使われすぎている。
テーブルの向かい側には、見慣れない生徒が二人座っていた。
一人は細身の男子で、銀縁の眼鏡をかけている。きっちり整えた髪、きっちりそろえた制服、きっちり並べられたノートとタブレット。
たぶん、人生のあらゆるものを直角に整えたいタイプだ。
もう一人は、少し大柄な男子だった。髪は短く、肩幅があり、いかにも運動部といった雰囲気だが、目は意外と柔らかい。手元には分厚いファイルがある。
愛が二人を紹介した。
「こちらは生徒会副会長、椎凪翼。主に対外調整と危機管理を担当している」
眼鏡の男子が軽く頭を下げた。
「椎凪です。よろしく、時雨くん。……正確には、現時点で確認されている男性個体の時雨くん」
「いきなり嫌な言い方ですね」
「区別のためです」
「直樹でいいです」
「では直樹くん」
椎凪翼はタブレットに何かを入力した。
「そしてこちらが百瀬真一。風紀委員会との連絡役だ」
大柄な男子が片手を上げる。
「百瀬だ。よろしく。大変だな、時雨」
「はい。大変です」
「自分そっくりの女子が学園征服宣言するのは、さすがに俺も経験ない」
「普通、経験しません」
「だよな」
百瀬は妙に納得した。
悪い人ではなさそうだ。
ただ、こういう状況にあまり驚いていないところが鏡星学園の生徒らしい。
玉藻先生は少し離れた椅子に座らされていた。
座らされていた、という表現が正しい。
愛の指示で、玉藻先生の椅子だけ机から離されている。
白衣の背中には、まだ「反省中」のステッカーが貼られていた。
剥がれないらしい。
玉藻先生は何度も背中に手を回そうとして、届かずに諦める、という動作を繰り返している。
「直樹ちゃん、あとで剥がしてくれなぁい?」
「嫌です」
「冷たいわぁん」
「自業自得です」
「先生、ちょっと実験しただけなのに」
「そのちょっとで学園征服者が誕生しました」
「言い方が大げさねぇ」
愛が静かに言った。
「玉藻先生」
「はい」
「黙ってください」
「はい」
玉藻先生が本当に黙った。
すごい。
愛はテーブル中央に手を置いた。
「では、状況を整理する」
モニターに映像が出る。
屋上に立つナオキ。
タロウくん3号の肩。
校庭の混乱。
旧校舎の破損。
俺はその映像を見て、胃の辺りが重くなるのを感じた。
自分の顔だ。
でも自分ではない。
それが全校生徒の前で、堂々と学園征服を宣言している。
もう何度見ても、現実味がない。
「昨日午後、時雨直樹は未知の光体と接触し、性別差異を伴う自己分裂現象を起こした」
椎凪が淡々と読み上げる。
「分裂後、男性個体を時雨直樹、女性個体を時雨ナオキと仮称。ナオキは一時、佐藤美咲の保護下に置かれる予定だったが、玉藻先生によって発見され、地下可学研究室へ搬送」
「搬送じゃなくて拉致です」
俺が言うと、椎凪は一瞬考えた。
「議事録には『非同意下での緊急搬送』と記載します」
「だいぶ柔らかくなったな」
美咲が呟く。
椎凪は続けた。
「研究室にて、玉藻先生が試作統合装置を使用。途中で停電が発生し、ナオキ個体に可学反応および幻実因子反応が集中。結果、人格傾向が変化し、学園征服宣言を行うに至った」
百瀬が腕を組む。
「つまり、玉藻先生がやらかした」
全員が黙った。
玉藻先生が椅子の上で小さくなった。
「……否定できないわぁん」
「否定しないでください」
俺は言った。
愛はモニターを切り替える。
そこには、研究室のデータらしきものが表示された。
波形。
記号。
人型のシルエットが二つ。
一つは青。
一つは赤。
たぶん俺とナオキだ。
俺は意味がわからなかったが、宙がじっと見ていた。
「玉藻先生、説明を」
愛が言う。
玉藻先生は急に元気を取り戻した。
「任せてぇん」
「要点だけで」
「ええっとねぇ。直樹ちゃんとナオキちゃんは、単純な肉体分裂ではないの。記憶層はほぼ共通。認識情報もかなり重なっている。だから、ナオキちゃんは直樹ちゃんの記憶を持っている」
「それは知ってます」
俺は言った。
「美咲が小三の遠足でチョコを食べすぎた話まで覚えてました」
「それもう忘れて!」
美咲が叫んだ。
椎凪が何かを入力しようとしたので、美咲が即座に止める。
「議事録に残さないで!」
「関連性は?」
「ない!」
「では残しません」
百瀬が少し笑った。
美咲が睨む。
百瀬はすぐ真顔に戻った。
玉藻先生は咳払いをした。
「ただし、感情層に差異があるのよぉん」
「感情層?」
愛が聞き返す。
「簡単に言えば、同じ記憶を持っていても、どの感情が強く出るかが違うの。直樹ちゃんは、たぶん普段からかなり抑え込むタイプよねぇ」
「俺が?」
「そう。文句は言うけど、本当に嫌なことは笑って流す。怒っても、本気で相手にぶつける前に引っ込める。面倒だから、空気を壊したくないから、あと寒いから」
「最後は関係ないだろ」
「あるわよぉん。直樹ちゃんの行動原理、三割くらい寒さでしょう?」
否定できなかった。
悔しい。
玉藻先生はモニターの赤い波形を指す。
「ナオキちゃんには、直樹ちゃんが普段抑えている感情が強く出ている可能性が高い」
「抑えている感情?」
「怒り。反発。承認欲求。注目されたい気持ち。見られたくない気持ち。自分で役を決めたい気持ち。誰かに勝手に決められたくない気持ち」
言葉が、一つずつ刺さった。
俺は何も言えなかった。
見られたくない。
でも、見られたい。
可愛いと言われるのが嫌。
でも、何も見られないのも嫌。
姫役なんて嫌だ。
でも、俺に似合うと言われたことを、完全に否定できない自分もいる。
そんなことは考えたくなかった。
だから、今まで全部「面倒」で済ませてきた。
面倒だから嫌だ。
寒いから嫌だ。
眠いから嫌だ。
俺はそうやって、かなりのことから逃げてきた。
玉藻先生は、そこで珍しく少しだけ真面目な顔をした。
「ナオキちゃんは、直樹ちゃんのコピーじゃないわ。直樹ちゃんの中にあった、直樹ちゃんが見ないようにしていた部分が、幻実因子で強く形になった存在かもしれない」
室内が静かになる。
愛が俺を見る。
「直樹」
「……はい」
「君は、ナオキをどうしたい?」
質問はまっすぐだった。
逃げ道がなかった。
「どうしたいって」
「元に戻すのか。止めるのか。説得するのか。別の選択をするのか」
「元に戻すに決まってるだろ」
俺はすぐに答えた。
すぐ答えないと、変なことを考えてしまいそうだった。
だが、答えた瞬間、自分の声が少し軽く聞こえた。
愛は黙っている。
美咲も黙っている。
椎凪はタブレットに指を置いたまま、入力を止めている。
百瀬は腕を組んだまま俺を見ている。
宙だけが、少しだけ首を傾けた。
「……本当に?」
小さな声だった。
でも、妙に響いた。
俺は宙を見た。
「何が言いたいんだよ」
少し苛立った声になった。
自分でもわかった。
宙は動じない。
膝の上のアリスが、代わりに俺を見る。
だが、次に言葉を発したのは宙本人だった。
「……消すってこと」
俺は黙った。
音が消えたような気がした。
消す。
元に戻す。
統合する。
言い方は違う。
でも、それはナオキという存在がなくなるということだ。
昨日、こたつの中で紅茶を飲んでいたナオキ。
美咲に「可愛い」と言ったナオキ。
「私はナオキ」と名乗ったナオキ。
屋上で「もう同じじゃない」と言ったナオキ。
それを消す。
それが元に戻るということなら。
俺は、何を望んでいるのか。
「……だって」
声が少し詰まった。
「もともとは、俺だろ」
宙は何も言わない。
アリスが小さく口を開いた。
「モトに戻ることと、ナカッタことにするのは、違うゾ」
「人形に説教されたくない」
「アリスが言った」
宙が言う。
「だから、おまえだろ」
「……半分」
「それ、今の俺には刺さるからやめろ」
美咲がテーブルの下で、軽く俺の足を蹴った。
痛くはない。
ただ、気づけと言うような蹴りだった。
愛が静かにまとめる。
「現時点では、ナオキの回収を最優先とする。ただし、統合処理については、本人たちの意思確認が必要だ」
「本人たち?」
俺が聞き返す。
「君とナオキ、両方だ」
「ナオキにも聞くんですか」
「当然だ」
愛の答えは揺らがなかった。
「ナオキが単なる反応体ではなく、意思を持つ存在である可能性が高い以上、処理対象として扱うことはできない」
鳴海愛は、こういうところがずるい。
冷静で、強くて、正しい。
こちらが見ないふりをしたいところを、当たり前のように見ている。
俺は背もたれに深く寄りかかった。
「……面倒くさいことになった」
「最初からだ」
百瀬が言った。
正論だった。
そのとき、椎凪がモニターを切り替えた。
「会長。玉藻先生の屋敷内監視システムから映像が復旧しました」
「屋敷?」
俺が聞くと、玉藻先生が少し嫌そうな顔をした。
「あたしの自宅よぉん」
「自宅に監視システムがあるんですか」
「研究資料があるから」
「自宅に研究資料を置くな」
「それより、ナオキちゃん、あたしの家にいるの?」
玉藻先生の顔が青ざめた。
椎凪が頷く。
「はい。現在、玉藻邸地下ガレージ、および一階ホールを占拠している模様です」
「地下ガレージ?」
「タロウくん3号の格納スペースと思われます」
百瀬が玉藻先生を見る。
「先生、本当に大型搬送ロボを自宅に置いてたんですか」
「置き場所がなくてぇ」
「あるわけないだろ、そんなもの!」
俺は叫んだ。
モニターに映像が出る。
そこは屋敷だった。
しかも普通の屋敷ではない。
外観はゴシック風の洋館。
内部は、赤い絨毯、古いシャンデリア、黒い木製の階段、壁一面の本棚。完全に金持ちか吸血鬼が住んでいそうな家だ。
玉藻先生の自宅らしい。
情報量が多い。
「先生、何者なんですか」
「可学教師よぉん」
「可学教師はこんな屋敷に住めるんですか」
「親戚から譲られたの」
「設定が急に強い」
モニターの中では、ナオキが大きな椅子に座っていた。
背もたれの高い、やたら偉そうな椅子。
たぶん玉藻先生の趣味だ。
ナオキはそこに足を組んで座り、タロウくん1号、2号、そして小型ドローンを何体も従えている。
タロウくん3号は、屋敷の地下ガレージに立っているようだった。
ナオキの前には、ホワイトボードがある。
上には大きく書かれていた。
『鏡星学園征服計画』
美咲が呟いた。
「本当に計画立ててる」
ナオキはペンを持ち、堂々とホワイトボードの前に立った。
『まずは、全校放送を乗っ取る』
タロウくん1号が拍手する。
『パチパチ』
ロボットなのに口で言っている。
ナオキは続ける。
『次に、購買のプリンを独占する』
「規模が落ちた」
俺は思わず言った。
百瀬が真顔で言う。
「購買のプリンは競争率が高い。戦略物資としては理解できる」
「理解するんですか」
「うまいからな」
椎凪がタブレットに入力しようとして、愛に止められた。
「プリンは議事録から外していい」
「了解しました」
モニターの中で、ナオキはさらに書く。
『最後に、クリスマス演劇の主役を奪う』
その文字を見た瞬間、俺は黙った。
笑えるはずだった。
学園征服計画の中に、購買のプリンが入っている。
どう考えてもおかしい。
でも、最後の一文だけは笑えなかった。
クリスマス演劇の主役を奪う。
姫役を押しつけられそうになっていた俺。
その役から逃げた俺。
そして、ナオキ。
モニターの音声が少し乱れたあと、ナオキの声が拾われた。
『役は与えられるものじゃない』
ナオキはホワイトボードを見つめたまま言った。
『奪うものだ』
部屋の空気が変わった。
玉藻先生がぽつりと言う。
「それ、世界征服じゃなくて学園行事荒らしじゃない?」
モニターの向こうにいるナオキには聞こえていない。
だが、ナオキはまるで答えるように続けた。
『与えられた役に笑って従うくらいなら、こっちから舞台ごと奪えばいい』
俺は、モニターから目を離せなかった。
ナオキは笑っていなかった。
いや、口元は笑っている。
でも目が笑っていない。
『可愛いから姫役。似合うからヒロイン。面白いから着てみろ。似合ってるから笑え。嫌がる顔も可愛い。そうやって、勝手に決められる前に』
ナオキはペンを握る手に力を込めた。
『私が決める』
静かだった。
生徒会室は、静かだった。
俺は、何も言えなかった。
ナオキの言葉は、俺が今まで受け流してきた言葉だった。
可愛いから。
似合うから。
面白いから。
ちょっとだけだから。
冗談だから。
俺はそのたびに、怒るのが面倒で、空気を悪くするのが嫌で、笑ってごまかした。
やめろ、と言わなかった。
本当は嫌だったのに。
でも、嫌だと言ったら「ノリ悪い」と言われる気がした。
本気で怒ったら「そんなに嫌がること?」と言われる気がした。
だから黙った。
黙ったものが、ナオキになった。
そんな気がしてしまった。
「……直樹」
美咲の声がした。
俺は返事をしなかった。
モニターでは、ナオキがタロウくんたちに指示を出している。
『全校放送ジャック用の回線を調べろ。購買のプリン入荷時間もだ』
『リョウカイ』
『プリン、ダイジ』
『あと衣装だ。主役にふさわしい衣装を用意する』
『ヒメ?』
タロウくん2号が聞いた。
ナオキは少し考え、首を横に振った。
『違う』
その声ははっきりしていた。
『私は姫じゃない』
俺の胸が、また変な形で痛んだ。
『私は、私の役を選ぶ』
映像がそこで乱れた。
椎凪が操作する。
「回線、遮断されました」
「ナオキに気づかれたか」
愛が言う。
「おそらく」
モニターは黒くなった。
だが、ナオキの言葉だけが残っている。
私は姫じゃない。
私は、私の役を選ぶ。
俺は膝の上で拳を握っていた。
知らないうちに。
愛が言う。
「ナオキの目的は、学園そのものの支配ではなく、役割の主導権を奪うことに近い」
椎凪が頷く。
「クリスマス演劇を中心に動く可能性が高いですね。購買プリンについては、撹乱または嗜好の問題と思われます」
「プリンはどうでもいいだろ」
俺が言うと、百瀬が少しだけ真剣に言った。
「いや、プリンを甘く見るな」
「今そこじゃないです」
玉藻先生が腕を組む。
「でも、これでかなり見えてきたわぁん。ナオキちゃんは直樹ちゃんの中の、拒否と欲求の塊みたいなものね」
「嫌な言い方ですね」
「でもそうなの。嫌だ、でも見てほしい。やりたくない、でも自分で選びたい。押しつけられたくない、でも役を持ちたい」
玉藻先生は俺を見た。
「直樹ちゃん、あなた、ずっとそこを曖昧にしてきたんじゃない?」
何か言い返そうとした。
でも、言葉がなかった。
代わりに美咲が口を開いた。
「先生」
「なぁに?」
「そういう言い方、ちょっとずるいです」
美咲の声は静かだった。
玉藻先生は少しだけ目を丸くする。
「直樹が曖昧にしてきたのは本当かもしれないけど、周りがずっと勝手に決めてきたのも本当です。姫役だって、本人がいないところで勝手に決められそうになってたんです」
「美咲……」
「直樹は逃げたけど」
「最後に落とすな」
「逃げたけど、嫌だったのは本当だと思います」
美咲は俺を見た。
怒っているわけではない。
責めているわけでもない。
ただ、ちゃんと見ていた。
「だから、ナオキちゃんのことも、直樹だけのせいにするのは違うと思います」
生徒会室がまた静かになる。
愛が頷いた。
「その通りだ。ナオキの暴走は、直樹個人の責任だけではない。だが、直樹にしか向き合えない部分があるのも事実だ」
「逃げ道を半分だけ残して半分塞ぐの、やめません?」
「現実はそういうものだ」
「現実って厳しい」
宙が小さく言った。
「……半分ずつ」
「何が」
「直樹くんの中にあったもの。周りが置いていったもの」
アリスが続ける。
「ナオキは、半分だけ直樹ダ。でも、全部直樹のせいじゃナイ」
俺は宙とアリスを見た。
不思議な言い方だった。
でも、少しだけ救われる言葉だった。
愛が立ち上がる。
「対応方針を決める。ナオキの次の行動は、全校放送の再ジャック、購買部への介入、クリスマス演劇への乱入が想定される。生徒会は各所を警戒。玉藻先生はロボット制御権の復旧を」
「はぁい」
「椎凪は行事進行の調整。百瀬は風紀委員と連携し、校舎内の安全確保」
「了解しました」
「任せろ」
「佐藤美咲、見上宙は直樹と同行。ナオキとの接触時、直樹の補佐を」
美咲が頷く。
「はい」
宙も小さく頷いた。
アリスが手を振る。
「半分男の見張り、任せロ」
「だからその呼び方やめろ」
愛は最後に俺を見る。
「直樹」
「……はい」
「ナオキと会った時、何を言うか考えておけ」
「説得しろってことですか」
「説得でも、質問でも、喧嘩でもいい」
「喧嘩でも?」
「逃げるよりはいい」
それは、たぶん正しい。
逃げるよりは。
喧嘩した方がいい。
俺はモニターの黒い画面を見た。
そこにはもう何も映っていない。
でも、ナオキの姿がまだ残っている気がした。
俺と同じ顔で、俺ではない声で、俺が言えなかった言葉を言うナオキ。
俺は姫役をやりたくなかった。
でも、ナオキは姫役から逃げるのではなく、主役を奪うと言った。
拒否ではなく、支配。
逃げるのではなく、奪う。
それが正しいとは思わない。
でも、なぜそうなったのかは、少しだけわかってしまった。
会議が一旦終わり、椎凪と百瀬はそれぞれの持ち場へ移動した。
玉藻先生は愛に資料提出を命じられ、しょんぼりしながら端末を操作している。
宙は窓辺で外を見ていた。
美咲は俺の隣に残った。
「直樹」
「何だよ」
「ナオキちゃん、あんたが嫌がってたことを、全部先にやろうとしてるんじゃない?」
俺は答えられなかった。
美咲は続ける。
「あんたは、姫役にされるのが嫌で逃げた。でもナオキちゃんは、役を押しつけられる前に、自分で奪うって言ってる」
「……あいつは暴走してるだけだ」
「そうかもね」
「そうだろ」
「でも、何もないところから暴走はしないんじゃない?」
嫌な言葉だった。
でも、たぶん本当だった。
美咲は俺を見ていた。
「直樹、あんた、本当は怒ってたんでしょ」
「……別に」
「またそれ」
「別にって言ったら別にだ」
「そうやって全部流してきたから、ナオキちゃんが代わりに怒ってるんじゃないの?」
胸の奥が、ぐっと詰まった。
言い返したかった。
違う。
あいつは俺じゃない。
あいつが勝手にやっている。
俺は関係ない。
そう言いたかった。
でも、言えなかった。
モニターに映っていたナオキの顔が浮かぶ。
私は姫じゃない。
私は、私の役を選ぶ。
あれはナオキの言葉だ。
でも、本当にナオキだけの言葉だったのか。
俺は、否定できなかった。
「……面倒くさい」
ようやく出た言葉は、それだけだった。
美咲は少し笑った。
「うん」
「笑うな」
「笑ってない」
「笑ってる」
「ちょっとだけ」
「最低の幼馴染だな」
「最高でしょ。逃げ場を残してあげてるんだから」
「どこに」
「面倒くさいって言えるくらいには」
俺は黙った。
窓の外では、壊れた旧校舎の修理準備が始まっている。
生徒たちはまだ少し騒いでいる。
クリスマスパーティーの準備も、止まっていない。
学園は、どれだけ変なことが起きても動き続ける。
そしてナオキも、どこかで次の計画を立てている。
俺が嫌がっていたことを、全部先にやろうとしている。
俺はそれを止めなければならない。
でも、ただ止めるだけでいいのか。
元に戻すとは、何を消すことなのか。
俺はまだ、答えを持っていなかった。
ただ、ひとつだけわかった。
ナオキを追いかけるということは、たぶん、俺自身の見たくなかった半分を追いかけるということなのだ。




